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前半がナハト視点、後半がとある兵士視点になります。
くぁぁ〜と気の抜けた音がして、ナハトは窓側のベットを振り返る。天窓から差し込む太陽の光が眩しい。
「はぁー、よく寝た!って、ここどこ?」
昨日は大変な災難に見舞われまくったテオは、すっかり元気になったようで、いつもの顔色に戻っている。
「!!!」
とりあえず、この緊急事態を伝えねば、とナハトは思ったが、その考えは改めた。
なぜなら、テオは確実にカトリーヌと呼ばれた少女の従属能力を受けたはずだからだ。
それはつまりーーー
「なんで俺達ここに来たんだっけ?」
予想通りだ、とナハトは思った。
キュリー症候群による魅了は、意思を操作することはできない。しかし、限定した記憶を一定時間操作する位のことはできる。恐らく、レオさんに関する記憶を操作したのだろう。テオはレオさんのことをすっかり忘れ、ここに来た目的を忘れてしまったようだ。
外でカチャリ、と音がする。
僕達が会話し始めた事に、門番の兵士が気付いたようだ。こちらを伺っている様子がわかる。ーーレオさんを忘れているかどうか、確認しているのだろう。
こうなると、レオさんについて話す事はできない。まぁ、僕は言葉を発することはないから、どちらにしても話せなかった訳だけれど。
「もう朝じゃん…お腹すいたぁ」
そう言って、スタスタとドアへ歩いて行ったテオは、ドアが開かない!とドアノブをガチャガチャと回しまくっていた。
魔法を使われると厄介なので、慌ててテオの元へ駆け寄る。
すると、廊下が突然騒がしくなった。
「ーーで、魔法がーーーされてるらしい!」
「ーーだと⁉︎ーーが破壊⁉︎」
魔法?どういう事だ?
忌み子でもいたのか?いや、こんなに聖霊の恩恵を受けている状況で、魔法が使用できるはずかない。魔獣の襲撃も滅多にないであろうし、魔法を使えるのであれば……魔法士レベルの忌み子位だろう。しかし、誰がそんな馬鹿なことを…
外からは、叫び声と騒音が聞こえてくる。どうやら、魔法を使っている主が近付いているようだ。肝が冷える。
しかし、僕達は閉じ込められているから、どうしたって逃げる事もできないのだ。
だが、テオはそうではなかった。諦めるつもりなど、毛頭なかったらしい。
ジュォォッ!
僕が思案している間に、テオはドアに魔法を放ち、完全に焼失させていた。それに驚いたのは、兵士はもちろんだが僕もだ。
「…⁉︎⁉︎」
顔だけで怒りの表情を現したが、テオはなぜか爆笑していた。こいつは本当に馬鹿なのか⁉︎レオさんが危険な間に合ってる上に、外では魔法の騒ぎすら起こっている時なのに!
こうなっては仕方ない、テオの魅了を解かねば…と僕は周りを見渡すが、都合の良い道具が見当たらない。
あっという間にドアの周りに兵士達が集合してしまった。
「おい!お前ら!逃げようとしてんのか⁉︎お仲間は大事じゃなかったのか⁉︎」
こいつは、あの時森で僕達を捕まえた兵士のようだ。
「へっ?お仲間…?仲間って、ナハトのこと?」
こ、こら!打ち合せでは、僕はナハトじゃなくて、オハトだろうが!
しかし、幸いな事にこの緊急事態の為、名前程度の違いには気付かなかったようだ。
「はぁぁ⁉︎お前らの友人の愛し子だろうが!」
「ちょっ!お前!こいつらはカトリーヌ様の魅了にかかってんだぞ!思い出させるな!」
ハッとしたように、その兵士が固まる。どうやら、僕達がここに閉じ込められた経緯を知らなかったようだ。
「へっ?愛し子?ん〜〜と…誰だっけ?」
溜めといてソレか!
僕だけでなく、騒ぎに駆けつけた兵士達すらズッコけた。
「き、貴様ぁ!人をおちょくるのも大概にしろ!」
激昂した兵士が思わず剣を突き出す。僕はチャンスだと思い、兵士の腕を蹴り上げ剣を奪い取り、テオの腕に一筋の傷を付けた。
つぅっと腕を流れる血。テオは流れる血をじぃっと見つめている。よかった、これで彼の魅了を解く事ができる。
僕は周りの兵士に抑え込まれ、テオの様子をそれ以上見ることはできなかった。
と、突然空気が変わった。
「………レオさん!そうだ、レオさんはどうしたんだ⁉︎」
ようやく思い出したらしいテオが、慌てたように周りを見渡す。しかし、いない事がわかるとサッと顔が青ざめてしまった。
これはマズイ!
テオを止めるのは不可能と判断し、僕は組み伏せている兵士を投げ飛ばし、その隣にいた兵士の盾を奪い取った。
「おい!おま…」
「レ゛オ゛ざぁ゛ーーーん゛!!!どごでずがーーー!!!」
テオは号泣しながら爆炎を放った。
***
「こちら、領主館前の西門!対象が急速に近付いてきます!応援要請願います!」
「無理だ!こちらも既に怪我人ばかりで、そちらへ派遣することは難しい。何とか防いでくれ!せめて、領主館内への侵入は防ぐのだ!」
「えぇっ⁉︎ちょ、ちょっとまって…」
ッ、プープープー
電話が切られてしまった。
今、彼は焦っていた。全力でこちらへ走ってくる少女に、どうやって対処したら良いのか。そもそもあんなに号泣していて、こちらの話し声が聞こえるのだろうか?何か叫んでいるのはわかるのだが、どうにも聞き取れないので、少女の要求を聞くことができない。
西門の兵士は現在10人。
先程派遣要請した正門には20人の兵士がいるはずなのに、皆派遣できない程の怪我をしているとはどういう事だ。
悶々と考えていると、急激に空気が冷えてきた。周りの木々や道が凍り始める。
あぁ、あの少女がやって来てしまった。
「ゔわ゛ぁ゛ぁ゛ーん゛!だでがごげどっでよ゛ーん゛!!!」
涙と鼻水を盛大に撒き散らしながら、ゆるいパーマのかかった黒髪を持つ少女が走って来た。
黒髪のせいもあるのだろう、まるでマントのように見える程、その髪は長い。
周りがどんどん凍っていく事に、西門の兵士達は恐怖を感じながらも、身を守るために身構え…ようとした。
しかし、靴と地面が凍ったせいで貼り付いてしまい、上手く構えることができない。バランスを崩し、倒れる兵士も出た。
「わ゛ぁ゛ぁ゛ーん゛!!!だずげでーー!!!」
彼女は身動きの取れない兵士達の間を滑り抜け、領主館の中へと入って行ってしまった。
「あー、こちら領主館前の西門。すまない、しっぽを生やした氷の魔女は、館内へ侵入してしまった。後は頼む」
兵士はそれだけを伝えると、電話の向こうの叫び声を無視して電話を切った。
俺、クビかな…




