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第5話 癒したい0歳児




陽が落ち,里全体に暗闇が覆い始める。

姿を消していた月が,微かな明かりとなって辺りを照らしていく。

里の各処で火は焚かれるが,人間達に気付かれないよう室内のみに限定されている。

遠くから見れば,気配も分からない位の徹底ぶりだ。

そうでもしなければ,敵に簡単に見つかってしまうのだろう。


日没になれば,旧人達の行動範囲は里の中に収まっていく。

森の闇がより一層深まる中,わざわざ里の外に出る理由はない。

殆どの者が各々の寝床へと戻る中,イドリースは案内された無人の小屋で静かに座り込んでいた。

自身が生み出した炎で小屋全体を淡く照らし,今までの状況を思い起こす。

彼は里の者達の判断によって,里で暮らすことを許可された。

今の所不自由はない。

山菜を主とする食事や水も提供してもらい,腹八分目程度には落ち着いている。

ただ角がないという点が,両者の距離感を生み出していた。

多少警戒されている感が否めず,彼らに歩み寄るには少し時間が掛かりそうだ。

角のない自身の頭部を軽く掻いていると,誰かがイドリースのいる小屋へとやって来る。

木製の引き戸を開けて現れたのは,居所を聞きつけたアルカだった。

靡く銀髪がやけに目を引き,とりあえず彼は包帯の巻かれた手を軽く振る。


「やぁ,アルカ。元気そうだな」

「イドさん! 話し合いは済んだんですか?」

「うん。一応,里には置いてもらえるみたいだよ」

「よ,良かったです! もし駄目だったら,どうしようかって……」

「確かに。首を横に振られたら,また野宿確定だったからなぁ」


安堵する彼女の方も問題がなさそうで,イドリースは一息つく。

合流すると言ったが結局出来なかったので,これまでの経緯を聞いてみる。


「里の人達はどうだった?」

「いい人ばかりでした。私のことも受け入れてくれて」

「そっか。好感触で良かったよ。これから一緒に暮らすことになるし,距離の取り合いは避けないと」

「あの,イドさんの方は……?」

「俺? 俺の方は気にすることは何も。まぁ,千年間眠っていたって話は,流石に眉唾ものだって言われたけど」


言うなれば,化石が息を吹き返したようなものだ。

仕方のないことだと笑い飛ばすが,彼女は複雑な表情だった。

少し間があって,イドリースの元へと一歩一歩近づく。


「隣,いいですか?」

「ん,いいよ」


妙な雰囲気を醸し出していたので一先ず了承すると,アルカはイドリースの隣に腰を下ろした。

会話はない。

彼女自身,傍にいるためだけにそうしているように見えた。

イドリースはそれとなく視線を上げ,炎に照らされた天井を見つめる。


「この里は,人間の手からどうにか逃れた場所。でも,そう長くは続かないみたいだ。連中は今も,ここの人達を探し回っている」

「……」

「俺は力を使おうと思う。攻めて来る奴らがいるのなら,それを焼き払う。ここにいる皆のためにも,アルカのためにも。今の俺に出来るのは,それ位しかない」

「……キューレさんの言葉が正しいなら,不老不死の人達は,元はイドさんと同じだったはずです。それでも,ですか?」

「立場や事情が変われば,味方は敵に,敵は味方になる。そうやって俺は,英雄になったんだ。今更迷ったりしないさ」


元は小国だったフェルグランデ王国の戦歴には,常にイドリースの姿があった。

敵国に攻め入り降伏させ,裏切った同盟国の戦力を徹底的に削ぎ落した。

それは全て,守るべきものを守るため。

同じ種族であろうと,立ち塞がるなら何者であっても容赦はできない。

情けを掛けることは,仲間を危険に晒すことになるのだから。

そんな彼の意志を聞いたアルカは,ゆっくりと動き出す。


「じゃあ,私も今出来ることをしますね」

「ん……?」


何事だろうと視線を降ろすと,正座に座り直したアルカが,恥ずかしそうに両手を広げていた。

既視感のある,膝を強調した座り方は彼にも覚えがあった。


「はい。私の膝をどうぞ」

「それって,つまり……」

「膝枕,ですっ」


突然のことに,イドリースは何度か瞼を瞬かせる。


「まさか,あの時膝枕をしたお返しってヤツ? 別にそんな事,気にしなくても良いのに」

「そういう訳じゃなくて,包容力……」

「え?」

「あっ,え,ええと。お返しとかそういうのではなくて,単純に私がそうしたいんです。私じゃ……駄目ですか……?」

「いや,そういう訳じゃないけど」


徐々に俯いていくアルカを見て,少しだけ悩む。

何を吹き込まれたのか知らないが,それなりの勇気を振り絞っているなら,断るのは野暮だろう。

それに彼女の膝枕は見るからに柔らかそうだ。

英雄である以前に一人の男である上,美がつく少女に迫られることに悪い気はしない。


「よし。じゃあ任せよう」

「はい! どうぞ,です!」


まぁいいか,と即決して頷くイドリース。

あまり恐縮しても仕方ないので,そのままゆっくりと身体を預けた。

太ももの感触が頬にかけて伝わる。

流石の彼も少女に膝枕をされたことはないので,少し貴重な感覚だった。


「どうですか?」

「バッチリ。けど,後悔するかもよ?」

「後悔なんてしません。イドさんがしっかり安眠できるまで,このままでいます」


念押しするもアルカは譲らない。

どうにかして安らぎを与えたいようだ。

無理をしてそんなことを考える必要もないのだが,イドリースは口を閉じてジッとする。

視線の行き場もないので,とりあえず瞼も閉じておく。

確かに悪くないものだった。

ただ暫く時間が経つと,次第に彼女の様子が変わってくる。

両足を微かに動かし,打って変わって表情も固くなっていく。

その様子に気付いて膝枕から起き上がると,アルカは両目を瞑って足を崩した。


「あ……ぁ……」

「ん?」

「足が痺れましたぁ……!」

「やっぱり」


今まで正座をしたことはなかったのだろう。

無理な体勢を続けたことで足の痺れが増し,アルカは耐え切れず敗北した。

痛みに耐えて蹲る彼女を見つつ,イドリースは困ったように腕を組んだ。


「後悔するって言ったのに。慣れないことは,するもんじゃないよ」

「は,はひぃ」

「でも,その気持ちは受け取っとく。ありがと」

「ど,どういたしましてぇ」


イドリースの場合は何時間でも正座のまま待機できる。

ペンタゴンの地下洞窟でも膝枕を苦にしたことはない。

ただ,彼の真似は誰も出来ない。

そしてアルカの真似も,誰にも出来ない。


「無理に何かしようなんて考えずに,自分に出来ることを少しずつ広げていけばいいんだよ。俺は,一人でも気にしないから」

「……駄目です」

「え?」

「私が気にするんです。だから,今は離しません」

「そんな恰好で言われてもなぁ」


痺れながら語る神妙な言葉を茶化すイドリースだったが,彼女の表情は真剣だった。

軽口の裏に隠された僅かな哀愁を感じ取ったのか。

彼女には彼女の寝床がある筈だが,ここから離れる気はないようだ。

瞳を潤ませながらも,しっかりと彼の袖を握る。


「……思ったより頑固者だな」


こういう所は誰に似たのだろう。

息を吐きながら,微かな笑みを見せる。

傍にいたいという思いを否定したりしない。

藁のベッドに腰かけつつ,彼はようやく本当の意味で瞼を閉じるのだった。







沈んでいた意識が浮かび上がる。

身体の感覚は殆どなく,思考も霞がかったように働かない。

閉じていた瞼を開けると,そこは全て霧で覆われていた。

真っ白な光景以外は何もなく,現実味はない。

動くことも出来ずに,その場に立ち尽くす。

すると徐々に霧が晴れていく。

形や色を取り戻し,遮られていた先の光景が現れる。

そこは,千年前に見たフェルグランデ王国の庭園だった。


「ここは……」


イドリースは呆然としながら,周囲を見渡す。

そして考えるよりも先に,導かれるように歩きだした。

向かう先は,自身が封印された庭園の中心部。

千年もの時の流れを生み出した元凶ともいえる場所。

無人の園地を進んでその地点に辿り着くと,幾つかの人の姿が現れ息を呑んだ。

今も脳裏に焼き付いている彼らを見間違えようがない。

かつての幼いキューレ,そして仲間達が待っていた。


「キューレ! みんな!」


皆,無事だったのか。

そう思い駆け寄ろうとするも,何故か彼らは背を向けてその場から去っていく。

キューレも寂しそうに顔を背け,イドリースからどんどん遠ざかっていく。

当然追い掛けようとするも叶わない。

今まで動いていた足が,凍ったように動かなくなる。


「何処に行くんだ!? 待ってくれっ!」


声は少しだけ震え,英雄ではない年相応の表情が垣間見える。

だが声は誰にも届かない。

瞬間,キューレ達を始めとする全ての光景が炎に呑まれる。

それは彼が操る塵灰の炎そのもの。

お前が殺したと言わんばかりに,あらゆるものを燃やし尽くし闇に落ちた。







意識が覚醒し,即座に目を見開く。

視界に入るのは薄暗い木製の天井,大樹の里にある小屋の一角だった。

慣れ親しんだフェルグランデ王国の庭園ではない。


「っ……!」


イドリースは藁のベッドに腰かけたまま,うたた寝をしていたことに気付く。

感覚が夢想から戻ってきたことを,数秒経って理解する。

背を向けて消えたキューレ達の姿は何処にもない。

少しだけ乱れた息を整え,片手で頭を抑えた。


「酷い夢だ……」


あんな夢を見たのは幼少の頃以来だった。

現実ではなかったことへの僅かな安堵感と,虚しさだけが残される。

だが,そんな彼に答えるように袖を引くものがあった。

見ると,アルカが寄り添う形で眠りについていた。

言わば仲間から託された最後の希望,その証。

無垢な少女に触れることなく,イドリースは沸き上がっていた空虚感を振り払う。


「大丈夫。まだ,俺には出来ることがある。まだ……」


今ここにいる実感を抱き,小さく呟く。

そして直後,事態は急転する。

遠くで力の気配を感じ取ると共に,地鳴りのような音が響いた。

何かが大地に落下したような衝撃。

里の近くではないが,今まで静かだった森がその余波で騒がしく音を立てる。


「何だ?」


落下音は先程の一回に留まり,それ以外の騒ぎは聞こえない。

しかし聞き間違えというには,あまりに大きすぎる。

目を覚ましたアルカも,よく分からないままに周囲を見回す。


「い,イドさん? 一体何が……」

「分からない。外の様子を見てくる」


彼女が再び声を掛けるよりも先に,イドリースは小屋から出て外の様子を確かめる。

暗闇の森を見上げると,北の方角から煙が上がっているのが見えた。

火事ではなく,土煙の様にも思える砂塵の狼煙。

既に同じように目覚めた旧人達が,そちらの方向を見ながら,青ざめた表情で話し合っていた。


「間違いない。星落としだ……」

「まさか,見つかってしまったのか?」


意味深な言葉を交わすあたり,何か心当たりはあるようだ。

深刻な様子を放つ彼らに事情を聞くことにする。


「あの煙,何があったんです?」

「奴らが,人間が現れたんだ!」

「!」

「しかもあの方向は,近々合流する同志達がいるはず! きっと居場所がバレて,襲われているに違いない!」


切迫した彼らは全てを語った。

イドリースは,別の場所に住んでいた旧人達が,この里に合流することになっていた話を思い出す。

隠れ住んでいる事情がある以上,あれ程の分かり易い衝撃を同志達が起こすとは思えない。

十中八九,人間からの奇襲だ。

不老不死の特性を生かした者達に,対抗できる手段は少ない。

今この瞬間に襲われているなら,制圧されるのに時間は掛からないだろう。


「どうする!? あのままでは,彼らが全滅してしまう!」

「俺達が行ってどうなる!? 行った所で殺されるだけだ! それよりも,里の皆を集めて逃げるべきだ! すぐにここも見つかる!」


合流する手筈になっているなら,人間達はあの場にいる旧人からこの里の場所を聞き出す。

そうなれば,ここにも魔の手が届く。

イドリースが黙したままでいると,上から見知った少女,エクトラが飛び降りてくる。

夜の間も,ずっと大樹の上から里の監視をしていたらしい。

傍にいた彼を一瞥しつつ,既に心は決まっているようだった。


「あたしは行くよ」

「エクトラ!? 何を言って……」

「あたしなら,アイツらを倒せる。間に合わなくなる前に助けに行く」

「よせ! お前一人でどうこうなる話じゃない!」

「だからって見捨てる気? 助けを呼んでるかもしれないのに」


逃げ腰な彼らに真っ向から意見する。

見捨てるという言葉を突き付けられ,押し黙る里の者達。

それを見たエクトラは,立ち昇る煙に向かい合った。


「あたしは逃げたりなんかしない。もう,絶対に……!」

「待てッ! エクトラッ!」


皆が止めるが,耳を貸すことなくその場から飛び出した。

次々に大樹の幹を渡り,闇の向こうへと消えていく。

イドリースは以前争った時から察していたが,彼女には成人顔負けの身体能力がある。

そう簡単に連れ戻すことは出来ないだろう。

慌てる里の人々に彼も進言する。


「俺も行かせてくれませんか?」

「お,お前まで何を勝手なことを!」

「俺が監視されている状況なのは分かってます。でも,今はそんなことを言っている場合じゃない。事は一刻を争うはず」

「そうだ! だから早く逃げなくては!」

「いや,その必要はないですよ」


彼は否定し,手中に小さな炎を生む。

漆黒の灰を纏うそれが,その全身を照らし出す。


「俺なら奴らに勝てる。例え何十何百いても,それを尽く焼き尽くす」

「本当に,そんなことが」

「十傑を倒したこの力は本物です。生かすも殺すもあなた達の自由」

「……脅す気か?」

「別に。ただ俺も,延々と怯えて逃げ回るのは御免なので」


そう言い切った後,イドリースは漂わせていた炎を大樹に向けて放つ。

大樹の根元に接触した炎は,燃えることなくその内部に取り込まれていく。

里一帯の地がぼんやりとした温かい光に包まれ,何事もなかったかのように一瞬の内に消え去った。


「何をした!?」

「里全体に,目視できない炎の結界を張りました。これで不老不死の人間が襲ってきても,侵入されることはないです」

「い,今の一瞬で……!?」

「あなた達の同志は助ける。この里にも手出しはさせない。それで手打ちにします」


敵意を持った者の侵入を拒む不可視の結界。

周囲に気付かれることはなく,仮に気付かれたとしても結界が放つ自動迎撃で里の安全は守られる。

炎の形を自在に操作する英雄にしかできない芸当だ。

人間達を撃退すると断言する彼を止める者は,既にいない。

巨大な力の一端を見た全員が逃亡の気力を失う。

同時に,彼らの元に駆け足で向かってくる人物がいた。


「イドさん! 私も行きます!」

「アルカ……?」

「私にも出来ることがある筈です! 足手纏いにはなりません!」


小屋に置いて行ったはずのアルカが,イドリースと共に戦う意志を示す。

現場の状況が分からないこともあって,連れて行くことが危険なのは明らかだ。

ただ彼女は特別なものだと,キューレは言った。

誰にも認識できないあの世界を操る力は,必ず何処かで役に立つ。

悩んでいる時間もないので,彼は二つ返事で頷く。


「分かった。でも,あまり俺から離れないでくれ」

「はいっ」

「とりあえず,向こうに着くまでは背負っていくから」


人一人を担ぐ位は訳ない。

その場でアルカを背負いあげると,騒ぎを聞きつけた服屋のエモが現れ,彼女を呼び止める。


「アルカちゃん!?」

「エモさんは,皆と一緒にいてください! エクトラさんも,必ず連れて帰ります!」


アルカは強気な態度で返答する。

彼女もただイドリースに付いていきたいのではなく,自分が造られた理由,生きる意味を探すため,戦いに身を投じたいのかもしれない。

エクトラを追うように,二人は煙の上がる方角へと向かった。




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