宛先:読者様 件名:炎の壁は熱いです
◆◆ PM 18:41 ◆◆
まるで汚染されてしまった大気が絡みつくように、ねっとりと生ぬるい風が晋と綾乃を包み込んでいる。
だが、実際はそれだけじゃない。
周囲一帯を残らず焦がしてしまいそうな熱波が荒々しく二人を歓迎していた。
バイクに跨ったまま硬直する晋と綾乃の視線の先には、天まで届けといわんばかりに炎が渦巻いている。
紅い月が冷たく睥睨する夜道の中で、二人の驚愕した顔が炎にはっきりと映し出されていた……。
「嘘……」
「こいつは……さすがに想定外だったなぁ……」
綾乃が震える声で呟く。
晋はといえば、気楽さが完全に抜け切った真顔を隠すように、左手で額を覆っていた。
――事の全容はこうだ。
警察署まで繋がっている改装されたばかりの道路を猛スピードで疾走し、警察署まであと僅かというところで――
「……ん?」
さながら映画のワンシーンのように、巨大な鉄の塊が轟音と共に姿を現した。
合流車線からタンクローリーが突っ込んできたのだ。
「――うおいッ!?なんでこんなところに合流車線が!?」
警察署まであと少しと気を緩めていた晋と綾乃の顔面が、一瞬で蒼白に染まる。
「ま……まずいっ!!」
「きゃああっ!!!」
接触を回避するため、晋は慌ててブレーキをかけた。
必死にしがみつく綾乃を振り落とさないようにしながら、右足に位置するブレーキペダルを少し強めに踏み、わざと後輪を滑らせてドリフトの要領で車体バランスを整える。
あわやというところで激突を免れた二人を残し、明らかに正気ではないタンクローリーはガードレールを激しく擦りながらそのまま前進――そして、少し先のガードレール脇に止めてあった乗用車に激突する。
呆然と見守る二人の前で、大きくバランスを崩したタンクローリーは横転し、大爆発、炎上した。
爆発の衝撃波が二人を襲う。
鼓膜を裂くような爆音に、綾乃は咄嗟に耳を塞いだ。
対向車線まで満遍なく埋め尽くした炎は、警察署までの進路を見事に断ち切ってくれた。
ここまで綺麗に分断されると、いっそ清々しい。
「くそ……対向車線まで燃えてるよ。これじゃ回り道するしかないな」
大破炎上したタンクローリーを睨みつけながら、晋は憎憎しげに呟く。
同時に、自分の脳内マップが既に役に立たないことを痛感した。
晋が記憶している街のマップには、合流車線など存在していなかったからだ。
「綾乃、ここから警察署までナビよろしく。俺の土地勘はもう……今の故郷には通用しないっぽい」
「うん。任せて」
綾乃は努めて明るく請け負い、悲しげに俯く兄の背を抱きしめた。
早速、頭の中に地図を描き、警察署までの進路を定めていく。
「確か、この辺りはまだ道路の改装が済んでないの。この道を封鎖されちゃうと、警察署まで着くのに最低でも20分はかかっちゃうかも」
「ま、仕方ないさ……。ったく、ホントいいタイミングで突っ込んできてくれやがって……!」
晋が悔しげに唇を噛んだ途端――そこへ怨嗟のような多数の呻き声が聞こえてきた。
慌てて振り返った先には、爆音と炎に導かれたかのように、人であって人ならざる亡者達が犇めき合っている。
震える腕でしがみついてくる綾乃の頬を軽く撫でたあと、晋はアクセルを吹かした。
「ここで考えてる時間はないな。行くぞ!」
「うん!」
――まだまだ悪夢は終わりそうにないようだ。




