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戦慄のステイシア  作者: 896
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9

(それにしても、随分と遅い昼飯だな)


もう時間的にはおやつの時間だ。

パン屋ゆえに、昼飯時は客を捌くのに忙しく、自分達の昼食時間もズレるのだろう。


「レオ様ぁ!こちらですよー」


聖堂へ向かって歩いていると、入り口で聖霊達に囲まれながら手を振っているメアリーが見えた。

立っているだけで、ただの聖堂も天界への入り口のように神々しく見えるぜ!

俺の足取りは思わず軽くなる。


「メアリー、外は虫が沢山いるだろうから、もう中へ戻りな」


そう言って、ガチャリと開いた扉からは赤茶色の長髪を片側垂らした、白い法衣を着た人物ーーこの聖堂を担当している聖霊士のアルトーーが出てきた。

アルトは一見してみると男のように見えるが、実は女だ。聖霊士になる前は女学校で演劇を学んでおり、そこで男役を務めていた彼女は格好や仕草に至るまで、すっかり男らしくなってしまったそうだ。


あ、と気付いたようにアルトは俺を見つけると、駆け足で俺の元へやって来た。


「レオ!久しぶりじゃないか!この前来たのはいつだい?2ヶ月ぶり位じゃないか?」


身長も俺より高く、スラッとした体躯のくせに、美男子顔過ぎて気圧される。だが負けん!


「あぁ、前回俺が参加した戦は3ヶ月前くらいだったからな。確かにそれ位に筋トレしに寄ったかもな」


俺と聖霊達は精一杯の力こぶを見せつけるが、アルトはそれをチラッと見ただけで、軽く流してしまった。ひどい奴だ。


「その頃と比べて、今はひどい状況だろ。わずか1ヶ月足らずでこの有様だからな。毎日かかさず聖声をあげてるのに、この様だ。全く不甲斐ない」


アルトはさっきまでの明るい表情をサッと曇らせる。周りの聖霊達が心配そうに寄ってきた。


「これはどう考えてもお前のせいじゃない。明らかに他の原因があるはずなんだ。それさえ解決すれば、必ず解消するはずだ。俺達はそのためにやってきた。安心しろ」


俺とアルトは、クリスとメアリーの待つ聖堂へ急いだ。




***




「この虫害現象が始まったのは、およそ1ヶ月前。被害は畑に限定され、備蓄分の倉庫は聖堂近くにあったおかげか被害を免れた、と」


聖堂に入り、俺たちはすぐさま今回の虫害現象の確認をした。クリスは難しそうに眉間に皺を寄せる。


「虫はどのあたりから発生したかはわかりますか?」


「いえ。一晩のうちに突然虫が現れたものですから…。本来であれば、このような多種多様な虫が発生しても、食物連鎖でここまで虫害は受けないはずなんです」


確かに、本来なら捕食者となるはずの虫も沢山湧いている。それ以上に害虫が湧いているということなんだろうか。

アルトも同じように難しい顔をしている。しかし、俺達と違ってやたらと顔の整ったこいつでは、その仕草すら彫像のようだから、なんだかムカつく。


「小麦以外の被害状況はどうなんだ?」


ふと疑問に思い、俺はアルトへ尋ねる。


「他にも家庭菜園で野菜や果物を育てていますが、そちらには被害が出ていません。小麦だけにしか被害が及んでいない所が、今回の現象の原因を解く鍵になることはわかっています」


どうやら小麦に対して相当な思い入れ(・・・・)があるらしい。


「あ、ただ、どうやら『カントリー』は自宅保管分の小麦に被害を受けなかったようです。この町にある小麦製品で、影響を受けていない数少ない店ですね」


ふと、産まれたばかりの赤ちゃんが頭に浮かんだ。


「あぁ。あそこで産まれた赤ん坊は、聖霊に好かれてたからな。随分とちっこい赤ん坊だったから、聖霊も心配して過剰な恩恵を与えてるんだろ」


「えぇぇ?そうなんですかぁ?あんなにはち切れんばかりに大きなお腹だったのに、そんな小さな赤ちゃんだったんですか?」


話を横で聞いていたメアリーだったが、この村の直近の話題ということもあり、話に割り込んできた。

そのミーハーな感じも愛らしいぜ!


「それが赤ん坊の神秘ってやつなんじゃないか?それに、カンナは痩せてるから、お腹も大きく見えたんだろ」


近況を一通り聞き終えた為、俺達は三人で聖声をあげることにした。これで恐らく明日の朝までは虫の発生を抑えることはできるだろう。

日もすっかり暮れてしまい、俺とクリスは一旦ジョスティナ男爵の屋敷へ戻り、明日朝一で畑を見に行くことになった。




***




胸騒ぎがして、俺は夜中なのに目が覚めてしまった。

明日は朝が早いというのに、悲劇としか思えない。


すると、なにやら門扉の方がやたらと騒がしいのに気が付いた。

気になって窓から覗くと、そこにはジニーと門番がなにやら言い争っていた。


「ジニー!こんな夜遅くに何やってんだ!今そこに行くから、待ってろ!」


俺は思わず大声をあげた。

学校に通い始めたばかりの子供が、一人で外出して良い時間ではない。暴漢に会わずにこの屋敷まで来れたことは、まさに幸運だっただろう。


慌てて門扉へ走ると、そこには顔面を青白くさせたジニーと、対応に苦慮していた門番が立っていた。


「レオニール様。夜分に申し訳ございません。こちらの子が、どうしても貴方に申し付けたいことがあると言って聞かなくて…」


「へっ?俺に?」


まさか俺に用事があるとは思わなかったが、何もこんな時間じゃなくても、と思う。

しかし、ジニーの尋常ではない様子を見るからに、性急を要する事態であることは間違いない。

俺は膝をつき、ジニーと視線の高さを合わせた。


「こんな時間に出歩いたら、両親が心配しちゃうだろ?俺はこの虫害現象がと収まるまで町にいるから、今日は家に戻ろう」


俺が付いていってやるからな、と言葉を続けると、ジニーの目から大粒の涙が溢れた。


「お父ちゃんもお母ちゃんも、私の心配なんてしないわ!私が秘密をバラすことを心配してるのよ!お願い、助けてよレオ…」


「ジニー!!お前、一人でこんな夜遅くにどこへ出かけてんだ!」


大汗をかいて、ジニーを探していただろうトリィがやってきた。隣には赤ちゃんを連れたカンナが見える。

ジニーはさっと俺の背中に隠れると、大声で叫んだ。


「お父ちゃん!お母ちゃん!この虫の原因が私達のせいだってわかってるのに、どうして秘密にしてるの!こんなの、私には耐えられないよ…!」


一瞬険しい顔をしたものの、すぐにその表情を隠し、トリィはジニーの腕を掴んだ。


「そんな話、今すべきではないだろ!こんな夜遅くなんだ!ご迷惑だろうが!早く帰るぞ!」


「いえ、構いません。早く解決する分には問題ありませんから。詳しい話を伺いたいので、皆さん屋敷の中へ入って頂けますか?」


俺はジニーの腕を掴んだトリィの腕を掴み、にっこりと笑顔を作る。

トリィとカンナは気不味い顔を見合わせたが、渋々と頷くと、ジニーの腕を離した。

ジニーの腕には、あざができそうな位、痛々しく赤い痕が残っていた。

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