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第2話 元英雄,問答無用で襲われる




アルカがある程度の身なりを整え,イドリースも汗を洗い流し終える。

軽く汚れた衣服は川の水で洗った後,生み出した炎で瞬間乾燥させた。

染み付いた水を弾き飛ばす事くらいは簡単で,彼自身が直接衣服に触れる必要はない。

彼女の肌着を無暗に触ることもなく,互いの着衣にも問題はなかった。


「兵士なりたての頃は,よく仲間の服を燃やしてどやされたなぁ」

「もしかして,結構不器用だったんですか?」

「はは,どっちかって言うとそうだったかもな。今も昔も俺の座右の銘は,燃やせば大抵なんとかなる,だったから」


大雑把な答えにアルカは目を丸くする。

まだ英雄と呼ばれる以前のイドリースは,炎の制御が不十分だった。

燃やせば大体解決していたため,調整を考える必要がなかったためだ。

それでも仲間達を傷つけることはなく,どやされると言っても,本気で怒られていた訳ではない。

小さな言い合い,思い返せば懐かしくすら感じられるもの。

そんな皆を守るために,彼は力の制御に全てを注ぎ込み英雄に至った。


「今こうして炎を使えるのも,皆のお蔭さ」

「……本当に,大切な人達だったんですね」

「そうだな。でもそれと同じ位,アルカも大切だ。それだけは信じてほしい」

「それだけなんて謙遜しなくて良いのに。一緒にいることが,その証です」


今のイドリースには,かつて守り続けた者達は何処にもいない。

唯一残されたのは,友から託されたアルカだけ。

そんな彼女から信頼に近い言葉を聞き,少しだけ安堵するのだった。


陽が傾き始める。

前もって釣り上げた魚を焼き,二人で空腹を満たした後は,先程から気になっていた大穴に近づいた。

アルカにも事情を伝え,何か心当たりはないかを尋ねる。


「アルカ,この大穴に覚えはないか?」

「……いえ。何か大きなものが落ちてきたのかなって,分かるくらいで」


土を抉った何者かの跡を覗きながら,不思議そうに首を傾げるアルカ。

大穴自体に妙な気配はない。

既に事が終わった後らしく,何度周囲を見回しても人影はない。


「近くに誰かがいるんでしょうか」

「かもな。だから,あまり俺から離れないでくれ」

「おんぶ,するんです?」

「ん。されたいのなら,俺もやぶさかじゃないけど」

「ええっ!? そ,そんなつもりじゃ……」


敵が見張っているかもしれない。

そんな意味も込めた言葉に,彼女はやたら慌て出す。

図星でも突かれたかのような反応だ。

何だか面白くなって,イドリースは意地悪い言葉を投げ掛ける。


「そっかぁ。何だかんだ言って,こういうのが好みなのかと思ってたよ」

「好みって,違いますよぉ」

「前は俺に膝枕を頼んでたのに?」

「だ,大丈夫です! 今は自分で歩けます!」


否定はしないようだ。

あまり茶化しても仕方ないので,彼は後ろからついて来るように伝え,ゆっくり進み始める。

アルカも恥ずかしがりながら,その背中を追った。

大穴がどういった経緯で生み出されたものなのか分からないが,近場で何かが起きたことは間違いない。

周辺を探ればその元凶に辿り着き,今の状況が変化するだろう。


二人は暫く川沿いを下る。

川の岸辺付近は草木のない砂地が多く,比較的歩きやすい。

下流に差し掛かり始めたためか,周辺にあった大岩もまばらになっていく。

そうして快調に歩き続けていると,不意にイドリースがその場で立ち止まる。

何かの気配を感じ取ったのか,上空を見上げる。


「イドさん?」

「……何となく,嫌な感じがする」

「この先に何かあるんですか?」

「分からない。ただ勘ってヤツかな。どうも引っかかる」


制止の声を聞いたアルカが,頑張って気配を探ってみるも何も感じられない。

聞こえるのは川の流れる音だけで,誰かが見張っている様子はない。

それでも英雄の勘が,何かを訴えかけているようだ。

万が一の可能性を考え,イドリースは彼女の方へ振り返る。


「この付近をそのまま通り抜けるのはマズい気がする。悪いけど,アルカの力を使って裏側から通りたい」

「あ,任せてください」


彼が頼み込むと,アルカは快く手を翳し,その場の空間を切り開く。

切り開いた先にあるのは,彼女だけが扱うことを許される裏の世界。

木々も川の水も,全てが銀色一色に染まっている。

この世界は,鏡のように元の世界を反映しているが例外はある。

人や獣といった生命体,イドリースが抱いていた妙な力の気配は存在しない。

二人は銀色の渓谷へと足を踏み入れた。


「相変わらず,こっちの世界は得体が知れないな」

「そうですね。私も自分の力なのに,よく分からなくて」

「こっちのモノを向こう側に持っていけたりしないのか?」

「それは無理みたいです。川の水も,掬うことは出来ますけど,持っていこうとすると弾け飛んじゃうんです」

「なるほどねぇ」


イドリースは顎に手を触れつつ,立ち止まることなく歩く。

生命体がこの世界に立ち入ると,発動者である彼女の消耗が倍増する。

あまり長居は出来ない。

先程の岸辺から数百ⅿ程下った場所で,二人はもう一度元の世界への狭間を開く。

空気が流れ込み,鳥の鳴き声が微かに聞こえる。

アルカを背で庇いつつ,彼は同じような気配がないか探りを入れた。


「どうですか?」

「さっきの嫌な感じは消えたかな」


二つの世界は互いにリンクしており,裏世界で歩いた分だけ,元の世界でも移動したことになる。

その間に,先の気配をやり過ごしたようだ。

問題なさそうに呟き,元の世界に着地したイドリースはアルカの手を引く。

同じ場所に辿り着いた彼女は,通り抜けた狭間を閉じ,ふうっと息を吐いた。


「大丈夫?」

「問題なしです。何度か使っている内に,少しだけ鍛えられたのかもしれません」

「そうか。なら……」


おもむろにイドリースが一歩前に進み出る。

何処かで枝の折れる音が聞こえた。


「そこから動かないでくれ」

「えっ?」


彼女が反応するよりも先に,渓谷の森から放たれた雷撃が襲い掛かる。

自然のものではない,敵意の滲み出た意図的な力。

直撃する瞬間,イドリースはその雷撃を,炎を宿した片手で受け止める。

炎によって受け流された衝撃が後方へ広がり,川や岸辺を着弾,水と砂を撒き散らす。

守られていたアルカはようやく奇襲されたことを理解し,その方向を見上げる。

二人が見通した数十ⅿ先の木々には,羊のような角を生やした褐色肌の旧人が留まっていた。


「角の生えた人!」


毛皮のような服を羽織り,素顔は木製の仮面で覆われて見えない。

ただ背丈や身体つきからして成人未満,少女のそれに近い。

アルカの声に反応した旧人は,彼女に生えた小さな角を一瞥するだけ。

敵意は角のないイドリースに向けられている。


「待て! 俺達に戦う意志はない!」


彼は声を上げるが,少女に止める理由はないらしい。

全身から青色の電流を生み出し,敵対の意志を崩さない。

眩く光る稲妻の残骸が辺りに散り,弾けるような音を立てる。

木々の葉がざわめき,不規則に揺らぎ始める。


「問答無用,だな」


左右に突き出した旧人の両手から二つの雷撃が飛び立つ。

意志を持つかのように多くの木々を掻い潜り,挟み撃ちの形でイドリースを撃ち抜こうとする。

それでも,容赦のない閃光は塵灰の炎の前に全て遮断される。

焼くという概念に特化したその力を,容易に突破することは出来ない。

ただ,この電撃には何か特別な力が宿っている。

戦場を駆けた元英雄はその異質さに勘付き,視線を足元に下した。


直後,眼前の地に電流が走り,爆ぜると共に土煙が舞い散る。

巻き上がったそれらがイドリース達の視界を覆う。

これは所謂目暗まし。

旧人の少女も,相手が並大抵の者ではないと直感したのかもしれない。

視界を封じられて動きのない彼らに,雷の槍を生成し肉迫する。

微かに漂う男の気配を感じ取り,その元へと突き入れる。

続いて訪れる,固い岩に突き刺さったかのような感覚。

妙な手応えの後で煙が晴れると,そこには槍を片手で受け止めたイドリースがいた。

息を呑む仮面の少女に向けて,彼は視界に入るよう,槍を掴んだ手を掲げる。


「この血が見えるか?」

「……!」

「俺はお前と同じ,血の通った生き物だ」


イドリースの手から流れる一筋の血が,少女を動揺させる。

不老不死となった人間は血液を持たない。

彼女は目の前の男が同類である可能性に気付いたようだ。

無言のままイドリースが槍の切っ先を手放すと,距離を取って警戒する。

新たな追撃を行う様子はない。


「イドさん,血が……!」

「これ位どうってことない。それに誤解を解くには,こうした方が手っ取り早かった」


遅れてアルカが流血に驚くが,傷は深刻ではない。

唾を付けていれば治る程度のモノ。

意に介さない様子で臨むと,ようやく旧人の少女が口を開く。


「お前,血はあるのにどうして角がない」

「やっと喋ってくれたか。口が利けないのかと思って,少し焦ったよ」

「質問に答えて」

「ん,そうだな。生まれつき,といった方がいいかもな。とにかく,俺達は敵じゃない。同じ境遇の仲間を探してここまで来たんだ」


気後れしない程度に,イドリースは少女の警戒心を解くことに努める。

すると彼女の様子が変わるよりも先に,奥の木々から新たな足音が聞こえてくる。

現れたのは,仮面を身に付け角を生やした旧人達。

体格的には皆が男のようで,今の騒ぎを聞きつけてやって来たようだ。

一人一人が武器らしきものを持ち,野性的な雰囲気を漂わせる。


「あわわ!」

「大丈夫だ。俺が傍にいる」

「いえあの,血はどうしたら……」

「あ,そっちかぁ。まぁ,最悪燃やせば何とかなるから」

「止血って燃やすものでしたっけ……?」


間の抜けた問答をしている内に,旧人達が二人を取り囲む。

例え血を流す者であっても,突然訪れた彼らを安易に信用出来ないのだろう。

十秒前後の沈黙下で,彼らの内の一人が静かに問い掛ける。


「お前達,一体何者だ。奴らとは違うようだな」

「俺達は不老不死の連中に捕まって,隙を見て逃げてきたんだ。いきなり信用しろってのは無理があるだろうけど,こっちも数日間歩き詰めだった。話だけでも聞いてくれると助かる」


先程と同じように敵意がないことを伝える。

男達はイドリースとその背に隠れるアルカを交互に見た後,互いに視線を交わして言葉のない意志疎通を行う。

引き入れるべきか,追い払うべきか,迷っているようだ。

彼らの判断に身を委ねていると,未だ戦闘態勢を崩さない雷使いの少女に声が掛けられる。


「エクトラ,勝手に先行するなと言ったはずだ。お前の力は貴重なんだ」


気遣いとは違う,余所余所しい言葉。

エクトラと呼ばれた褐色の少女は,皆から顔を背けて一歩身を引く。

彼女と男達の間には,見えない壁があるようだった。

同じ仲間でありながら信頼から離れた彼らの言動を,イドリースが複雑な目で見つめる。


「話がしたいと言うなら,敵でないと言うなら,指示に従ってくれ」

「……分かった。でもアルカを,彼女を傷つけることは止めてほしい。それさえ約束してくれるなら,俺は抵抗しない」

「いいだろう」


仮面の旧人達は互いに示し合わせ,その進言を受け入れる。

何処か別の場所で,二人の真意を確かめるつもりだ。

不安そうな表情を崩さないアルカに,イドリースは問題ないと明るい表情で頷く。

元々旧人達との合流が目的だった。

数日足らずでここまでこぎつけたことは,僥倖と言っても良い。

二人は旧人達の監視の下で,森奥深くへと潜っていった。




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