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戦慄のステイシア  作者: 896
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今朝は虫の飛んでいない、清々しい朝だ。太陽の光が眩しい。

帰り支度を終え、俺とクリスは車の前で突っ立ていた。少ない荷物は、こちらの遠慮を無視したジョスティナ男爵の従業員達によって全て車の中へ積み込まれた為、とても暇だ。しかし、俺達にはアルトと愛らしいメアリーの見送りを待つという義務がある。決してサボっている訳ではない。

なぜこの二人なのかというと、ジョスティナ男爵は、昨晩の出来事が精神的にキてしまったらしく、寝込んでいるらしい。そして奥さんは呑気に旅行中だとかで、おかげで見送りはメアリーが代理で行ってくれるらしいが、俺としては嬉しいことこの上ない!

そこへ、一台の真っ黒なフロートムーバーがやってきた。これまた最新式のようで、今度は赤い光を放っている。後部座席の窓が開き、そこから見知った顔が見えた。


「レオ、もう帰っちゃうのね」


ジニーとその弟だ。

彼女は随分と小綺麗な黒のワンピースを纏っている。弟も真っ白な服を纏っており、二人の様子からこの地を離れることになったのだろうと予想できる。


「あぁ。俺達にできることはこれ以上ないからな。あとはお役所様の仕事だ」


レオもお役所様の人間じゃない、とジニーが突っ込む。

あれから、トリィは罪を認め、裁かれることになった。詳しくは知らないが、おそらく10年は王立刑務所から出られないであろう。


カンナは放心状態になってしまい、彼女一人では危ういとのことで、実家で監視処分となった。彼女も初めから事実を知っていれば、トリィと同じく収監されていたであろう。

ジニーとその弟が、父母が共に収監されるという醜態に合わなくてマシだったなと思う。


「私達はこれから王立の修道院に入ることになったの。だから、時々遊びにきてね!」


「おぉ、そっか!それはよかったな」


トリィとカンナは、保護者として適正な能力がないと判断された。その為、ジニーとその弟は国が預かることになったのだ。

まぁ、ジニーは普通だが、この弟が聖霊に随分と好かれているからな。国の手元に置いておきたいのだろう。


「それじゃあ、またね!」


弟を抱いたジニーが、眩しい笑顔を向ける。どう考えたって辛い状況なのに、本当に強い子だなと思う。

妹を弔えたことが、彼女の気持ちを軽くしたのかもしれない。

窓がゆっくりと閉まって行くと、そのまま修道院へと向かって行ってしまった。


「非現実的もしくは逃げ出したくなるような状況下では、人間は自身の心をセーブしてしまうそうです。あの子は強い訳ではなく、まだ自身の心の傷に気付いてないだけでしょう。修道院で、少しでも癒されてくれるといいですが…」


「今度から、積極的に修道院でも聖声するしかないな。元気を与えてくれる聖霊をいっぱい呼び寄せてやるぜ!」


「…珍しい。いつも適当な聖声しかしない君が、こんなにもヤル気に満ち溢れてるなんて」


「お、俺だって、やる時はやるんだぞ!オンオフの切り替えができてるだけだ!」


「仕事の時にオフにされてては困ります」


俺のドヤ顔に、はぁとクリスは溜息をつく。

いつもそんなヤル気があると助かるんですけどねぇとクリスが悪態をついていると、メアリーのフロートムーバーが現れた。助手席にはアルトが乗っている。慌てて二人から降りてきた。


「はわわぁ!なんとか間に合いましたぁ」


「ありがとう、メアリー!おかげで二人の出発に間に合えたよ!」


二人は降りた途端、周囲の目も憚らずに固く抱きしめ合う。が、俺とクリスの居た堪れない視線に気がついた様で、二人して赤面しながら体を離した。そのコントみたいな様子を、聖霊達も真似している。


「レレレレレオ!ク、クリス!これは誤解なんだ!」


「別に女同士で抱き合ってるだけなんだから、そんな派手に否定することもないだろう」


余りに大袈裟なアルトに、俺は思わず苦笑する。まぁ確かに、アルトは男みたいでメアリーは可愛いから、カップルみたいに見えなくもないけどな。


「あのぅ…お話していなかったかもしれませんが、私はオトコなんですぅ」


⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎


俺とクリスの頭は、メアリーの発言のせいで大混乱だ。


「メアリーは、女装させるのが大好きなジョリー公の奥様の為に、この格好と名前で活動しているんだ」


「私としては、男の娘になるのは嫌じゃないんで、楽しいんですけどねぇ〜。でも、執事としては役立っても、やっぱりメイドはまだまだ難しいですねぇ」


本当の名前は秘密ですぅ、なんて可愛らしく

説明してくれたが、俺とクリスは放心状態で、説明がこれっぽっちも頭に入ってこない。


「ま、待て!でも、俺は確かにメアリーの胸を感じたぞ!というか、今もメアリーには立派な胸が付いているじゃないか!それは一体なんなんだ!」


「あははぁ〜!これはパットですよぉ」


そう言ってメアリーは胸からパットを取り出した。ジェル製の最新のパットなんですよぉ、なんて誇らしげに言っていたが、俺とクリスは真っ平らになってしまったメアリーの胸に釘付けだ。


「ま、まぁ…男の胸に飛び込んで堪能できる経験なんて、そうあることじゃあないですから。珍しい経験ができたと思って前向きに…」


「だからっ!俺は男には興味がないっての!あぁ!くそぅっ」


クリスのフォローになってない励ましの言葉に、俺の心は完全に砕けそうだぜ…


「またいつでもパフパフしに来てくださいね〜!」


「こ、こら!メアリー!そんな破廉恥なことを言うんじゃない!」


「もしかして、心配してくれるんですかぁ?嬉しい!アルト様、だぁい好きっ!」


「め、メアリー!みんなが見てるじゃないか!やめたまえっ!」


俺が凹んでいる隣で、なぜかアルトとメアリーはいちゃいちゃしていた。アルトに至っては、茹でダコ状態だ。こいつらデキてんのか?


「ははっ…帰りましょうか、レオ」


「あぁ、そうだな。早く帰ろう」


俺たちは二人に御幸せに、とエールを送って颯爽と帰路に着くのだった。




***




「…どうして、赤ちゃんにキスしたんです?必要のない行為だったでしょう」


「意味がないなんて知ってる。でも、知って欲しかったんだ。愛されてるって、必要のない存在なんていないって。それが、俺のエゴだとしても」


「君らしい考え方ですね」


「言葉じゃ伝わらないこともあるからな」


気付けば、目の前には恩恵を受けてキラキラと光る王城が見える。聖霊達もその光景に気分が高揚しているようで、いつもより光量を増して光を放っている。

あぁ、そういえば、約束のパン買えなかったなぁ…

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