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「あ〝ーっ!とうとう来ちまったぜ…」
ガックリと項垂れる頭を持ち上げることができない。
メルティア班長と出会って5日後。
俺はというと、王都からほど近い田舎ーーシャグワナにいる。
魔獣討伐隊の出立後はいつも通り、魔法士団の聖堂で祝詞をあげて、ダラダラと筋トレしながら過ごすつもりだった俺にとって、完全に不測の事態だ。
なぜこんな事になってしまったかというと、それは3日前に遡る。
***
「シャグワナ⁉︎シャグワナって言ったら『カントリー』のあるとこじゃんか。あそこのパンが食えなくなるのか〜それは残念だ」
魔法士団の聖堂で祝詞をあげた俺とクリスは、特にやる事もないのでーークリスは忙しなく仕事をしているようだがーー片隅に置いてある椅子の上に座って雑談をしていた。
与えられる仕事をこなすだけの俺にとって、この国の情勢やら作況などどうでも良いことで、ほとんどこの国の情報を知らない。というか、興味がない。
一方のクリスはというと、非常に情報通で、毎日ニュースや新聞を見ている。そこで得た情報は、この雑談の時に俺に話してくれるのだが、興味がないのでほぼ聞いていない。
だから、今日もクリスが昨日のニュースを話している時、半分眠りかけていた俺だが、珍しく気になるワードが出てきたおかげで一気に覚醒した。
シャグワナが虫の大群に襲われ、小麦が病気となってしまい、不作になってしまいそうだーー
あそこの小麦は有名で、特産品はパンや麺といった小麦の加工製品ばかりだ。今回の小麦被害は、あの小さな田舎町にとって大打撃だろう。
「レオ、随分とパン屋さんに詳しいんですね」
仕事中のクリスは、話し掛けられても手を止めることなく作業できるタイプだ。だが、今回は珍しく手を止めて顔を上げた。
「あったりめーよぉ!筋トレマラソン中に必ずあの店は寄るからな。あの店のサクッフワッのメロンパンが絶品でさ〜」
「…それは、筋トレの意味がないんじゃないでしょうか」
恍惚とした表情で話す俺に、クリスは冷静に突っ込む。しかし、俺のパンへの愛はそんなことでは揺るがないぜ!聖霊達もノリノリで踊り始める。
「もちろん、メロンパンだけじゃないぜ!『カントリー』のあんぱんといったら、つぶあんがこれでもかって位入ってる上に、出来立てなんて熱々で、とろっとろなんだぜ!信じられるか?あんぱんだぞ!」
「私はあんぱんにそれだけの愛を注ぎ込める君を信じられませんよ」
既にクリスは興味を失ったようで、仕事へと視線を戻していたが、俺の愛は一向に尽きることがない。
「お惣菜系のパンでいえば、ホットドッグは定番だけど、俺の一押しは唐揚げパンなんだよなぁ。冷めてもジューシーな唐揚げと、マヨネーズとレタスのコラボといったら!神のなせる業としか思えないレベルなんだぜ!」
「成程成程。僕はチーズ入りのパン好きなんですが、それは置いてあるのかな?」
「いんや、チーズパンはあるけど、中に入ってはいないんだよな、上に乗ってるだけ。今度おばちゃんに言って作ってもらうか…って!ウィル士団長じゃないですか!」
調子に乗って話をしていた為、ウィル士団長が側に来ていたことになんて全く気が付かなかった!
俺は慌てて席を立つ。今更だが、取り繕うしかない!
「あ、あの、これには訳がありまして!サボっている訳ではなく、周辺地域の景況について話し合っていてですね…」
「あんまりにも楽しそうでつい横入りしちゃいました。レオ君は、随分と詳しいんですね。シャグワナのことに」
さぁっと俺の顔から血の気が引く。
にこっと笑みを浮かべるウィル士団長からは、予想通りの言葉が紡がれた。
「シャグワナ、好きなんですね?」
「…は、はい」
「じゃあ、頑張って下さいね!」
俺は、虫は嫌いだ。
まさか、この任務が俺に割り当てられるとは…。
「あなたがそんなに明朗快活と述べてるからいけないんでしょうが」
ポンポンとクリスに肩を叩かれる。
俺の視線の先には、周りに聖霊を侍らせながらスキップして聖堂を出る、ウィル士団長の後ろ姿がぼんやりと映っていた。
***
そして、冒頭にもどる。
先々月に筋トレマラソンでここへ来た時、シャグワナはこんな虫だらけの場所じゃあなかったのに、これは一体どうしたことか。
葉っぱかと見間違えるほどに木々に張り付く虫に、飛び回る虫。
緑、赤、黄、黒…とにかく虫のオンパレード。
車から降りた瞬間、虫からの歓迎に会い、俺は気が滅入りそうだ。
「これはこれは、聖霊士殿!お待ち申し上げておりました!ささ、こんな所で立ち話もなんですから、こちらへどうぞっ!」
顔を上げると、そこにはシャグワナの領主を務めるジョスティナ男爵がいた。テッカテッカに禿げあがった頭が眩しいぜ!聖霊達も目が眩んだような仕草をしている。その頭で虫共を焼き殺してくれよ、と俺は本気で思った。
「今日はよろしくお願い致します。さぁ、行きますよ、レオ」
君、相変わらず失礼な人ですね。
そう俺に苦言を呈したのは、バディとして任命されたクリスだ。よく俺の気持ちが読めたな…やはりこいつは超能力者かなんかなのか?
クリスにケツを叩かれ、俺達は渋々ジョスティナ男爵の屋敷へと向かった。




