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白焔の覇王  作者: もずく
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龍と勇者と折れた翼

お待たせしました。


 

 「ドラゴン。」

 

 呆然と見やる先には一匹の、いや一柱の龍。吐息には炎が混じり周囲を焦がす。悠久を生きたことを感じさせる苔むした鱗には傷一つ無く何者もソレを害せないことを告げている。

 圧倒的な脅威を前にした人の行動はほぼ3パターンだろう。

 

 「...あぁ...」

 

 その状況を呆然と感受し、立ち尽くす者。

 

 「い、いや...いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 その状況からひたすらに逃避する者。

 

 「はは、は、あ...あ、ァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

 その状況に錯乱し、自ら脅威に立ち向かうもの。

 

 縮地をも満足に使えず足を縺れさせながらただただドラゴンから逃げる桃。

 言葉にならない声を発しながら型もなくがむしゃらに剣を振るいドラゴンに突進する拓。

 ただ、腰を抜かして呆然とそれらを見る私。

 

 「もうだめだよ...」

 

 何度もなにかを叫びながら剣を振り回す拓。恐怖でいつものように動けないのか動きに全くキレがない。

 

 「いやだ...」

 

 まるで私自身の声でないような弱々しい、か細い音が脳にいやに響く。

 

 「だめだ、逃げて...」

 

 拓がドラゴンのもとにたどり着きその腕にキンキンと甲高く、頼りない剣戟音を鳴らす。

 声にならない叫び声を上げながら剣を振るう拓をつまらさそうに見据えたドラゴンは硬質な鱗に包まれた腕を振るう。

 

 バキッ!!

 

 まるで邪魔な虫をはたき落とすかのように振るわれた腕は二本の剣をあっけなく叩き割り拓に襲いかかった。

 

 「た...く...」

 

 十数メートルという距離を地面を跳ねながら吹き飛んだ拓はもうピクリとも動かない。

 

 「...たく...?」

 

 遠目からでは生死が判断つかない。だが、あの脅威に立ち向かって生き残るものはいないだろうという強烈な固定観念が私の中の拓の生死を決めつけた。

 

 声がでない。のどがカラカラに乾く。脳だけが盛大に警鐘を鳴らすがそれに体がついてこずにノロノロと這いずり回る私を、ドラゴンの双眼が視界に捉えた。

 

 緊張と困惑と絶望に飲まれピタリとも動けなくなる私に向かってドラゴンは悠々と歩いてくる。

 どのくらいの時間が経っただろうか。

 私の目と鼻の先にドラゴンが顔を近づける。

 目の前の吐息が熱い。かつて自身の体の一部のような感覚であった炎は今や私の手を離れジリジリと肌を焦がす。

 

 涙と鼻水と涎にまみれた顔をグシャグシャにした私を瞳に映しドラゴンは嗤ったような気がした。

 

 音にならない声が脳裏に響く。

 

 『お前は誰だ。』

 

 それがドラゴンの声なのか、はたまた幻聴の類いなのかはわからない。

 

 『勇者とは何か。』

 

 ただわかるのは、それが私が恐れていたことを告げる声だということ。

 

 『勇者とは困難に立ち上がる者

 勇者とは何者にも心を曲げられぬ者

 勇者とは弱き者を守らんとする者

 勇者とは勇なる者、心の在り方

 想いを受け継ぐ者』

 

 「わたしは...」

 

 『お前は誰だ。』

 

 「...わたしは...」

 

 『壁に絶望しそれに対抗もせずに見ているだけの

 絶望に絶望しそれを受け入れるだけの

 弱き者を忘れて自らの安寧を求めるだけの

 仮初めの力を誇示し、それに傲り、自らを偽る』

 

 『お前は誰だ。』

 

 目の前のドラゴンがガパリと口を開く。

 

 『力を示せ

 絶望に抗わんとする力を

 勇気を示せ

 友を、民を、世界を守らんとするもの勇気を

 全ての知力と体力と武力と命をもって想いを証明してみろ!!』

 

 ドラゴンは咆哮を上げると羽ばたき空を翔る。それに応じるように、ひきつる顔に力をいれて泣きそうになるのを堪え、一振りの剣を杖代わりにしてよろめきながら立ち上がる。

 

 体力は、ない。魔力も、ない。あるものはジクジクと痛む片翼の体と折れかかった心だけ。

 

 「だが、それだけあれば、まだ立ち上がれる...!今はこの身があればいい!」

 

 『天上界に神留まり坐す

 神降り依させ奉る

 我が御霊を以て其の神力振る舞い給え』

 

 <禁術・魔奏魂環>

 

 鼓動が早まる、視界が滲む、頭だけが冴え渡り僅かばかりか魔力と力が入る。

 マソウコンカン。己の魂と引き換えに力を引き出す古代魔法であり、その倫理に反する理論から禁じられた魔法。魔力が足りずに中途半端な発動になり、全ての魂が削られなかったため僅かしか力が出ない。

 

 「魂の一部を支払ったにしては魔力が回復しないね...私の魂の価値なぞこんなものか...」

 

 だが

 

 「今は僅かでも振り絞れ...!想いを、託すために...!仲間を、守るために...!!」

 

 <白焔之衣>!

 

 蝋燭が最後に一際煌めくように体が揺らめき焔に包まれる。

 

 「ドラゴンよ。都合のいい話なのは重々承知している。私を殺したあとは勇者たちや人間を殺さないで貰えないか。」

 

 返答を拒むように地に降り立ち口に魔力を溜めるドラゴン。

 

 「ならばせめて!私がいた証を!私の想いを!その身に焼き付けろ!!」

 

 大地を踏みして駆ける、掻ける、翔る。片翼を羽ばたかせ少しでも速く、少しでも重く。私の想いを乗せ少しでも深く、少しでも強く。

 

 「はぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 跳躍の後の全身全霊の全てを乗せた斬撃は確かにドラゴンに届いた。

 

 

 

 燃え上がる白焔の先に見たものは、僅かばかり傷の付いた龍の鼻先と、真っ白に膨らむブレスだ。

 

 『絶望に沈め。』

 

 また頭に声が響く。

 

 莫大な熱量に襲われて眩む意識のなか只ひたすらに己の無力を嘆いた。

 

 私の力はなんだったんだ。なんのためにあったのか。

 私の願いはどんな意味があったのか、例えなにを願っても叶わなかったのか。

 私の想いは、どんなに軽いものだったのか、何も為し得なかった。

 

 私の目の前には死と、大きな大きな絶望が横たわっていた。

 

 ーーーーーーーーーー

 

 命を焼いたドラゴンは空に飛び上がり、夕焼けの途切れに向かって消えていった。

 

 どこかで誰かが言う。

 

 『そう、それでいいのよ。』

 

 笑うように、嘆くように。

 

 『まだ、足りないの。』

 

 どこにでもなく微笑みを浮かべながら。

 

 『折れなさい、砕けなさい、立ち止まりなさい。

 一度己の無力を知った者が、再び立ち上がれるのなら』

 

 『想いをもう一度燃え上がらせることができるのなら』

 

 『鍛え上げた鋼の様に、真なる勇者になれるの』

 

 彼女もまた、夕日に溶けていく。

更新が遅くなり申し訳ありません。

今後ともご贔屓にどうぞ。

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