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そう遠く無い道程だが、俺たちは用意された車型フロートムーバーへと乗り込んだ。
アンティーク調だったが、型式としては最新版のものらしい。フワフワと浮いたフロートムーバーからは、流行りの色の綺麗な青い光がタイヤの代わりとして勢いよく地面を照らしている。これでいて、俺達に不快な程の眩しさがないのだから、技術の進歩には驚かされる。
フロートムーバーに乗り込もうとすると、フルオープンでドアが開いた。もし俺達が乗ってきた車がこんなに開いたら、車内のお菓子やらゴミやらが溢れ出すだろう。フロートムーバーの内装はというと、対面式の座席で、真ん中にはシャンパンの置かれたテーブルまである。俺とクリスが向かい合い、メアリーは俺の隣に乗り込んだわけだが、後部座席のまぁ広いこと。座席のクッションもこれまたフカフカで、ここで寝られそうな程だ。
血税の無駄遣いと言われない為、少人数だったり、近場への移動に関しては、従来通りの車の使用が義務付けられている。ゆえに、俺達は普通の車でやって来た訳だが、まぁ道の荒い事…!フロートムーバーが一般市民に普及したせいか、道の舗装がなってない。あぁ、このフロートムーバーに乗ったら、快適な乗り心地に慣れてしまい、再び普通の車に乗れるかどうか不安だ。
こんなに豪勢な恩恵を与えてくれた小麦が、今や危機的状況なのだから、ジョスティナ男爵があれ程に焦る気持ちもわかる気がする。
シャグワナは、王都から程近い町ということもあり、煌びやかな光景が点在している。
しかし、その光景はジョスティナ男爵の屋敷を中心とした一帯に限られ、領土のほとんどに小麦畑が広がっている。ーー今はただの枯れ野原のような状況だが。
「あっ!ちょっ!ストーップ!俺はここで降ろしてもらってもいい?」
突然の大きな声に驚き、運転手が急ブレーキを踏むと、シートベルトをしていなかった俺たちは一斉に前に倒れこんでしまった。
「も、申し訳ございません!皆様、お怪我はなさいませんか?」
運転手の焦る声が響き渡る。
「えぇ、問題ありませんよ。こちらの責任ですので、貴方に非はありません。…レオ、君はなんでそんな非常識なんですか!」
俺は今、二の腕から伝わる、メアリーのたわわに実った果実の感触に全能力を注いでいる。
む、悪くない。
そんな俺に、クリスの怒り声なんて一言も聞こえないーーはずだった。
バチコーンとクリティカルヒットする、ハリセンの音が車内に響き渡る。
「いってぇー!!」
「君は馬鹿ですか阿保ですかなんなんですか!メアリーさんは、ビックリして君にしがみ付いているというのに、そもそもの原因を作った君と来たら、その変態対応……。今ここで、君の性根を治して差し上げましょうか!」
「たっ、ターイム!すみません!クリス様!今すぐ、心を入れ替えます!運転手様、ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございません!メアリー様、驚かさせてしまい、申し訳ございません!何よりもクリス様、いつも申し訳ございません!今後は注意致します!」
すかさずスライディング土下座をキメる俺。こういう事にはすっかり慣れっこだ。聖霊達はせっかくの楽しそうなイベントがなくなり、残念がっている。
「…反省しているかどうか怪しいですが、今回はみなさんもいらっしゃいますから、多めに見てあげましょう。それで、なんで急に大声を出したんですか?」
なんとかクリスの怒りが収まったことに安堵し、顔を上げ、顔の前で手を組み懇願した。
「俺はカントリーに寄って行きたいんだ!すぐ側に聖堂があるのは土地勘もあって知ってるしな。先に行ってて構わないから、俺だけ降ろしてもらえないか?」
「そういう事は、出発前に言いなさい。運転手さんにご迷惑でしょうが。まぁ、でも、今回はたまたま止まって頂けたので、行っても構わないですよ。但し、用事を済ませたらすぐに聖堂へ来てください」
「サンキュークリス!話が早い!じゃあまた後でな!メアリーちゃんも!」
「いってらっしゃいませぇ〜」
クリスはやれやれといった表情だったが、メアリーはなんだかウキウキしている様子でとっても可愛く手を振ってくれたので、俺は上機嫌だぜ!
お陰で足取りも軽く、カントリーへ向かうことが出来た。
***
「おばちゃーん!久しぶり!」
「あーら!レオじゃない!ってか、私はまだおばちゃんって呼ばれる歳じゃあないけど?」
「だってもう子供いるだろ?俺にとっちゃあ子供がいる女は、みんなおばさんだぜ」
「あんたの結婚が遅すぎるだけでしょうが!」
ははっと笑い声が響きあう。
あぁ、やっぱり良い雰囲気だ。聖霊達も仲良さそうに飛び回っている。
ここは俺のお気に入りのパン屋『カントリー』だ。おばさんなんて呼んだが、店主でもあるカンナはまだ30歳にもなっていない。
「おっ!ジニーじゃないか!元気にしてたか?高い高ーいしてあげるぞ?」
「ちょっ!もうそんな歳じゃないわよ!」
以前会った時よりも10cm程高くなったジニーは、カンナの長女だ。男の子のように短かった髪を、キラキラした髪飾りのついたゴムでくくり、ヒラヒラしたスカートまで履いている。
今年から学校に通っていると聞いたから、周りの影響も受けてマセたのであろう。少し痩せて、綺麗になった気もする。
俺がジニーの成長ぶりにしみじみとしていると、ふいに奥から泣き声が聞こえてきた。
「あれ?赤ん坊がいるのか?」
慌てて奥へ引っ込んだカンナが、生後間もないであろう赤ちゃんを連れて戻ってきた。
「おぉっ!めっちゃ聖霊が寄ってるじゃん!」
「さすがレオね!隠し通せないわね。これは秘密なんだけど、『愛し子』が産まれたのよ!毎日が最高の気分だわ!」
途端、堰を切ったように話し始める。今まで周囲に隠し通していたせいで、自慢したかった事が溜まっていたんだろう。
「この髪色も、私やトリィに似て茶髪かと思ったんだけど、金糸が混じっているの!それに、瞳も皆同じ灰色なのに、この子だけは霞のない灰色なの!この子が産まれてから、我が家は随分と儲かってるし、夫婦仲も上々なのよ!本当に、何もかもが上手くいってる!それにね…」
これが所謂マタニティハイと言われる状態なんだろう。
カンナはそれからも延々とこの赤ちゃんが産まれてからの幸運話をたくさんしてくれた。爛々とした目をして話す彼女を、俺は少し引いてみていた。
すると、その騒ぎに気が付いたのだろう。夫のトリィが出てきた。
「カンナ、話はそれ位にしておこう。ジニーも困ってるじゃないか」
ジニーはカンナとは対照的に、気まずそうに下を向いていた。周りにいる聖霊も、彼女の雰囲気を察してか、せっせと励ましている。
自分より後に産まれた子が、聖霊に好かれた子だった場合、先に産まれた子が気に病む状態になるのはよくあることだ。
どうしたって、親は聖霊に好かれた子供を贔屓にするようになる。それは、親の愛情を平等に受けたい子供にとって、とても辛いものだと思う。
「あ、あのさ、レオ!」
「ジニー!もう昼食の時間だ。居間へ戻りなさい」
ジニーが俺に何か言おうとした時、トリィがそれを遮った。時間に厳しい夫だと、以前カンナが話していたから、この長い立ち話に痺れを切らしたのだろう。少しイライラした様子が伺える。
「わりぃわりぃ!昼食時にお邪魔しちゃったな!ま、家族みんなで幸せにな!」
俺はそう言って、カントリーを後にした。




