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第4話 ご案内はこちらです




イドリースが里の者達と協議していた頃。

アルカは大樹のとある一角で体育座りをしながら,上から落ちてくる葉っぱを眺めていた。

放置されたのでも,道に迷ったのでもない。

ここで待っていれば,案内人が直にやって来る。

先程の旧人達にそう言われ,大人しく待機しているだけだ。

しかし今の所,それらしい人が来る様子はない。

興味本位なのか,同じ角を生やした里の住人が時折顔を覗かせるだけだった。

そんな彼らに頭を下げつつ,アルカは連行されたイドリースを思い返す。


「イドさん,本当に大丈夫かな……」


両膝を抱えながら両手を組み,落ち着きなく指を動かす。

里の者達は,真偽を確かめる為に話し合いを行うと言った。

信じてもらえれば最良だが,敵と判断された場合,一体どうなるか。

かつて英雄と呼ばれたイドリースが倒される余地はないが,それでも一抹の不安はある。

友を亡くした今,彼は酷く傷付いているはずなのだ。

もう一度,落ち葉の行方を追っていると,次第に慌しい足音が近づく。

思わず視線を移すと,この場に似つかわしくない明るい声が響いた。


「はいはーい! お待たせでーす!」

「えっ?」

「んん!? どんな人かと思ったら,とっても可愛らしい女の子じゃない!」


やって来たのは,やたら陽気な女性だった。

見た所20歳前後,水色の髪をポニーテールに仕上げ,背丈もアルカより高い。

普通の衣服に加え,角を隠すように帽子を深く被り,継ぎ接ぎのマフラーを首元に巻いている。

今まで多少開放的な衣装だった住人と違い,厚着の印象が強く感じられた。


「一人にさせて御免なさいね? ちょーっと手が放せない事があったから,迎えるのが遅れちゃって」

「あ,あのぉ。あなたは?」

「あっ,と。自己紹介が,まだだったわね」


名を尋ねられ,女性は思い出したように話を元に戻す。

目線を合わせる為にしゃがみ込み,服の上からでも分かる豊満な身体が目の前に迫る。


「名前はエモ。大樹の里の服屋担当なのよ」

「お洋服……?」

「もしかして興味があるのかしら? 嬉しいわねぇ。お姉さんもあなたが来ている服に,少し関心あるかも」

「やっぱりこれ,気になりますか」

「そうねぇ。その服,人間達が来ているモノに近いでしょう? 今まで間近で見ることがなかったから,どうしても目移りしちゃうわ。……でも,それは置いといて。ここに来たのは,あなたに里を案内するためなんだから」


エモと名乗った女性は,ゆっくりと立ち上がり手を伸ばした。

アルカも優しそうな人だと安堵し,その手を引きつつ名乗りかえす。


「ええと,私はアルカ・レイフォードって言います。よろしくです」

「レイフォード?」

「あ,いえ。これは苗字みたいなもので」

「苗字というと……確か先祖代々受け継ぐ名の一つ,だったかしら」

「そんな感じです。変でしたか?」

「いえ,全然。ただ,この里じゃあまり馴染みのないものだったから。でもそういうの,とっても素敵だと思うわ」


疑問を抱く様子はなく,エモが羨ましそうに語る。

レイフォードとは,カーゴカルトが千年前に名乗っていた姓。

アルカが自分のもののように名乗ったのには理由があった。

それは証。

彼女自身が,誰かに望まれて生まれたと示すためだった。

カーゴカルトに対して気持ちの整理はついていないが,イドリースにとって大切な人だったこと,その彼が自身を生みだしたことは変わらない。

イドリースも俺が口出すことじゃないと,以前から了承した上でのことだった。


アルカとエモの二人は,大樹に架けられた道を辿りながら里の全体を見て回った。

何処に何があるのか,道がどのように繋がっているのかといった説明を受けていく。

木製の板で造られた家々は住居だけでなく,武器や食料の保管にも用いられている。

どれも雨風程度では崩れない強度があるようで,それなりの技術を培ってきたようだ。

そして各人にはそれぞれの特技に合わせ,役割が割り当てられているという。

エモの服屋,エクトラの見回りがそれに当てはまる。

里の者は基本的にもの静かだったが,アルカに対して概ね好意的だった。

老若男女が集う場所のような広場に通され,軽い自己紹介が行われる。


「エモ姉ちゃん。その人,新しく来たの?」

「そうよー。アルカちゃんっていうの。仲良くしてあげてね?」

「はーい」


打ち解けやすい性格のためか,エモは年齢関係なく人々から慕われているようだった。

素直に返事をする子供達は,好奇心もあって傍にいたアルカを質問攻めにする。


「ねぇねぇ,何処から来たの?」

「えっと……牢屋みたいな場所から逃げてきたんだよ」

「それって人間の所から,だよね? どんな所なの? やっぱり怖いの?」

「うーん。怖いというよりは,寂しい所だったかな」


里以外を知らない者達からすれば,外から来たアルカは物珍しい。

急に何人もの子供達に詰め寄られ,彼女は慌てながらも落ち着いて答えていく。

大人の旧人達はそんな姿を見ながら,エモに事情を尋ねる。


「近々合流する一団とは違うのかい?」

「その人達とは別ね。人間に捕まってたけど,自力で逃げてきたとか」

「連中から逃げ果せたって!? や,やるじゃないか!」

「でしょう? 凄いでしょう?」

「君には言ってないが……でも,とてもそんな事が出来る子には見えないなぁ……」

「見た目で判断しちゃいけないわよ。綺麗な花には何とやらって言うじゃない? それに,立派な庭師もいるみたいだしね」


未だ味方とは言い切れないイドリースの存在を仄めかすも,不安そうな様子はなかった。


「ねぇ,何で髪が白いの? もしかして,お婆ちゃん?」

「こら! 失礼なこと言っちゃダメよ!」

「わー! 怒られたー!」


ただ,言葉の過ぎる子供達にはしっかりと注意する。

背を向けて走り去っていく彼らをアルカが目で追うと,申し訳なさそうに彼女が近づいた。


「ごめんね。あの子達,遠慮がなくて。全く,今のは拳骨ものね」

「いえいえ,謝られる程でも。それに,今までこんなに小さい子とは会ったことも,話したこともなかったので,とても新鮮なんです」

「あら,それってつまり若い子が好みなのかしらー?」

「そ,そういう訳じゃ。それを言うなら私の方が……」

「えっ」

「あっ,何でもないです」

「ビックリしたぁ。今の,まるであの子達より年下に聞こえたわ。そんなはず,ないものねぇ」

「あ,あはは……」


乾いた笑みをつくりながら,何とか誤魔化すアルカ。

すると良いことを思い付いたと言わんばかりに,エモがパンッと両手を合わせる。


「あっ,そうそう! どうせなら,私の所に寄っていかない? 一通り里の案内は済んだし,今までに作った服とか見せてあげる!」

「いいんですか?」

「モチのロンよ! 代わりにアルカちゃんの服も詳しく見せてね?」


他に行く当てはイドリースの所くらいで,彼もまだ話し合っている最中のため,お邪魔しても問題はない。

アルカは彼女の提案に賛同し,広場の人々と別れつつ,その場所へと連れられる。

エモが住んでいるのは,大樹の外れにある大きめの家だった。

思ったよりも質素で,物置と言われても納得しそうな作り。

ただ中へ案内されると,そこには様々な形式の服が提げられていた。

普段着のようなものから,外へ出向くための毛皮の上着まであり,奥にはやたら大きい織機も見える。

思わずアルカも目を輝かせた。


「わぁ,凄い数。これ全部,エモさんが作ったんですか?」

「素材は里の皆に手伝ってもらってるわ。でも,編んだりするのは大体自分でやってるかな」

「こんなに多いのに……。やっぱり凄く時間が掛かりますよね?」

「慣れればそうでもないわよ? あ,その辺りは試作品ばかりだけど,自由に着てみてもいいからね」


見ているだけでなく試着を勧められ,アルカは視線を巡らせる。

男性と女性の服は別々に分けられており,取り違えることはない。

ただ大きさや種類が多過ぎて,どれから手を付けて良いのか分からない。

それでも自分好みの服を選び出し,エモの顔とを交互に見ながら着替えを試みる。

何処から手に入れたのか,全身が映る鏡まであったので,それも使わせてもらう。


「どう,ですか?」

「んー,バッチリ! やっぱり銀髪だから,ハッキリした色の服の方が映えるわね! そっちこそ,着心地的にはどうかな?」

「とても着易いですっ。今まで着ていたものと変わらない位にっ」

「あら,お世辞でも嬉しいわぁ。じゃあ,アルカちゃんの服も改めさせてもらおうかしら」


試作服を着ている間,エモは彼女の服を譲り受け,その精巧性を確かめた。

人間が作ったその服を恐れる様子はない。


「ふーむ……。成程,こうなってるのね……。なんて完成度なのかしら……」


服のつなぎ目や布の縫い合わせを注視し,関心の声を上げる。

ここにある多くの服は,ほぼ彼女が製作したものだが,技術力はやはり人間達の方が勝るらしい。

試着する側には違和感がないものの,熟練した目には違って見えるようだ。


「悔しいけど,あの人達が着ている物の方が,ずっときめ細かいわ。これは,まだまだ修行が必要みたいね……!」

「怖く,ないですか? この服は多分,人間の人達が造ったもので……」

「服に罪はないわ。それに,里の人達だって別に怖がったりしなかったでしょ? 本当に怖いのは身体のない人間だから,ね」


それはどこか悟ったような言い方だった。

彼女にも人間との確執があるのかもしれない。

アルカが着替える手を止めると,それに気付いたのかサッと話題を変える。


「そういえば,角のない彼とはどういった関係なのかしら?」

「関係ですか? ええと,一言でいえば,イドさんは私の恩人なんです。人間の人達から追いかけられてどうしようもなくなった時,突然現れて助けてくれた。始めは本当に神様か何かだと思いました」

「あらぁ。つまり白馬の王子様ってことなのねぇ」

「でも,ちょっと不安に思うこともあるんです」


止まっていた手を再び動かすも,その表情は少し浮かない。


「イドさんは,あまり感情を表に出さないから」

「え? 見回りの人の話だと,そんな感じの人じゃなかったらしいけど……?」

「からかったりもしますし,笑ったりもします。でも最後の所で,自分の気持ちを押し込めているんです。本当は,凄く辛いはずなのに」


アルカはイドリースが悲しむ姿を一度だけ見ている。

親友であるキューレだけでなく,他の友を全員失ったその心情には,計り知れないものがあるはずだ。

だというのに,ペンタゴンを脱出して以降,彼が弱音を吐いたことはない。

懐かしむ位の反応を除けば,アルカの体調を気に掛けるばかりで顔色一つ変えない。

これが千年前に英雄として称えられた者の持つ,鋼の心なのだろうか。

例えそうだとしても,自分のせいで無理をさせている実感が彼女にはあった。


「私じゃ,力になれないのかな……」

「そうねぇ。そこまで分かっているなら,力になれない,なんてことはないと思うわ」

「そう,ですか?」

「言葉にしなくても伝えられることはあるわよ。傍にいるだけでも,全然違うと思うの。それに……」


自信なさ気な少女に,服屋の店主が微かに笑いながら片目を瞑る。


「女は包容力って言うじゃない? ちょっとそれっぽいこと,してみたらどうかしら? きっとすぐに落ちるわよ」

「お,落ちるって……」

「男は割と単純なんだから,ドーンと行ってみた方が案外効果的かもね!」

「な,なるほど」


勢いに押され,反射的に返答するアルカ。

ただ他に案がないのも確かだった。

包容力なるものをどうすれば表現できるのか,即座には出てこないが,彼のためにも頑張るべきだ。

試作服の着崩れを直しながらそう思っていると,新たな人の気配が近づいて来る。

振り返えると,玄関口で見覚えのある少女が立っていた。


「ちょっと,いいかな」

「エクトラちゃん! やっほー,どうしたの?」

「さっき角なしの男と争って,服が少し解れたみたい。直してくれる?」

「ふむ。噂をすれば,ってヤツね」

「噂?」

「こっちの話よ。ささ,上着を貸して頂戴。代わりの物はいつもの場所に置いてるわ」

「どうも」


褐色の少女,エクトラは素っ気ない様子で会話をする。

解れた服を直すため,以前から何度もこの場所に訪れているようだ。

エモの了承を取りつつ,彼女は羽織っていた上着を預け,新しいものを受け取りに店内へ入って来る。

一瞬アルカと目が合うも,特に用はないのでそのまま素通りする。

しかし,服が裂けたのはイドリースとのいざこざが原因だ。

何か話した方が良いと,アルカは意を決して聞いてみる。


「あ,あのぉ。怪我とか,してないですか?」

「別に,何ともないよ」

「そ,そうですか」


すぐに話題がなくなり,妙な沈黙が流れる。

どうしようかと戸惑っていると,エクトラが背を向けたまま口を開く。


「さっきは」

「えっ?」

「さっきは,ごめん。胸を触るつもりとか,なかったから」

「あっ,別に気にしてないので,最初はちょっとビックリしたけど」

「そう……」


感情の起伏が見えない声で呟いた後,預けた服と同じものを取り出して踵を返す。

そして再びアルカの目の前を通る直前,彼女は一度立ち止まり右手を差し出した。

掌の上には,一口サイズの黄色い実があった。


「これ」

「木の実?」

「近くで獲れたもの。余ってるからあげる。甘いから,食べやすいはず」

「あ,ありがとう……!」


アルカはパッと笑顔を見せつつ,それを受け取る。

何となくだが親身になれた気がする。

見届けたエクトラは表情を変えないまま出ていったが,その様子を見ていたエモが,やれやれといった様子で小さく息を吐く。


「あの子も,少しは感情出してくれれば良いのに。怖そうに見えるかもだけど,本当は優しい子なのよ」

「いつも,見回りをしてるんですか?」

「そうね。エクトラちゃんみたいに力を使える人は,里には殆どいないから。だから,なのかしらねぇ。皆,どうしても一歩引いちゃうというか」


その言葉を聞いて,アルカは思い返す。

エクトラは先程の騒動を気に掛けていた。

無造作に手を押し付けたことも,自分に非があると言った。

表情や態度に出ていなくても,心そのものが冷たいわけではない。

きっとそれは彼女だけでなく,イドリースも同じはずなのだ。

形のようなものが掴めた気がして,アルカは受け取った木の実を頬張る。

彼女の言う通り,味はほんのり甘かった。




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