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俺は只今、森の中を彷徨いている。いや、正確に言えば、迷っている。何故こうなった。とりあえず天を仰いで見るものの、夕暮れの空と星が微かに見えるだけで、目ぼしい物は何もない。マズイな、もうすぐ夜になる。俺の周りの聖霊達も、ふかふかのベッドじゃなきゃ嫌だと騒ぎ始めた。じゃあ道を探せっての!案内しろ!!
アレクサンドリアより北西に進むこと2時間。長距離という事もあり、久々に車型フロートムーバーでの移動が許可された。しかし、ワーキッド領内に入って間も無く、立看板に『フロート系乗り物禁止』の文言が。フロート系乗り物は、まだ研究途中の乗り物で、そもそもなぜ光で飛べるのか原理がわかっていない。それ故に、その光が生態系に及ぼす影響は未知数と言われ、警戒する人もかなり多い。特に、森林になどは保護する対象になる為、保守的な領では禁止することがある。…とは聞いていたが、まさかワーキッド領でも禁止されてるとは聞いてなかったぞ。ウィル士団長のしたり顔が眼に浮かぶ。確信犯だな、これ。
俺達は仕方なく、フロートムーバーから降り、徒歩で森林に囲まれたワーキッド領を目指すことになってしまった。
「レオさんがいるのに、まさか迷子になるとは思いもしませんでしたよ」
「この原因を作ったのはお前だろうが、テオ!」
テオは悪びれもせず、その茶眼を細めて自身の赤毛の毛先をクルクルと指先に回し始めた。
「だって、俺の方がレオさんよりここの地理に詳しいんですもん。もっと早くに地図を渡してくれたら、こんなことには…」
「いいや、途中まではちゃんと正解の道を歩いていた。だが、お前が地図を勝手にとりあげて、挙げ句の果てにその地図を風に飛ばされ、皆を巻き込んで崖から落ちなければよかった話だ」
同行した無口のナハトも強く頷く。
いやぁ、それはぁ、とポリポリと頰をかき、テオはバツが悪そうに下を向いた。
俺は普段とは違う色に染め上げた、黒髪を掻き毟る。
あぁ、神はなんて無情なんだ。と、俺は都合よくも存在するはずもない神に向かって嘆いた。
***
ーーー1日前。
「…事情はわかりました。それで、私にこの沢山残された仕事を押し付けて、ワーキッド領に行きたい訳ですね」
「あっはぁ〜、いやぁ、そういう事になるかな」
クリスの碧眼がギラリと向けられる。やっぱ、帰ってきて早々はまずかったか…
「はぁ…まぁ、いいでしょう。君に何を言ったって、その意思は曲げられませんからね。ですが、今回の件はまだウィル士団長の許可を得ていないでしょう?聖霊士か愛し子が誘拐され、監禁されているかもしれない事態です。君が単独で行くのは問題があります。必ず確認して下さい」
そう言って、クリスは俺との会話の間にサラサラと書き上げた任務確認表を俺に渡した。
「さっすが!じゃ、早速ウィル士団長に話をつけてくるわ!」
***
俺がウィル士団長の元へ行くと、何故かそこには魔法士のテオと、兵士のナハトが立っていた。
「あれ?何してんだ、二人とも…」
「いや、僕にもわからないんですよ」
テオの返答に、同調するようにナハトも頷く。
「いやぁー!まさかレオ君がこのタイミングでこちらへ来てくれるとは!本当に僕は運がいいなぁ!」
ウィル士団長が破顔する。これは良くない予感だ。
「テオにナハト。共に優秀な二人だってこと、レオは知ってるよね?」
「あ、はい。テオは火で鳥を作りあげるほど魔法力のコントロールに長けていて、ナハトは先日同期全体で3位に入ったと聞いてます」
クリスの情報網が役に立ったな、と安堵する。
「その通りで、とっても二人とも優秀なのに、今までどの隊にも組まれたことがないんだよね。どうしてかわかる?」
「…わかりかねます」
いや、うすうすはわかっているが、ここは正直に答えてはいけない気がする。
「わかってるくせに、ツレないなぁ〜。テオは自分よがりで行動力があり過ぎる。ナハトは無口過ぎてコミュニケーションがとれない。つまり、協調性がない!…なんてこと、二人を見てればわかることでしょ」
ウィル士団長お得意のウインクが飛んで来た。あぁ、ウザい。上司ではあるが、目が合わせられない。一方で、聖霊達は嬉しそうにウインクを飛ばし合っている。
「それで…その協調性がない二人と、俺にどういう関係が?」
「ふふっ。だーかーらー、君とチームを組ませて、協調性を養ってもらおうと思って!もちろん、隊を組まないといけないような任務には行かせないから安心して」
安 心 で き な い !
安心できる要素が見当たらない!
協調性がない奴が一人ならまだいい。だが、二人だと⁉︎どちらか死ぬに決まってるじゃないか…。恐らく、先にテオが死ぬな。
「いやいやいや、俺一人にその二人じゃあ、さすがに難しいと思います!せっかくの人材なんですから、せめて一人ずつ聖霊士を付けた方が…」
「それじゃあ、そもそもの目的である協調性が養われないでしょ?」
思わず、うぐっと苦虫を噛み潰したような音をあげてしまう。
「それに幸い、ちょうど良い任務を見つけたみたいじゃない」
ウィル士団長の視線が俺の手元にある紙ーー任務確認表ーーへ向かう。
あぁ、終わったなと悟りを開く。
俺から任務確認表を奪い取り、一通り目を通すと、ウィル士団長はにっこりと笑顔を浮かべた。
「二人とも、死なないように面倒見てあげてね」
俺に有無を言わせない迫力だ。
二人の経歴表が差し出される。
アルテオ・ノルソネス。
火の魔法を使用。魔法力のコントロールが抜群である。しかし、自己判断での単独行動が目につき、周囲に火害をもたらす恐れあり。また、自己PRでは、『町一個程度なら燃やせる』などと、過激な発言あり。寝惚けて寮の一室を延焼させた事例もあるので、個室の上、防火加工の部屋にすべし。
「テオ…お前は馬鹿なのか」
「あれ?それってもしかして褒めてます⁉︎」
ダメだこいつ。
よし、ナハトの方を確認しよう。
ナハムート・エルドレット。
短剣の使い手。俊敏性が高く、反応が良い。小柄な体型を活かした、急所への攻撃を得意とする。ただし、口数が少なく、本人との意思疎通は顔を見なければ判別不可能。実戦においては、指示しても返答がない為、他の兵士への指示に滞りが生じる。密偵向きのようだが、本人は前線希望の模様。
「ナハト…諦めて密偵をやったらどうなんだ?」
フルフルと首を振るナハトは、小柄な体型やうるうるした黒眼という特徴もあって、俺には黒毛のリスに見えた。
「二人とも、俺と仲良くやっていけそうか?」
「もっちろんです!キャンプファイアーならすぐ作れるので、野宿なら任せて下さい!」
「……」
テオはなぜか親指を立てて、やる気満々のポーズを決めていた。その横でナハトはコクコクと壊れたおもちゃのように首を縦に振っていた。そんな二人の様子を、聖霊達は完全に馬鹿にしたように真似している。
「面白い二人でしょう?彼らの育成、任せたよ!」
ウィル士団長が、任務確認表に二人の名前を書き上げ、俺に押し付けた。
俺は大きな溜息をつくと、協調性のない二人をチラリと見やり、はい、と頷いた。
***
ーー昨日のことは思い出しても仕方ない、と諦めて俺は道らしいものがないかを探す。ふと、耳に水の音が聞こえた。
「ん…この音はもしかして…」
「レオさーん!川です!水がありますよ、命の水です!助かったー!これであと3日は生きて行ける!」
「って馬鹿!だからなんで単独行動するんだ!お前の場合、そのまま落ちて流されて死ぬ確率が高いんだぞ!ってナハトお前もか
!」
テオの後ろからは水をたらふく飲んだ様子のナハトが見えた。一ミリも罪悪感を感じてないようだ。
「だってー。レオさんってば、難しい顔して動かなくなっちゃうんですもん。ナハトがいれば、魔獣が出て来ても大丈夫かなって思って」
ダメだこいつ。チームワークというものがわかっていない。
「こういう所で死ぬ奴は、単独行動する奴だ。テオの独断のせいで、ナハトも危険な目にあう可能性があったんだぞ。とりあえず、お前は俺のそばから離れるな」
「やーん。そばから離れるななんて、めっちゃ男前!さっすがレオさん憧れます!」
弟子にして下さい!と懇願されたが、俺は瞬間で断った。絶対に嫌だ。
「とりあえず、川を下るぞ。こんなとこで野宿するつもりはないからな…って!」
注意した矢先に、テオは川の中へ落ちていた。ナハトが慌てて救出してくれていたが、先が思いやられるぜ…。




