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戦慄のステイシア  作者: 896
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王城は貿易の拠点でもある港の真上に作られている為、比較的夜になっても温暖だ。特にこの催事が行われる大広間のバルコニーは生温い潮風が吹くだけで、寒くはない。むしろ喧騒を外れることができて、俺にとっては快適だ。海と風の聖霊が無邪気にダンスする姿も見え、時間潰しには丁度良い。


「レオっち〜いたいた!いつまでこんなとこにいるのさ!早く会場に入ろうよ!パーティーが始まっちゃうよ!」


キースの野郎が余計な気を遣って、俺を探し当てやがった。

俺は現在、来たくもない魔法士団魔獣討伐隊の発足会に強制参加させられている。最後の抵抗としてバルコニーを陣取っている。こんなパーティー、食べ物が上手いのだけが唯一の救いだな…


「秘蔵っ子のお姫様とやらはご到着じゃあないんだろ。それだったらまだここにいたっていいじゃねぇか。俺はパーティーとかそういう類いが苦手なんだ」


そんなやり取りをしていると、入り口が何やら騒がしくなってきた。どうやら、今日のメインである魔法士団一行がご到着されてしまったようだ。


入り口には、少し照れ臭そうにしている魔法士団どもが見える。人に囲まれることに慣れていないようで、チヤホヤされっぷりに戸惑っている様子が伺える。

今日の魔法士団の服装は、真っ黒なローブには青光りする紋章が浮かび上がり、襟元からは白のタートルネックが見える。男女共に元々華奢なあいつらの腰には小洒落たベルトが巻きつけられ、更に細さを強調していた。そんな普段はしない服装だからだろうか。より一層縮こまっている。


そんな魔法士団の周りを囲っているのは、青色または赤色、黄色の礼装をした、兵士団のやつらだ。

物珍しい女性の班長殿を見ようと、集まっているんだろう。

やたらと黄色い声が漏れていることから、件の班長殿は噂どおりの美人なんだろうなとは察しがついた。


ちなみに、聖霊士団の服装は、白の法衣だ。それに加え、聖霊の加護を受けているので、ラメが入ったように煌めいている。立っているだけでも神々しいように、という上の考えから作られた制服だ。

白に黒に赤に青に黄。色とりどり過ぎて、目が疲れる。


「あっ!レオじゃん!レオ〜!!」


そう言って、犬のように近づいてきたのは、リナ・クレッセントだ。

眼鏡によって強調された緑眼を煌めかせながら、真っ黒な天パ全開のロン毛を振り乱し、混み入った魔法士団の集まりから一人抜け出して俺の元へやってきた。

こいつは俺がガキだった頃からの知り合いで、魔法力の強かったこいつをいじめから助けてやったりもしていた。視力が悪いせいで芋虫を食べさせられそうになってたり、蛇を首に巻かれて窒息しそうになってたりと、本当に可哀想だった。すっかり動物や虫はトラウマになっているようだが、俺に対しては忠犬と言わんばかりに懐いていた。


ふと、あの頃の記憶が蘇る。


『レオー!あの人達ったら、私のことをタワシなんて呼ぶのよ!こんな髪型だからって。ほら見て!こっち見て…ってあれ?こっち見てるってことはレオのことなのかしら。確かにタワシみたいなボサボサ茶髪だものね。なるほど納得だわ』


ん?


『ひどいのよ!私がモテないのは顔のせいだって。そんなの、ギョロ目のレオだって同じ位ヤバイじゃない!』


んん?


『みんなが私の目の色をコケみたいな色だって言うのよ!そんなの、眼鏡で拡大されてるから強調されてるだけだって言うのに!第一、レオなんて、う◯こみたいな色じゃない、私の方がまだマシよ!』


んーーー。

いやいや、きっと今のは俺の記憶違いだ。リナはデカイ忠犬として俺の周りを彷徨っていたはずだ。

そして時は流れ、奇遇なことにこうして同じ職場で再会することになったのだが、その関係はあまり変わっていない…と思っていたのは俺だけのようだ。


「最近あんまり会ってなかったけど、どうなのよ?彼女はできた?」


会って早々に、完全見下し顔でこの質問だ。聖霊士団がモテないことを知っている上で、だ。

俺の知らぬ間に、こいつは性格が完全に捻くれてしまっていた…いや、元々だったのか?

俺の周りの聖霊達も、俺の嫌がる雰囲気を察したのか、ニタニタと群がってきやがった。


「俺様の美貌が眩しすぎて、近づく輩なんていないんだよ。罪なことだ…」


「やめてよ!その顔でそんなキザなセリフを言われても、寒気しかしないわ!!」


両腕を組んでブルブルっと震える様は、本当に嫌がっている様子だ。…本当に失礼なやつだ。


「それよりも!」


それよりも!だと!?

俺がショックを受けて、ダメージを食らっている所に、お前はまだ傷を咬ます気か!?


「私の班の班長、噂の美人さんなの!レオも知ってるでしょ?」


「あぁ、お前、今度は魔獣討伐隊になったんだったな。ハーメルン魔法副士団長の秘蔵っ子だっけか?」


嫌味じゃないことにホッと安心する。俺はこう見えて、割とナイーブな方なんだからな!


「秘蔵っ子かどうかはよくわかんないけど、とにかく美人さんなの!いくら彼女がいないからって、私の班長には手を出さないでよね!」


「はっ!俺は顔で人を選ぶようなやつじゃぁないっての!第一、俺は悟りを開いたからな…」


「はいはい。悟り、ねぇ…」


「ちょっ!おまっ!なんて顔で俺を見やがる!そうやって人を蔑む顔をするから、いつまで経っても聖霊に相手にされないんだぞ!」


「別に聖霊はどうでもいいの〜。私はキースきゅんがいればね、それでいいのよ!」


ずり下がった眼鏡を上げて、ドヤ顔を披露する。

そうだった。こいつはキースのファンクラブの一員だったか。ならば最初からキースに絡めばいいものを、俺に絡んでくる辺り、相当自分に自信がないんだろうな。なんだか男として認識されていないようで、悲しくなってきたぜ。


「まぁ、それは置いといて、班長を紹介してあげるね!こっち来て!」


そう言って俺の法衣のローブを掴もうとするも、掴み損ねたリナはそのまま大胆に滑って顔から床とご挨拶していた。…本当に、悉くツイてない奴だ。

俺が膝をついて様子を伺うと、リナは眼鏡にヒビが入るだけでなく、鼻血も出していた。憐れみの余り、手持ちのハンカチを差し出そうとポケットを探っていると、近くに見慣れない足があることに気が付いた。


「リナ、何を遊んでるの。今日は魔獣討伐隊の発足を報告する日なのよ。勝手に抜け出さない」


「す、すみません!メルティア班長!」


俺は聞き覚えのある声にハッとして、顔を上げた。


「実は、紹介したい人がいまして…」


「紹介したい人?」


俺の茶瞳と、彼女の碧瞳が交差する。


「彼、かの有名なレオニール君なんです!あの、聖霊をたくさん持ってる!」


腰まで伸びた緩い癖のある赤い髪が顔にかかり、俺を見るのに邪魔なようで、鬱陶しそうに髪をはらう。


「あぁ、噂には聞いたことはあるけど、会うのは初めてね」


確かに美人だ。けれど、俺はこの切れ長の瞳を知っている。


「あんまりに外見が普通過ぎて、まさかって感じですよね」


身長はこんなにはなかったと思う。リナよりもずっと高くて、スラッとしている。けれど、身に纏う雰囲気すら記憶の中の彼女と一致している。


『ーーーレオ君、』


唐突に、俺の頭の記憶が呼び覚まされる。


『約束だよ』


俺はそう言って微笑む彼女に、一体何を問うたのだろう。


『ありがとう、そして、ーー』


「ーーーい、聞こえてる?随分と顔色が悪いけれど、お酒でも飲み過ぎたの?」


ハッとして意識が戻る。目の前には俺と視線の高さを同じにした彼女がいた。


「…………スー」


思わず口にしていた。

しかし、すぐにハッとして口を塞ぐ。これは、口に出してはいけないことだ。

慌てて顔を伏せ、周りに目を配る。

俺の様子がおかしいと人が集まってきていたが、幸い、俺の小さな呟きには気付いてはいないようだ。リナは自分がいじめ過ぎて体調を崩したなどと見当違いな発言をしながら泣き崩れている。


ホッとしたのも束の間、目の前の彼女の口端が僅かに釣り上がる。

意識を彼女に戻す。目が笑っていない。俺を凝視している。


「…君は、」


「だ、大丈夫だ!ほら、リナ!俺はこんなにもピンピンだぞ!」


全速力で俺は立ち上がり、リナの方へと向き直り、無理矢理笑顔を作った。というより、メルティア班長に思いっきり背を向けた。


「なーんだ!メルティア班長の美しさに驚いて固まっちゃっただけか!びっくりさせないでよ!」


リナは俺のおかしな表情を見ても、違和感を感じなかったらしい。目が悪くて助かった。

周りが呆れた声を漏らしながら散っていく。どうやらリナのおかげで勘違いしてくれたようだ。

すぅっと深呼吸をして、メルティア班長へと体を向ける。


「あんたが新しい班長さんなんだってな。美人過ぎてビックリしたぜ!俺は今は魔法師団専属で配備されてる、レオニールだ。これから会うこともあると思うが、よろしくな!」


そう言って手を差し出す。

すると、メルティア班長は訝しげな顔はしているものの、差し出された手を握り返すため、白い手を出してきた。俺の汗ばんだ手と彼女の手が一つになる。


「えぇ。よろしくね、レオニールさん。」


ニコリと彼女が笑うと、周りが歓喜する。しかし、聖霊達は彼女を執拗に攻撃している。


「や〜ん!メルティア班長が笑った〜!やっぱ素敵〜!」


などと言ってリナは体をくねらせていた。変態か!


「ビックリさせて悪かったな。あ、もうそろそろ時間だろ。早く登壇の準備をした方がいいんじゃないか」


そう言うとメルティア班長は玉座を仰ぎ見る。魔法士団長が小さく手招きしているのが見受けられた。


「そうね、そろそろ時間ね。さ、リナ行くわよ」


「は〜い!それじゃ、またね!レオ!」


足早に去っていく二人を見つめる。

もう会いたくない。けれど仕事の都合上、どうあっても顔をあわせることになるな…

ハァァァと深いため息を付き、俺は近くのウェイターを呼び止めて、酒を一杯食らうのだった。




***




「本日、魔法士団魔獣討伐隊の発足を祝い、ここに歓迎会を催します!みな、今日は無礼講です!団を問わず、酒を酌み交わしましょう!」


魔法士団長の乾杯の挨拶が入る。

それを皮切りに、皆酒を浴びるように飲み始めた。

乾杯が始まると、魔獣討伐隊の魔法士班の紹介が行われたのだが、みな酒に夢中で、全く聞いていない。


「…そして、この魔法士班を統括する班長のメルティア・ハルーモナだ!」


メンバーが次々と呼ばれ最後に班長の紹介となった。すると、途端にみなが壇上へと目を向けた。彼女がハーメルン魔法副士団長の秘蔵っ子、というのもあるが、何よりもその見目が人を惹きつける容貌だからだ。

瞳はまるでサファイアの如く、薔薇の花を模したかのような艶やかな紅色で、その上スラッとした体躯。

兵士団は彼女に夢中で、我先にと挨拶に行っては食い入るように彼女を舐めまわして見ている。

当の彼女もその視線には慣れているようで、愛想笑いを浮かべている。


一方の聖霊士団はというと、皆一様に顔をしかめていた。なぜなら、聖霊達が彼女を攻撃しているからだ。

…明らかに、嫌がっている。こんな光景は今まで見たことない。


「レオっちぃ…怖すぎるよぉ」


隣にいるキースが俺の法衣の裾を掴み、上目遣いで見てきやがった。それは他の奴にやれ!

思わず溜息をつき、手に顔を当てると、周りが再びざわつき始めた。

慌てて顔を上げると、いつの間にかゼインがメルティア班長の隣に立っていた。それに連なるように、コニアとジールも立っているが、二人とも渋い顔をしている。その気持ち、すごく分かるぜ…


「次の戦では私が貴女の守護を務めます。どうぞよろしく」


そう言ってゼインが手を差し出す。

メルティア班長がその手を見た後、俺へとチラッと横目を向けた。

しかし、すぐにゼインへと視線を戻し、にこやかな笑顔でその手を握った。


「ええ。私も初めての戦なの。よろしく頼むわね」


二人が握り合うと、周りがワッと騒めき出す。

最強の女魔法士に、あのゼインのタッグなら次の討伐戦は楽勝だなーー

そんな声が聞こえてきた。


俺はそんな事よりも、さっきの視線があまりにも何かを言いたげで、だけれどただただ恐ろしく、何もなかった事にしようと心の整理をするので手一杯になっていた。

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