とある公爵の苦悩
読んでいただきありがとうございます。たまには他の目線からのお話です。
私の名はイルヴァン=シュベルハイト。ここラインハルト獣国で公爵の地位をいただいている。
勇者召喚の儀が成功した知らせを受けパーティーを開くとの国王の命で今宵、パーティーは開かれた。
アリーナ様が婚約者探しのために侍女に変装して参加しているのは公爵の当主には伝わっているため、何かあったら止めに入るつもりだが集まった皆は召喚された勇者が気になるのかあまり侍女に気を使ってなく、少し安心したものだ。
姫君に気を払いつつも同じ派閥の上級貴族と談笑しつつ国王と勇者の登場を待つ。
国王の入場を告げるファンファーレが鳴り響き私たちは跪く。そのつぎの言葉に耳を疑った。
「国王陛下並びに勇者ミコト=ヤマト様のおなーりー。」
国王と同時に入場するということは国王と同格、それか国王がいたく気に入られた者だと言うことだ。国王は人の目利きには鋭い方、勇者殿はそれほどまで国王に気に入られているのかと驚いた。
「面を上げよ。」
陛下の言葉に従い顔をあげると更なる驚愕に飲まれる。陛下の横に立つなど不敬の極みだがそれが自然に思えてくるほどの上位者としての風格。櫛ですいてもなんの抵抗もなくすり抜けそうな目映い金髪に優しげな顔、そして何より天使かと見間違うほどの優美な白と金のグラデーションに彩られた美しい翼。見たこともない仕立ての上下白の服に黒いロングブーツをはいた姿は正に神々しいと言う他なかった。
そんな彼の功績にも耳を疑った。何万もの魔物の大進行を一人で食い止めるどころか壊滅させた?魔物の進行を食い止めるだけで人類の砦である要塞都市という人類の勢力が詰まった物が必要になるのだ、それを壊滅?そかも一人で?この勇者は危険だ。彼が一人いれは国を滅ぼすことなど簡単だろう。
だがそんな心配も彼と言葉を交わすうちになくなっていった彼は物腰も丁寧で良識もある、何より己の力を傲らず人のために、関係のない異世界の人のために自らの危険も省みず戦うという。
貴族社会に長くいると相手の嘘も挙動や勘からわかるようになってくるがそれが働かないということは本気でこの世界のためにその力を振るってくれるというのだろう。私は彼に深い尊敬の念を抱いた。円環金龍勲章を叙勲されるのも彼にとっては自然なことなのだろう。
その後もパーティーは続き、ヤマト様の異世界のダンスで会場が沸き立ち、数多くいる令嬢の目も彼に釘付けになっている。そして彼がバルコニーに出ていき、しばらくすると私の使命の一つであるアリーナ姫の監視をしようとするが時すでに遅し。我ながらヤマト殿に心酔し過ぎていたようだ。アリーナ姫は頭のできの悪く短気だと噂の伯爵の嫡男に言い寄られてしまっている。
さりげなく近づいているとミコト殿がバルコニーから出てきてアリーナ姫を守り始めた。それに激昂した伯爵のどら息子が怒鳴り散らしあげくの果てには王城のパーティー会場内にも関わらずミコト殿に向けてファイヤーボールを放ったではないか!
まずい!不意打ちであの威力の魔法を食らったら人類の希望が失われてしまう!
そう思ったのもつかの間なんと彼は無造作に手を振り払っただけで魔法を消し、こう言った。
「炎は私のものなんだ。だが攻撃してきたのはそちらだよ。私も反撃の資格があると思うんだよね。」
次の瞬間会場の温度が急激に冷えたかと錯覚するほどの恐怖に襲われた。足は震え奥歯はガタガタと情けない音を漏らす、呼吸すら困難になるほどの重圧。武の心得のある私でさえこうなるのだから文官などは白眼を剥いて泡を食っているところだろう。
「なに、命を取ろうという訳じゃない。少し反省してもらいたいだけなんだ。」
そう言いつつ彼は一歩一歩バルカッタの息子に近づいていく、彼が一歩足を踏み出すごとに凍りつきそうだった気温は上がり三歩も前に出ると真夏の日差しも生易しいと思える灼熱の温度になった。
このままでは死人が出る。そう確信した私は震える足に喝をいれ彼の前に立つと跪きこう言う。
「わ、我が国の伯爵の息子が、め迷惑をお掛けして申し訳ない。怒りを、静めては、もらえないでしょうか。」
こんなに恐怖したのはいつぶりか、幼き頃遠乗りの際に魔物に襲われたとき以来か。圧倒的な強者に敵対する恐怖で口が自分のものでは無いかのようだ。
すると先程の威圧感が嘘のように霧散し、穏やかな雰囲気になると彼は言う。
「まぁいいですよ、私も怒ってはいませんし。それより皆さん、恐がらせて申し訳ないね。全ての者の心に慈しみを、愛を、癒せ『慈愛の翼』」
彼が翼を広げると羽が会場中に広がった、恐る恐るその羽に触れると羽は光の粒となって弾け、私の中に入ってくる。
その効果は絶大だった、先程の恐怖に囚われた心はまるで先程の羽のように軽くなり長年苦労してきた肩凝りと腰痛すらも嘘のように消えてなくなった。
彼は何者なのだろうか、全てが規格外で常識と言う物差しでは測れそうにない。ただ一つ言えるのは絶対に彼に敵対してはならないとこの会場にいる全員が思ったことだろう。
ありがとうございました。