15
あれから、川に落ちること3回。木の幹で転ぶこと5回。泥濘で滑ること10回。
テオは見事に不幸の限りを尽くしていた。俺達の不幸も一身に背負わせてしまったようで、なんだか申し訳なく感じる位だ。
さすがに不安になり、俺はテオとナハトの二人に普段使用しているピアスを渡す。
「どっちかの耳に付けとけ。俺が使用しているから、少しは聖霊の恩恵を受けられるはずだ」
それぞれの耳に真っ赤な石が施されたピアスが付けられる。ナハトは大喜びだが、テオは青い顔をしている。
「レ、レオさん…ワーキッド領はまだですかね…?そろそろ俺のHPがヤバイです」
戯言を言える位にはまだ元気が余っているようだ。安心した。
「さっき、この川の途中に今は使用されていない様子の開墾された土地が見えた。過疎っただけなのか、はたまた裕福な土地を見つけて移動したのかわからないが、そろそろ人里が近いと思っていいはずだ」
「マジっすか!そんなとこ確認してませんでしたよ!さすがです!レオ先輩って呼んでいいですか⁉︎」
コクコクとナハトも同上の意思を示した。
確かに年齢的にはテオの先輩に当たるだろうが、ナハトは年上な上、俺より国に仕えた年月は長いだろうが。
先輩なんて呼んでほしくない。
俺が嫌がる雰囲気を察したのだろう。聖霊が喜び始めた。だが、少し遠くにいる聖霊が、血相を変えて俺の元へ飛んでくる。この反応は…
と、ナハトが俺の腕を突然引いて下がらせた。
ドスッ
俺が先程居た場所に、矢が刺さる。
ナハトが俺を後ろに下がらせ、身構える。聖霊がブワッと俺の周りに集まる。
静かな森の中が、一気に緊張感が高まる。敵もナハトに隙が無いのを感じているのだろう。再び攻撃をする気配が感じられない。
「…お前達、何しにきた」
右斜め前の木の裏から、真っ黒な装束に身を包んだ男が出てきた。彼は剣を持っているので、先程矢を放った人物とは違うのだろう。ということは、俺達は複数人に囲まれているのか。
「卒業旅行だ」
と、いう事になっている。ワーキッド領内で国に仕える人間が来れば、必ず警戒される。潜入捜査という訳ではないが、もし聖霊士を囲っている場合、それは国の重要問題となるので、ヘマを見せないよう完全に隠されてしまう恐れがあるからだ。
「…怪しいものだな」
その通りだと思う。いくら皆20歳よりも若い年齢とは言え、森を彷徨っている上に先程の攻撃を防いだのだ。
ワーキッド領に密かに侵入しようとしているとしか思えないだろう。本当は、正規の道でちゃんと旅行者らしく行く予定だったんだがな。ふと、レオが俺の近くにいないことに気が付く。あの馬鹿はどこへ行った⁉︎
「ぅぐっ!レ、レォさぁ…ん!!」
そう思った時には遅く、テオは他の黒装束の人間に捕らえられていた。地面に捩じ伏せられた上、拳銃を突きつけられている。
目の前にいた男が、ナハトに音も無く近付き、構えていた短剣を奪い取った。
「お仲間が大事なら、付いて来い」
予想外の歓迎を受け、俺達はワーキッド領へ向かう事になった。
***
「それで?貴方達はなぜあの森の中を歩いていた訳ですか?とても旅行者には思えませんが」
ワーキッド領の領主、ヘスティナ男爵の横に侍る執事が、緋色の目で俺達を見下しながら問いただす。
あれから俺達は黒装束の男達に拘束された。幸いな事に拷問部屋はないようだが、領主の館の一部が詰問室として使用されているようだ。
詰問室はマジックミラーで外からは見れる窓が取り付けられ、机と椅子しかない簡素な部屋となっている。
俺達はそこに全員、手と足を椅子に縛られている。聖霊が心配そうに群がる。幸いなことに、テオは気絶している為、とりあえず火災が起きることはなさそうだ。
「…道に迷ったんです。崖から落ちてしまい、ようやく辿り着いた所です」
「ほう、あの森を抜けたというのか。あの森は通称人攫いの森と言われている程、迷った人は帰ってこれない森なんだがな」
眉間に皺を寄せて睨みつけていたヘスティナ男爵が、途端に興味ありげに身を乗り出す。
「んん?あれぇ、君。もしかして、愛し子かい?」
下卑た青眼が俺を捕らえる。
俺は聖霊士団発足以来の聖霊持ちと言われる程、聖霊数が多い。多いからって他の聖霊士と恩恵など変わるものはないのだが、側から見れば、やはり多いというのは秀でてるように見えるらしい。
それ故、俺は一般人の間でも有名だ。一房の金糸を持つ、茶眼茶髪の天然パーマと言えば、俺だと知れ渡っている。
今回は表立って行動すると真実を隠される恐れがある為、俺は髪と目を黒に染め上げた。これだけで周りは俺を『レオニール・ハインリッヒ』として認識できなくなるのだから、面白い。相変わらずわかっているのは聖霊だけだ。
「来年から聖霊士団に入団予定です」
俺は入団して2年目になる。完全な嘘だ。
「んんーっ!有望株じゃあないかいっ!」
「ヘスティナ様。このように素性も明らかでない者に興奮するなど、はしたないにも程がありますよ」
ワーキッド領では、随分と執事が偉そうにしているようだ。まぁ、こんなアホそうな領主では、領の存続すら危ういだろうから、取り仕切るしかないのだろう。
「でもナフォリ。最近は、国の監視が厳しくなって来て、愛し子の確保が難しくなってるだろう?少しくらい怪しくても、協力させればいいじゃないか」
おうおう!もう黒幕登場ってか⁉︎だが、拘束されているこの状況では、早々に俺達が解決することは難しい。というか、あいつらの自信が気になる。
「ヘスティナ様、口を慎み下さい。しかし、確かに一理ありますね。…君、名前は?」
「アレオ、です。それと、こいつがウテオで、こいつがオハトです」
拘束されているので、顎でテオとナハトを教える。簡易の偽名なので、バレないことを祈るばかりだ。
「アレオ。私達は貴方達を害するつもりはありません。しかし、貴方の出方によっては、お友達を拘束したまま、この領から出すことはできなくなるでしょう」
「…俺が貴方達に従属すれば、彼らを解放してくれる、ということですか?」
「えぇ、話が早い。時期がくれば、もしくは貴方の働き次第では、彼らは解放しない事もないでしょう」
ナフォリと呼ばれた執事の口元が緩む。俺の事は解放するつもりがないらしい。
本当に、なんでこいつらはこんなにも自信があるんだ。悪い予感しかせず、冷や汗が流れる。聖霊達も不安な面持ちだ。
「…わかりました。彼らに危害を加えず、開放すると約束して頂けるというのなら、貴方達の指示に従います」
ガタっとナハトの椅子が動く。悲壮な顔を浮かべている。
おいおい、俺は死にに行くわけじゃあないんだぞ。
俺はナハトに笑顔を向ける。
「大丈夫だ。お前達に怪我はさせない」
「…」
ナハトの椅子がガタガタと動く。首をブルブルと横に振り過ぎているせいで、倒れそうだ。
「そうですよ、オハト君。貴方とウテオ君が大人しくしていれば、貴方達の安全はもちろん保証します。何より、アレオ君はこれから幸せになるんですよ、喜ばしいことじゃないですか」
何言ってるんだ、こいつは。俺が幸せになるって、言ってる事の意味がわからない。
「まぁ、もういいでしょう。そこの君、カトリーヌ様を入れてくれないか」
ナフォリがドア近くに立つ兵士に向かって指示をする。俺達の反応なんて、どうでも良いようだ。
ガチャリとドアが開くと、そこには赤いワンピースを着た、ゆるいパーマがかかった赤茶色のボブヘアーの女の子が立っていた。聖霊が興味ある程度に側にいることから、とりあえず魔法士や聖霊士ではなく、一般人であることがわかる。ただし、一般人とは大きく違う点がある。それは、彼女が目隠しをしている点と、異常な程に痩せている点だ。
「あぁ!私の可愛いカトリーヌよ!今日も相変わらず可愛いねぇ」
ヘスティナ男爵が席を立ち、カトリーヌの元へ駆け寄る。彼女の手を握るやいなや、摩り回っている様は間違いなく変態だ。
「ご機嫌麗しゅう、お父様」
カトリーヌがレディらしく、小さくお辞儀する。スカートを摘む腕はガリガリで、脚も骨張っている。とても痛々しい見た目だ。ヘスティナ男爵が太っているせいで、カトリーヌがより一層痩せて見える。娘だと言うのなら、もっと太らせるべきではないのか。
俺は場違いにもそんな事を考えてしまう位、彼女は痩せていた。
「ナフォリ、その寝ている…ウテオ君だっけ?起こしてもらっていいかい」
指示されたナフォリは、ゆさゆさとテオを揺らし、彼を起こした。
「ん…っ。ここ、どこっすかぁ?」
まだ寝惚けたいるのか、気絶させられた衝撃が残っているのか、テオの目は虚ろだ。
「さぁさぁ、みんな。こっちを向いてごらん」
ヘスティナ男爵の指示に従うのは気に触るが、今はあちらを刺激すべきではない場面だと言う事はわかる。俺達は指示通り、ヘスティナ男爵の方へと目を向けた。
「皆様こんにちは、ご機嫌麗しゅう」
そこには丁寧にお辞儀をするカトリーヌが立っていた。しかし、目隠しは取られている。
伏せられた顔が上がる。
あっ、と思った時には遅かった。
彼女の虹色の目に、俺達は囚われてしまったのだ。
転職活動中の為、次話より1週間に一度の更新とさせて頂きます。申し訳ございません。
※16話の投稿は11/11の21時になります。




