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戦慄のステイシア  作者: 896
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前半がナハト視点の話、後半がレオ視点の話となります。

格子の付けられた天窓からは、月明かりが差し込む。この夜を森の中で過ごした方がマシだったと思う位、ナハトは気持ちが沈んでいた。

僕は、あの魅了にはかからなかった。というか、かかるはずがない(・・・・・・・・)。それを誰にも悟られる事無く、結局この監禁室まで来てしまった。


(レオさんは、どうなってしまうのだろう…)


ベッドの上では、テオが眠りこけている。この森の中で彼が遭遇した不幸の数々を思えば、疲労が溜まっていることはわかる。


(でも、きっとテオはもうレオさんのことを覚えていない。というか、今日のことも覚えていないから、なぜここにいるのかわからないんだろうな)


テオと向かい合わせに設置されたベッドの上で、うずくまる。自分の情けなさに反吐が出そうだ。


(どうするのが最善だったのか、わからない)


正直、あの場で拘束を解いて皆を助けることは十分可能だった。ただ、それでは本来の目的である、誘拐・監禁されている愛し子達の発見が難しくなる。

相手側の言う事を聞いて、隙さえ付ければ解決できると思っていた。ーーあの少女が出てくるまでは。


(キュリー症候群…まさか、こんなとこにもいるとは)


はぁ、と溜息しか出ない。

たぶん殺される事はない。それに、すぐにレオさんがどうにかなるという事もないとは思う。


(僕が、レオさんにできること…)


ナハトはいつの間にか月が見えなくなった天窓を見上げ、決意を固めるのだった。




***




「…んっ!は、ぁっ!」


「んんーっ!アレオ君、やっぱりすごいねぇ!カトリーヌと張り合おうって言うの?」


あの後、俺達は全員やつらの指示通りにしか動けなくなった。その様を確認し、ナハトとテオはどこかへ連れていかれてしまった。一方の俺はというと、椅子の拘束から外されたが、まともに立つこともできずに床に転がっていた。


「カトリーヌの魅了に抵抗するなんて、君もなかなかの精神力の持ち主だねぇ。成人した愛し子ってのは、みんなこうなのかい?」


だとしたら少し面倒だねぇ、なんて言いながら、ヘスティナ男爵は俺の黒髪をワシャワシャと撫でる。聖霊達が俺の周りぐるぐると回っている。


「そう苦しまずに、カトリーヌを受け入れなよ。お友達は二人ともちゃぁんとカトリーヌを受け入れたから、苦しまなかったじゃないか」


「くっ…!キュ、キュリー症候群…は、国の管理下にぃ、置かれなければ、ならない…は、はずですよね」


「おっほ!君、随分と博識だねぇ!僕、そういう子は嫌いじゃないよ」


今度は頰を撫でられる。

嫌悪感で肌が粟立つが、何も抵抗できない。


「顔は正直好みじゃないけど、君と遊ぶのも悪くないかもね」


「ヘスティナ様、今はカトリーヌ様も同席されているのです。そのような発言は控えて下さい」


つい興奮しちゃってね、なんて悪びれた様子もなくヘスティナ男爵が戯ける。ナフォリの指摘によって、俺は貞操の危機を避けることができたようだ…おそらく。冷や汗が止まらない。


「貴方がまさかキュリー症候群を知ってるとは思いませんでした。だからこんなに抵抗できるんですね、全く関心しますよ」


ーーキュリー症候群。

別名『悪魔の誘惑』。

原因不明の病だ。赤ちゃんからお年寄りまで、何の前触れもなく発症する。全世界でも確認されている前例は100人程度しかいない。

発症箇所は目や皮膚、口など様々である。見た目にわかるものもあれば、わからないものもある。

しかし、共通している点がある。それは、人を誘惑し従属させることができる、魅了という力が備わる点だ。魅了にかかる度合いは、患者個人の能力差や相手側の精神力等で変わる。

一見すると羨ましい能力だが、彼らは代わりに代償・・を払わなくてはならない。


「カトリーヌ様の魅了は、意のままに動きのみ操り、記憶の一部を操作できる程度で、意思を操作することはできないですからね。貴方程意思が強い人なら、従属に屈することができて当然かもしれませんね」


その時、ぐぅぅと大きな音が鳴った。

それは、既に目隠しが取り付けらたカトリーヌからだった。彼女はお腹を抑えて座り込んでしまった。


「あぁぁ!申し訳ございません、カトリーヌ様。お約束通り、今すぐお食事をお持ち致します!」


ナフォリがパンパンと手を鳴らすと、この狭い部屋の中に料理が乗せられた台車が次々と入ってきた。


「お腹が空いてたまらないでしょう。さぁ、どうぞ召し上がり下さい」


ナフォリが言い切る前に、カトリーヌは台車に乗せられたままの食事をガツガツと食べ始めた。目隠しをされているからなのか、彼女は食器を使わずに手掴みで食べている。いや、目隠しのせいというよりも、これは飢えのせいで食らいついているとしか見えない。

ナフォリはその様子を恍惚とした表情で見ている。

あまりにも奇妙な光景に、俺は思わず言葉を失った。


「幸い、貴方の行動は従属できなかったものの、制限できているようですね。いつもなら、自ら赴いてもらうのですが、その様子を見る限り難しそうですねぇ。君達、彼を祭礼室へ連れて行きたまえ」


俺の両隣に控えていた兵士によって、立たされる。

満足に抵抗することもできず、そのまま俺は祭礼室へと連行された。




***




リーン、リーン、リーン。

儚げな鐘の音が祭礼室を満たす。

部屋の中は蝋燭の灯のみで薄暗いが、多数の人の気配を感じる。

皆、部屋に取り付けられた長椅子の上に座り、只ひたすらに祝詞をあげている。


(こ、これは…)


部屋中に聖霊達が飛び回っている。とても楽しそうに発光したり、キラキラとした粉を振りまいたり、歌を奏でていたりしている。


(まるで、聖堂じゃないか)


聖堂は、どの領でも領の中心に位置する場所に作らなければならないと定められている。例外は一切認められていない。

しかし、ここはどう考えても、ヘスティナ男爵の屋敷の中だ。


(ヘスティナ男爵の屋敷は、中心ではなく、少し北に外れていたはずだ)


俺が地図を思い出そうとすると、ドサリと長椅子の上に投げ出された。全身の力が抜けている為、俺は受け身を取ることができなかったが、たまたま置いてあったクッションの上おかげで怪我をするようなことはなかった。しかし、俺の周りの聖霊達は、とても怒り心頭のご様子だ。


「も、申し訳ございません!愛し子様!思いの外重くて、ゆっくりと降ろすことができませんでした」


中肉中背に見せて、意外とマッチョだからな。決してデブではない。

というか、この兵士、失礼じゃないか?


兵士は慌てて俺を起こすと、きちんと座らせてくれた。暗闇に目が慣れ、改めて状況を確認する。


(な…っ!)


そこには、みっしりと人が詰まっていた。俺が座っている長椅子は、どうやら始めてこの部屋へやってきた人を置く場所らしく、そこ以外は人で溢れかえっていた。


「『これは一体何なんだ』という顔をされてますね」


真隣には目の前の光景を恍惚と見つめるナフォリがいた。

17話の掲載は11/18の21時になります。

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