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第8話 再来,追ってきた凸凹コンビ




地形を一変させる程の星落としが行われた後,遠距離からその成果を観察する物があった。

それは聳え立つ機動要塞。

高硬度の外装に覆われた双円錐状の城砦が,常に低空を移動し続けている。

闇に紛れる漆黒の外見でありながら,周囲を監視する灯光や,断続的に明滅する数々のランプが居場所を明確に示していた。

どのような仕組みで動いているのかも分からない,高精度の建築物。

その司令部とも言える広間で,男がたった一人,瞑想のように目を閉じていた。


「動体探知に異常はない。だが,倒し切れたとは思えないな」


ゆっくりと瞼を開けるその人物は,喪服に身を包んでいた。

傍らには,一輪の白い花が透明な花瓶に収められている。

死者を弔う様にも見えなくもない。

直後,司令室の出入り口から新たな気配がやって来る。


「テウルギアさん! 二人を連れてきました!」

「あぁ,入りなさい」


快活そうな声と共に,秘書の出で立ちをした青年が入室する。

恐らく男の従者なのだろう。

臆することなく対面する彼に続いて,新たな二人組が姿を現す。

ガラの悪そうな金髪男と,ひ弱そうな青年。

その二人は以前イドリースと対峙した,黒鎖のチェインと後輩のファントムだった。


「お,お招き頂き光栄っす。ファントムと言います」

「……チェインです。どうぞ,よろしく」

「いやはや,遠路遥々ペンタゴンからようこそ。長のテウルギアだ。君達のような若者に会えるなんて,とても嬉しいよ」


恐れ多い素振りを見せつつ二人が頭を下げると,喪服の男性,テウルギアが快く迎え入れる。

柔らかい物腰で敵意の欠片も一切ない。

本当に彼らが来ることを歓迎しているようで,これまで誰かの命を奪い続けてきた者とは到底思えなかった。

すると彼は少し迷いながら首を傾げ,二人を交互に見つめた。


「ええと,ファントム,ファントム,ファントム。君がファントム君か」

「は,はい……?」

「そして,チェイン,チェイン,チェイン。君がチェイン君だね」

「だ,大丈夫か。このおっさん?」

「ちょっと君! なんて失礼なことを! この方は十傑の第二席,テウルギア様ですよ!?」

「いや,でもよぉ……」


急に名前を連呼されることなど稀だろう。

秘書から注意を受けて戸惑うチェインに,テウルギアは申し訳なさそうに笑った。


「すまないね。何かを覚えるときは,3回言葉で呟かないと気が済まない質でね。自分でも変だという自覚はあるんだけど,どうにも直らない。少し我慢してくれると助かるよ」

「いえ……俺も失礼なことを言ったんで,申し訳ない」


自身より立場が上の人間に謝られ,粗暴な彼も神妙に謝り返す。

チェインやファントムの目から見ても,普通にしていれば一般人と見紛う程の男だ。

脳裏に刻まれるような,強烈な印象を放っている訳でもない。

しかし,この人物こそカーゴカルトと同じ権威を持つ十傑の一人。

旧人殲滅を主とする第二席,露払いのテウルギアだった。


「シャドウ,二人分の個室を用意しなさい。その間の案内は私が引き継ごう」

「はい! 分かりました!」


シャドウという名を持つ秘書は,水を得た魚のように動き出す。

彼から何かを依頼されることが,それだけ光栄ということか。

一礼した後ですぐさま背を向け,期待に背かないためにもその場から退出した。

少々慌ただしかった秘書が去り,三人だけが指令室に残される。

正面に広がるガラス張りの壁には先の見えない森が続き,要塞の駆動音が微かに周囲を包み込む。


「それにしても,この要塞に好んで赴く人がいるとはね。ここは基本的に,近寄りがたい場所だというのに」

「近寄りがたい?」

「旧人を殲滅する特殊機関。その役目を担う場所なのだから,そう思われても当然だね」


自嘲気味に話すテウルギアには,何かしら思う所があるようだった。


「トム,これはつまり……」

「旧人に接触する機会が最も多いのが,この機関っす。だから,近づきたくないって人も多いらしいっすよ」

「……そういうことか」


人間にとって旧人は肉体を持つ穢れた存在。

それらの駆除を目的とするこの機関では,どうしても接敵する場面が多くなる。

旧人を見るのも嫌う人間がいる現状,ここは好んで受け入れられるような場所ではない。

ファントムの噂話を聞いて,チェインもどうにか納得する。


「私達の使命は所謂汚れ仕事だ。取り繕うつもりはないし,そう思われても仕方がないと思っている。でも,なくてはならない重要な仕事なんだ。誰かがやらなくちゃいけない。誰かがこの手を汚さなきゃいけない。なら,私がそれを買って出る。ここにいる皆も,同じ思いの筈だよ」


人類のために穢れを被る覚悟はできている。

そう言わんばかりの言葉を並べるテウルギアに,二人は反論しない。

彼らにも旧人に対する共通認識がある以上,その意見を認める以外になかった。


「それで君達は,何故こんな所まで?」

「……俺にはどうしても,決着を付けなきゃいけない奴がいるんですよ」

「それは,カーゴカルトを倒した旧人のことだね?」


暗に仄めかしただけで,答えを言い当てるテウルギア。

カーゴカルトの落命は,既にこの機動要塞にまで届いていた。

そして二人が,あのペンタゴン出身であることも周知の事実だ。

仇討のためにここまでやって来たことも,容易に予測できることだった。

肯定も否定も出来ずに視線を逸らすチェインだったが,迷いを抱くファントムが口を挟む。


「先輩……」

「あん?」

「ここまで来て言うのはアレっすけど,僕達の力じゃ,とてもあの人に適うとは思えないっす」

「お前,まだそんなこと言ってんのか」

「でもぉ……」

「そうだとしても,だ。あのままペンタゴンに残るつもりは,俺には毛頭ねぇよ」


チェインに戻る気はない。

統制者であるカーゴカルトを失ったペンタゴンは,今混乱の最中にある。

施設の機能は失われていないが,カーゴカルトは創設からメンテナンスに至る全ての計画に関与していた人物だ。

彼がいないということは即ち,今後施設で起きる不備の対策が取れないことと同義だ。

加えてチェイン達は,イドリースと対峙しておきながら二度も逃した経緯があり,皆から望まれない疎まれ方をしていた。

元々の性格もあって,あの場に残っていたとしても,良い待遇はされなかっただろう。


「カーゴカルトは,確かに何を考えてるのか分からねぇ奴だった。でも,俺に居場所をくれた人でもある。恩がない訳じゃねぇ。だからこそ,借りは必ず返してやるぜ」

「君にとって,彼は家族のような人だったのか……。辛い思いをしたな……」

「別に俺は……」

「いや,いいんだ。ただ,私は君達を拒まない。君達が勇気を出してこの場に来てくれたことを,私は誇りに思う」


そんな彼らをテウルギアは受け入れる。

まるで我が子として接するかのような態度だ。

妙にもどかしくなったファントムが,再び声を掛ける。


「テウルギアさん。貴方はカーゴカルトさんと最も交流のあった人だと聞いているっす。先の戦争でも,貴方達二人で黎明戦の双英雄と呼ばれていたとか」

「あぁ,その呼び名は懐かしいね。あの頃は彼と一緒に,ただ我武者羅に戦い続けただけだったけれど」

「差し出がましいかもしれないっすが,一体,あの人はどんな人だったんですか?」


実はチェイン達も,カーゴカルトの素性を全て知っていた訳ではない。

彼は自身のことを殆ど語ろうとしない不思議な人物だった。

恐らく他のペンタゴン住人も,同じだっただろう。

しかし,ここにいるテウルギアは数百年前,カーゴカルトと共に戦場を駆けた戦友同士だったという記録が残されている。

恩人である彼のことを知るためにも,ファントムが質問を重ねる。

するとテウルギアは開いた左の掌を見下ろした。

その様子からは,少しばかりの後悔が感じられた。


「知っての通り,寡黙な人だよ。常に冷静沈着で,どんなことがあっても動じたりしない。でも,絶対に事を成し遂げたいという強い意志が,確かにあったね」

「その強い意志って……?」

「守るべき人を守る。いつかの彼は,そう言っていた。もしかしたら彼も,大切な家族を守ろうとしていたのかもしれない」


テウルギアは思いを馳せながら,傍に置かれた花瓶を見つめる。

そこにあるのは,たった一つの白い花。

悠久を生きる人間が,ごく僅かな命しかない花を飾っていることに少しだけ違和感が残る。

だがそんな二人の感覚を余所に,彼は虚空を指差す。

指令室の機能らしく,指の先に液晶画面が現れ,そこに地図が表示される。

それはこの機動要塞が向かっている位置を示していた。


「そう言えば,悪い知らせがある。少し前,旧人達のねぐらを発見してね。数人の調査隊を出していたんだが,通信が途絶えた。私も位置を特定して力を振るったんだが,どうにも手応えがなかった。つまり,逃げられた可能性が高い」

「旧人が人間を倒したってことですか?」

「そう。不老不死である私達が,旧人に後れを取ることはない。だが,仮にそれだけの力を持った人物が居合わせたとするなら……」


テウルギアがその存在を仄めかす。

不老不死を倒すことの出来る者。

このタイミングで現れたとなれば,考えられる者は一人しかいない。

チェインは視線を鋭くし,静かに口を開いた。


「他の旧人はどうでも良い。俺が望むのは,奴との再戦だけだ」

「頼もしいね。私も出来る限り手を貸そう」


再戦を望むチェインに,テウルギアは微かに笑った。

ただ,イドリースとの戦いのみを目的とする在り方は,全旧人を殲滅すべきという人間共通の考えを,少しだけ否定しているようにも見える。

不意に彼は手を止め,二人に向き直った。


「しかし君達は不思議だね。旧人に対する憎悪を持たないとは」

「憎悪,ですか。生憎俺の専門は拘束だったんで,殺す程に憎いと思ったことはないですよ」

「となると,ファントム君も?」

「僕もそれ程まではないっすね。結局は見た目も殆ど同じですし」


二人の考えは同じだった。

旧人とはいえ,見た目は人間とまるで変わらない。

違いがあるのは老いのある肉体があるかどうか,という部分だけだ。

憎悪する理由はないと率直に述べる。

するとテウルギアは少しだけ考える素振りを見せた後,三度ほど頷いた。


「もしかして君達は,何故人間が旧人を忌み嫌うのか,知らないのかい?」


素朴な疑問を前に,二人は顔を見合わせる。

答えは出てこない。

他の人間達がやたら穢れていると断言することもあって,それこそが憎悪する理由なのだと思っていた。

言わばそれは,周囲に流された固定観念。

沈黙が答えとなり,テウルギアは冷静な態度のまま小さく唸った。


「成程。カーゴカルトも,中々な置き土産をしていったね」

「どういうことです?」

「いや,こちらの話だよ。それよりも,君達には旧人の成り立ちを知ってもらおう。この場所で行動する以上,知らないでは済まないからね」


彼は要塞の案内よりも先に,旧人の正体について明かすことに決めたようだ。

浮かんでいた液晶画面を消し,手を広げて行く先を示す。

そこは所謂打ち合わせ用のテーブル。

何人かが対談するために用意されたもので,空いた席が幾つも並んでいる。

どうやら,この話はかなり長引くらしい。


「じゃあ,900年以上前の始まりから話していこう。何故,旧人が生まれたのか。何故,私達が不老不死などという存在になったのか。君達はそれを知った上で,今後どうするのかを決断すればいい」


テウルギアは開いていた両手を握りしめ,先頭を歩き出す。

今から話すことは,彼がこの機関に属する理由にも繋がる筈だ。

その背中を見たチェイン達は,意を決し一歩ずつ追いかけた。




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