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「ワーキッド領は、アレクサンドリアの最北西にあることはご存知でしょうか。隣国ランド国に一部接していて、ここは異国の文化が入り混じっています。それが面白いんでしょうね。観光客がどの時期も問わずにやってきます」
ナフォリは淡々とワーキッド領について話し始めた。それは、俺が聞こうと聞くまいと関係がないといった様子だ。
「もともとこのワーキッド領にも、平均的に愛し子はいました。しかしまぁ、ご存知の通り、愛し子は各家庭内での特秘事項のように扱われ、その恩恵がワーキッド領に還元されるような事はありませんでした」
愛し子は生まれると、通常は出生届と共に報告しなければならない。しかし、これは努力義務とされ、明確な罰則はない。
産院で出産が行われ、愛し子の特徴である金糸が髪に出現すれば、産院から報告をあげる事も可能であろう。しかし、金糸が出現しない例もあったり、賄賂で事実を揉み消されたりしている。
なぜ報告しないかって?もし、愛し子として報告した場合、成人したら国の役人にならなければならない。聖霊士として現場に出れるような者もいれば、普通に事務員として働く者など、聖霊からの寵愛具合で部署は判断される。聖霊士になれれば高給取りだが、それ以外はまぁ至って質素だ。それでも、一般企業のように倒産しない事を考えれば、十分なのではと思う。
しかし、一般家庭ではそうは考えない。国ではなく、自分達がその恩恵を与えるべきだ、と。愛し子がいれば、その家庭は万年円満、仕事も上々となる。大金持ちは難しいかもしれないが、小金持ちになる位なら可能だろう。
そんな美味しい恩恵持ちの愛し子を、誰が好き好んで国や領などに手放すだろうか。
「私としては、別に家庭内で大切に扱われていても構わないのです。まぁ、本来そのようにすべきでしょう」
ナフォリが足を組み、胸に垂れていた一本結びの黒髪を後ろへ払った。
「しかし、私達は知ったのです。アレクサンドリアは都合良くも私達を追い詰め、ワーキッド国を領として支配し、統治下に置いたことを」
ワーキッド領は、以前は独立していた国だった。しかし、小さな国ゆえ資源は乏しく、魔獣からの襲撃も受けやすい盛りに囲まれていた。幸い、その森のおかげで他国による侵略はあまりなかったものの、資源不足は年々悪化し、輸入に頼らざるを得ない状況だった。その為、他国との貿易摩擦が生じやすく、経済は疲弊していく一方だった。
その時、手を差し伸べたのがアレクサンドリアだ。
まぁ、差し伸べたなどと言うと聞こえは良いが、実際は破綻寸前の国を吸収したのだ。
「あの時程、悔しい事はなかった。私達は、自身の力では国を守りきることができなかっただけでなく、アレクサンドリアに狙われていた事など、これっぽっちも気付かぬまま、救われたとすら思っていたのです」
あの時とは、アレクサンドリアに統合された時のことだろう。ナフォリの顔に、明らかな悔恨の情がむざまざと滲む。
「食べ物一つ買うのに苦労し、ワーキッド国の民は常に飢えていましたからね。当時はとても感謝していましたが、今となってはそうは思えない。アレクサンドリアは、ワーキッド国を自国の一部とする為に、呪をかけ資源を枯渇させたのですから。そうして私達を支配下に置く事で、ランド国との貿易拠点を築けたのですから、あちらとしては大成功だったでしょうね」
おかげで私達はランド国と平等な貿易を行っていく術を得たのですがね、とナフォリが鼻で笑った。
「私達は、経済的に潤い、隷属する必要がなくなった。もう、私達はアレクサンドリアに頼る必要などない。私達は貴方達の力を得て、さらに豊かになって独立するのです」
スッとナフォリが立ち上がる。俺はその姿をただ睨みつける事しかできない。
「ワーキッド領内にいた愛し子達には、全員協力してもらい、今、ここで祝詞をあげてもらっています」
なるほど、彼らはそれでここに集められたのか。
「しかし、彼らだけではどうしても足りないのです。この資源の少ない土地では、もっと聖霊の恩恵が必要なのです」
「…そ、それで、旅行者に含まれる愛し子、を、か、カトリーヌさんの力で、ここに、ゆ、誘拐した、と」
ふふっとナフォリが笑顔を浮かべる。
「誘拐だなんて言って欲しくはないですが、まぁ、そんな所ですかね」
「キュ、キュリー症候群は、その力を使用す、ればする程、患者自身に代償が発生し、最悪死に至る病、です。彼女をこ、殺すつもりで?」
ナフォリの顔が蕩けるように笑顔を浮かべる。背筋がゾッとする。
「カトリーヌ様は、永遠に私達の心の中に生き続けるのです。ワーキッド国独立の英雄としてね」
独立の為なら犠牲も厭わないと言うのか。俺は完全にブチ切れた。
「っざっけんなよ!そん、な身勝手に付き合わされて、く、苦しんで死ぬなんっておかしいだろうが⁉︎」
キュリー症候群の患者がその誘惑能力を使用し続けると、その代償による害はどんどん肥大し、末路は凄惨なものになる。
「カトリーヌ様は、ヘスティナ様のご長女であられると同時に、唯一の嫡子になります。幼き頃からワーキッド領への忠誠を誓っておられ、ご自身で望まれたことです」
さてと、とナフォリがこちらへ向き直る。その瞳は揺るぎない信念を物語っている。
「貴方が聖霊士だろうと、ただの愛し子だろうとどちらでも構いません。いずれ独立運動は露見すること。それよりも、聖霊に好かれているのであれば、祝詞をあげなくたって聖霊は寄ってくるんでしょう。それなら、そこでカトリーヌ様の魅了と戦ってなさい」
聖声と呼ばれる祝詞をあげた方が、効率よく聖霊は集まるが、実際はただ居るだけでも十分聖霊達は集まる。
魅了で動けない状態になっている俺達を、聖霊達は嫌がっているとは判断しない。それに、こんな快適な環境で集まらない訳がないだろう。
よく見ると、祝詞をあげる愛し子の中に、ただ座っているだけの人達も混ざっている。おそらく、彼らは件の旅行者なのだろう。
「…っく!ま、待て!」
「待ってどうするのです?時間の無駄でしょう。それよりも、貴方の働き具合でお友達が解放されるかどうか決まるのですよ。少しは頑張って下さいね」
ナフォリはニタリと笑顔を浮かべると、振り返る事もなく部屋から出て行ってしまった。
俺達のやりとりを見ている人物がいるとも知らずにーーー




