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第11話 今だけは,さようなら




男達は一切言葉を紡がない。

そこに自意識というものはなく,人格そのものも存在していないように見えた。

一歩一歩イドリース達を詰める姿に,彼は声を震わせる。


「何を,したんだ?」

「……イドリース,貴方の知る友の肉体を再構築しました」

「身体を造る……。もしかして,私みたいに……?」

「えぇ。この力こそ,私が天空の外科医と呼ばれる理由。その真骨頂。しかし,私に望んだ魂は造れない。手を尽くした貴女と違い,ここにあるのは命令に従うだけの忠実な僕」


カーゴカルトは己の能力で,かつての仲間達を構築した。

どのような原理なのかは考えても仕方がないだろう。

見た目は今の人間でも旧人でもない,イドリースと同種の存在。

しかし人格を排除された彼らに対して,既に彼はとある予感を抱いていた。


「本当の皆は」

「全員死にましたよ。900年以上も前に,私を残して」

「……」

「言った筈です。この先に,貴方の知るものなど存在しない。あるのは,未来を失った閉ざされた世界だけ」


イドリースには,カーゴカルトの背後に伸びる光の道が,より一層遠ざかって見えた。

あの時,苦心の表情で彼を封印した仲間達は,もう生きてはいない。

王国が滅んだ災厄に巻き込まれたのか,それと同じ位の何かで命を落としたのだろう。

カーゴカルトはそんな彼らの死を知りながら,今この場に生み出した。

イドリースが臆する事を知っていて,肉の壁とさせているのだ。

その意図を知った彼は握り拳を作り,叫んだ。


「だから仲間を盾にするのか!? そこまでするのかッ!?」

「こうしなければ,止められないものがある。先程,貴方は守るために戦うと言った。ならば,かつて守った仲間達を手に掛けることなど,出来る筈がない」

「お前は……」


例え目の前の彼らが偽物であっても,すぐに打ち倒せるほどに非情にはなれない。

イドリースは握っていた拳を解き,遂に言葉を失う。

しかしそれと同時にアルカが膝から崩れ落ちる。

目を潤ませ,立ち竦む彼の心情を代弁する。


「なんで……なんで,こんなことをするんですか!? あなたは,イドさんと親友だったはずです!」

「……」

「この人達のことは分かりません。でも,今していることがどれだけ酷いことなのか,私にだって分かります! お願いです! もうこれ以上……傷つけないで……!」

「……貴女にも分かりますか? かつて,私が抱いた感情が」


仲間を盾にするカーゴカルトが,脱力するアルカを静かに見下ろす。

冷酷に見えたその瞳には,まだ光彩が宿っていた。


「私は全てを失った。守るべきものも,守りたかったものも。何もかも,この手から零れ落ちていった」

「キューレ……」

「イドリース,例え貴方がどれだけの力を誇っていても。覆せない事実が,避けられない運命がある」


老い衰えた表情には,まだ確かな決意が残っていた。

彼は今,この状況に必死になっている。

イドリース達をペンタゴンに押し留めることに縋り付いているようだった。


「だから私は貴方を止める。それが私の最後の……!」


カーゴカルトの意志に従い,かつての仲間達が力を解き放つ。

仲間の内の一人が所有する,巨大な杖から強烈な波動が放たれ,纏った空気を揺り動かしながら迫り来る。

それはかつて爆砕波と呼ばれた波動使いの証。

イドリースは瞬間的に炎の渦を生成し,アルカを含めた周囲を包み込んだ。

波動の塊が弾き飛ばされ,カーゴカルト達との間に壁を造り上げる。

だがそれは,その場凌ぎにしかならない。

構築された彼らが,過去と同等の力を有しているなら,そう長くは持たない。

戦うべきか,逃げるべきか。

イドリースは迷いながら振り返ると,いつの間にか立ち上がっていたアルカが,真剣な表情でこう言った。


「イドさん。私,あの人の所に行きます」

「……!」

「あの人の目的は二つ。一つはイドさんを外に出さないこと。もう一つは私を取り戻すこと。私が行けば,そのお陰で考え直してくれるかもしれません。だから……」

「それは,駄目だな」

「えっ?」

「アイツが見ているのは,今の俺でもアルカでもない。行ったとしても,何も解決しないと思う」


だがイドリースはそれを制した。

今のカーゴカルトは執念の塊のようなものだ。

一度立ち止まり,考え直すことが出来るとは思えない。

それでもアルカの意志だけは汲み取る。

自分の命を差し出すことは,相当の覚悟がなければ出来ない。

それ程までに,彼女は心を痛めているのだろう。

まだ出会って少ししか経っていないイドリースに対して,友と戦うことがどれだけ辛い事なのかを無意識に理解しているのだ。

銀髪を揺らす儚げな少女に,彼は問いを投げ掛けた。


「一つ,聞きたい。アルカにとって,キューレは何なんだ?」

「あの人が?」

「俺には迷いがある。まだ,戦う覚悟を決め切れていないのかもしれない。だから,その答えが欲しい」

「答え……私なんかが……」

「アルカは俺の思っていることを言葉にしてくれた。君なら,正しい選択ができる。そんな気がするんだ」

「……」

「英雄ってのは,誰かの思いに答えるからこそ,そう呼ばれるんだ」


イドリースはアルカの透き通った蒼い瞳を見つめる。

今まで彼は自分のためではなく,誰かのために戦ってきた。

もう一度その意味を確かめる。

炎渦巻く中,彼女は両手をゆっくりと握りしめた。


「私は,あの人を……」


少しの間があって,カーゴカルトが生み出した仲間達が動き出す。

先程と同じ透明の波動が,巻き上がる炎の渦を囲い,圧縮する。

過去の戦場においても,あらゆる攻撃を打ち払ってきた衝撃波。

抵抗する様子もなく,灰と炎の塊は波動と共に相殺する。

そうして消えた炎から現れたのは,イドリースだけ。

アルカの姿は何処にもなく,能力を用いて鏡の世界へと逃亡したことを示していた。


「彼女を逃がしましたか。ですが,まだ力を使いこなせていない。それ程遠くへは逃げられないはず」

「一つ,分かった気がする。どうして今になって,俺の封印が解けたのか」


残されたイドリースは,カーゴカルト達を見据える。

彼の瞳には答えを見つけた様に,強い意志が込められていた。


「間違いを正す。お前の言う閉ざされた世界を変えるために,俺はここにいる気がするんだ」

「間違い? 何が間違っていたのですか?」

「……」

「私の……私の何が間違っていたというのかッ!?」


カーゴカルトの怒号と共に,止まっていた仲間達が一斉に攻撃の予兆を見せる。

強大な波動が複数飛来し,イドリースは炎を纏ってそれらを打ち消す。

仲間の力を薙ぎ払った彼に迷いはない。

すると打ち消された波動を掻い潜り,もう一人の仲間が接近する。


胴着を纏った男の能力は,空隙くうげきの拳。

間合いを無視して己の拳を届かせる,遠距離型の直接攻撃。

いかに強力な壁であっても,貫通し傷を負わせることが出来る。

イドリースは鋼をも砕くその拳を,寸での所でかわし続けた。

その後,一瞬の隙を突いてその懐に潜り込み,拳を掴み上げる。

光彩の消えた彼の瞳から目を逸らし,掴んだ手に力を込めると,そこから炎が巻き起った。

そこにあるのは,仲間の姿をした肉体だけ。

割り切りを見せたイドリースの炎によって,その全身を焼き尽くすかに見えた。

しかし,男の代わりに傷を負ったのはカーゴカルトだった。

炎を受けた様に蒸気を発し,その身体を焼き焦がしていく。


「ぐぅっ!」

「お前……! まさか,ダメージを肩代わりして……!」

「私は彼らとは違う,永遠の命を持つ者。痛みなど感じません。肉体のある彼らの苦痛を受けるのは当然のこと……!」


傷を引き受けたカーゴカルトによって,目の前の拳法家には傷一つない。

掴んでいた彼を蹴り飛ばしたイドリースは,間合いを開けて深く息を吐く。

少しだけ俯き,もう一度顔を上げた。


「そうか,そうだったんだな。やっぱりお前はキューレだ」

「何を……!」

「本当に,どんなものでも捨て切れる覚悟があるなら,皆の傷を受けるなんて真似しない。お前は,心の何処かで信じているんじゃないのか? 仲間との絆を……」


己が生み出した人形を庇う理由,本当の思いを問い質す。

するとカーゴカルトは歯軋りするように口元を歪めた。


「そんな曖昧なものを信じるものか! 祈るだけで,願うだけで何が救われるというんだ!? 私は決めたんだ! 目的のためなら,どんなものも犠牲すると!」


絆という言葉を苛立ちながら否定する。

次いで最後尾で待機していた,魔導服を着た青年から広大な魔法陣が発動する。

床全体に赤い紋章が,イドリースだけでなくカーゴカルトを含めた全員の元に届く。

イドリースはこの力を当然知っていた。

発動者の状態を相手に共有させる術式。

陣が効果を発揮するよりも先に,彼はその力を封殺しようと,炎を前方の仲間達三人に向けて解き放とうとする。


だが数秒遅かった。

炎が放出される瞬間,イドリースの身体が硬直する。

紅蓮の魔法陣が効果を発揮したのだ。

陣が共有する状態とは,己の身体も含まれる。

魔導師の青年が動かなければ,イドリースも動けない。

当然,能力を扱う事は出来ず,行き場を失った炎も彼の手中から消失する。

いかに全てを焼き尽くす炎であっても,生み出す事を封じられては意味をなさない。

無防備となったイドリースに向けて,波動と拳術の群れが襲い掛かる。


「終わりです! イドリースッ!」

「そうだな。ここで,お前の悪夢を終わらせよう」


だが,身動き一つとれない彼に焦燥の様子がない。

カーゴカルトはその異変を察知するが,直ぐに思い知ることになる。

頭上から降り注ぐ火の玉の数々。

それらが波動らと接触し,消滅していく。

その火球は,間違いなくイドリースの操る塵芥の炎だった。

だが共有の魔法陣によって彼は身動き一つ出来ない。

有り得ない奇襲を受けて,カーゴカルトは思わず天を見上げる。

そこには姿を消した筈のアルカが,空間の一部を切り開き,鏡の世界から姿を現していた。


「アルカッ!? 馬鹿な,逃亡した筈では!?」

「私は,まだ答えを聞いていません! 逃げるなんて出来ない!」


固い決心を漲らせて,そう答える。

その真意はカーゴカルトの不意打ち。

元々イドリースとは,こうなることを予測して互いにタイミングを合わせていた。

彼女が切り開く鏡の世界は,人だけでなく物も収納できる。

その特性を利用し,アルカは納めた火球を放ったのだ。


「イドリースの炎を利用したと言うのですか!? 何故ここまでの事を! 彼は英雄となって,私と同じように数多の命を奪ってきた! だというのに,何故彼を守ろうとする!?」

「私は,本当の事が知りたい! それだけなんです,キューレさん!」


着弾した複数の炎が,カーゴカルト達の周囲に燃え広がる。

それらは地に刻まれていた魔法陣を焦がし,消失させていく。

硬直していたイドリースの身体も,その瞬間に力を取り戻した。


「今です! イドさん!」

「あぁ!」


合図を受けてイドリースが掌に炎を生み出す。

それは仲間達だけでなく,カーゴカルトをも呑み込む程のもの。

既に彼はアルカの思いに答えると決めていた。

ハッとして振り返った彼らに向けて,その力を振るう。


「思い出してくれ! この力を!」


呆然としていたカーゴカルトは,仲間達と共に炎の波に流されていく。

ダメージの肩代わりも許容量を超え,彼らの全身に火が回る。

身体の輪郭が失われ,空気に溶けていく。

蒸気を発しながらも唯一形を保っていたカーゴカルトは,弱々しく手を伸ばした。

伸ばした先がイドリースなのか,燃え尽きていく仲間達なのかは分からない。

ただ力を奪われ,その場に崩れ落ちる。


遂に彼は戦う意志を失い,ペンタゴン最上層の勝敗は,ここに決した。




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