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THE RED MOON  作者: 紅い布
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番外編その2−4

理恵さんを担ぎながら歩くこと20分弱。


突発的な感染者との遭遇もなく、無事に自衛隊の野営キャンプに辿り着くことができました。


周りには様々な近代兵器が所狭しと並べられ、異常な空気を醸し出しています。


「うわぁ……凄い。戦車とか銃を持った人達がいっぱいいる……」

「日本の盾と言われる自衛隊の中でも、彼らは精鋭部隊ですから」


といっても、理恵さんは恐らく自衛隊員達よりも生の兵器に慄いているのでしょうがね。


「そろそろ歩けますよね?」

「ん……もうちょっとだけ……」


うっ、思わず頷きかけてしまいしたが、ここは心を鬼にせねば。


「人に甘えてばかりでは、いざというときに自分で行動できませんよ?」

「……ごめんなさい」


シュンと落ち込んでしまった理恵さんを降ろし、頭を撫でてあげつつキャンプ内にいるハズの指揮官を探します。


しかし、僕たちの周りには忙しそうに駆け回っている有象無象の……コホン。重装備の自衛隊員達で犇めいています。

こうも人が多くてはなかなか思うように探せません。


丁度キャンプ内の中央辺りまで辿り着いた頃でしょうか。一向にそれらしき人物が見当たらないので、適当な隊員に声を掛けて、指揮官の居場所を聞き出そうかと考え始めたときでした。


慌ただしくバリケードを築き上げる隊員達の邪魔にならないように、道の脇を進みながら彼女の手を引いて歩いていると、一際大きなキャンプの中に一人だけ正装の自衛隊員がいたのです。


その人物に対し、皆が畏まって応対することから恐らく彼……いや、彼女が現場の指揮官なのでしょう。


「すいません、ちょっといいですか?」

「はい?あ、民間人の方?」


おっとりした物言い、理恵さんよりもボリュームがありそうな胸、間違いなく女性ですね。

階級は……二佐ですか。珍しい。


「僕は違いますよ?先程連絡させてもらった者です。僕の後ろにいる彼女が、正真正銘の一般人」

「………………」


僕の背中に隠れている理恵さんを促し、指揮官の前に立たせます。


「貴方が保護した生き残りはこの子だけですか?」

「はい」

「わかりました。丁度輸送ヘリが出るところなので、中継基地までお送りするということでよろしいですか?」

「よろしくお願いします」

「では、時間になったらお呼びしますので、あちらの仮設テントでお休みになっていてください」

「わかりました」


理恵さん共々指揮官に頭を下げて、仮設テントに向かいました。

途中で、理恵さんが僕の腕に抱きつきいてきます。


「何だか、穏やかな人だったね。意外だったかも」

「いえ、正直なところ、自衛隊内でああいうタイプの女性は珍しいですよ」

「そうなの?」

「はい」


彼女の驚きも最もでしょう。

自衛隊とそれなりの関わりを持つ僕でさえ、現場の指揮をする立場にあるにも関わらず、あのように物腰柔らかい女性と出会ったのは初めてなのですし。

そのような会話をしていたら、あっという間に仮設テントに着いてしまいました。

ま、あの指揮官が立っている位置から100mも離れていないので、当たり前といえば当たり前なのですけど。


「……誰もいないね」


理恵さんの沈んだ声が虚しくテント内に木霊します。

テントの中には簡易ベッドとパイプ椅子敷き詰められており、僕たち以外に誰一人として利用者の姿が見えません。

テントの隅っこに設置された簡易型の冷水機だけが、場違いのように自らの存在を誇示しているだけでした。


「恐らく、生き残った住民の方々を収容するためのテントだったのでしょう」

「…………誰も助からなかったんだね」

「いえ、誰もというワケではありませんよ。少ないながら、救出できた市民達を既に市役所で保護しています。ただ、この野営キャンプに辿り着けた生存者はいなかった、それだけです」

「……そう」


暗い面持ちの理恵さんを促し、とりあえず入り口に一番近いベッドに腰掛けさせます。

それから、せっかくなので冷水機に備え付けられていた紙コップを拝借し、冷水で満たしたものを差し出しました。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


紙コップを受け取った理恵さんは一口だけ水を口にすると、


「ねぇ、飛鳥君。これから私はどうなるの?」


それまで俯けていた顔を上げて、僕に問いかけてきました。

誤魔化す理由もありませんし、ここは正直に話しておくべきでしょう。


「まず、国が用意した家屋を失った民間人用のマンションまで送られます」

「……それで?」

「生き残った方々には国から保障金が提供されます。詳しい金額までは知りませんが、それだけで一生豪遊しながら生きていける金額です。あとはその金を持参して親戚の元を訪れるも良し。国に用意されたマンションにそのまま移住しても良し。国に用意されたマンションは都心に近い一等地に建てられた高級マンションですし、家賃の支払いも免除されますから、親戚に頼るよりは幾分かマシだと思いますよ。一人暮らしの方には期間限定で専用のアドバイザーも付けられるという話ですし」


僕からすれば全くもって垂涎モノの話です。

仮にですけど、親元から離れて安アパートの一人暮らし、なおかつこのバイオハザードを生き残れたという人間からすれば、棚ボタ……とまではいいませんが、破格の保障ですよね。


しかし、理恵さんの表情は浮かばれません。

まぁ、保障がどれだけ好待遇でも、家族を一夜のうちに失ったという悲しみの前には当然霞んでしまうでしょう。


「まるで、予めこういうことが起こるって知ってたみたいに用意がいいのね」


おっと。

僕は彼女を見縊っていたようです。

意外と冷静に物事を考えられるようですね。迂闊でした。

……口を滑らせてしまった以上、仕方ないですね。


僕は一呼吸置いてから、理恵さんの瞳を直視しながら口を開きました。


「その通りですよ。我々は予めこのバイオハザードが起こる"かもしれない"という前提で計画を進めてきましたから」


その瞬間、彼女の表情が怒りとも悲しみともとれる複雑な表情を見せました。


「じゃあ、なんで教えてくれなかったの!?もっと早くからこういうことが起きるかもしれないって知ってたら誰も死なずに済んだかもしれないのに!」


堰を切ったようにいきり立つ理恵さん。まぁ、当然の反応ですね。


「じゃあ理恵さんは、僕が予め『これから人が人を喰らう凄惨な事件が起こるかもしれないので、今のうちに逃げてください』と言っていたら信じてくれてましたか?」

「それは…………」


そんなB級ホラー紛いな真実を話したところで、一笑に伏されるのがオチ。信じる人間など誰一人としているワケがない。

それに――


「――この際ですからハッキリ言っておきましょう。僕は最初からこの街を見捨てるつもりでした。他人がどうなろうと僕には知ったことではないし、見ず知らずの人達のために命を賭けて護ろうといった気概も持ち合わせてはいなかったのです」

「………………」


僕に失望したのでしょうか。理恵さんは唇を噛みながら俯いてしまいました。

でも、僕がこの街の住民を見捨てるつもりだったのは事実です、嘘を吐くつもりは毛頭ありません。

それに、この場で理恵さんが僕に抱いている感情を砕いておくほうが、彼女のためであるような気もします。


「飛鳥……」

「何ですか?」


眼尻に涙をいっぱい溜めながら、それでも僕を見つめてくる真っ直ぐな瞳。

拒絶の言葉でも口にするつもりですかね。

ま、僕はそれで一向に構わないですケド。その方が理恵さんのためなんですし。

ん?今、呼び捨てにされたような……。


「じゃあ、なんで私を助けにきてくれたの?」

「……ただの個人的な感傷です」


――半分本当で、半分嘘ですけど。


「これまで僕は任務の都合でかなりの回数の転校を繰り返してきました。そのおかげで、僕はいつも一人だった。どうせすぐ別の任務で転校することになるのだし、友達なんか作っても任務の邪魔になるだけだから」


――そう。一人の方が気楽だし、余計な厄介ごとも増えずに済む。ただそれだけ。


「初めは"今までどおり"任務遂行のために一人でいるつもりだったのです」

「……」

「しかし、そこへ貴方達は僕に声を掛けてきた」

「……」

「僕が一言『鬱陶しいので近づかないください』と言えば、大抵の人間は僕に近づかなくなるのに……貴方達だけは違った」


理恵さんは昔を思い出しているのか、その表情に少しだけ影を覗かせます。


「最初は本当にただ鬱陶しかっただけなんですけど……いつの間にかそれが僕にとって当たり前になってて、いつしか僕も"こういうのもいいな"って思えるようになってて……」


――こんな日々が続いてくれたら、どれだけ幸せだろうと考えてしまっていた。


「でも……あと少しでこの任務も終わるというところでバイオハザードが起こってしまって……本当は僕が一般市民を助けるというのは規定違反なんですけどね……どうしても理恵さん達だけでも助けてあげたかった」

「規定違反を犯してまで、どうして私たちを……?」

「僕の……初めての友達だったから――結局……間に合ったのは理恵さんだけでしたが……」

「――ッ!!」


理恵さんは言葉を詰まらせたように喉を引きつらせると、声も無く泣き始めました。

まぁ、悟と美穂さんの末路を知ってしまっては無理もありません。

しばらくそっとしておいてあげましょう。


「ちょっと外に出てきますね」


そう告げて、仮設テントから外に出ようとしたのですが、


「もう……会えないのかな?」


彼女が唐突に零した一言が、僕をこの場に引き止めます。


「唐突に何を……?」

「よくよく考えてみたらね……私、一人ぼっちになっちゃったんだなって……」


寂しげな笑みと共に、理恵さんは言葉を紡ぎます。


「お父さんもお母さんも悟も美穂も、みんなみんな死んじゃって……残ったのは私だけで……」

「………………」

「私には……もう何も残って――」

「何も残ってないなんてことはないでしょう?それに、ないならこれから新しく――」


きゅっと、僕の右手が理恵さんの左手に握り締められました。


「――残ってないって、思ってたんだけど……」


一筋の希望に縋るように絞り出された、蚊の鳴くようなか細い声。


「私には……まだ……貴方が……」


僕の瞳を見つめる、黒曜石のような瞳。


予想外です。

僕は何て答えてあげればいいのでしょうか。

まさかこんな展開になるとは思ってもいなかったので、少し動揺しています。


「ねぇ……今回の件が済んだら、もう……会えないのかな?」

「それは……」


確かに、いずれ来る輸送ヘリにこのまま彼女を乗せてしまえば、もう二度と会うことはないでしょう。

でも……仮に、僕が彼女に自分の住所を教えてしまえば……。

でもそれは規定違反……?じゃないですね、よく考えてみれば。

理恵さんはまだ僕の職種について知っているワケではないですし。


「ねえ、もう……会えないの?」

「あ……その……ですね……」


うーむ……満足に思考が働かない……こんなことは想定外です。どうしましょう?


何度も言うようですが、理恵さんのこれからのことを考えれば、彼女がこれ以上僕に関わってしまうのはよろしくないのです。

でも、僕個人の感情としては……。


「その……これからも僕と会う……となると、条件として僕が何者であるかお教えすることができなくなってしまうのですが――」

「飛鳥が何者かなんて、もうどうでもいいッ」


――えっ……?


「飛鳥が何者で、今までどんなことしてきたかなんてどうでもいいよ!これからも貴方と一緒にいられるのならば、私、もう何も聞かない。だから……だからっ!」

「………………」


理恵さんの告白に、僕は言葉を失います。


「私、初めて貴方を見たときから、ずっと飛鳥のことが好きだった!勇気を振り絞って声を掛けて、なんとか親しくなれて、初めてウチに夕食食べにきてくれたときなんか、嬉しくて心臓が張り裂けそうだったんだよ!?」


僕は彼女の潤んだ瞳から零れ落ちる涙を見つめながら、思います。

僕のような"裏"の人種が、その先に続けられるであろう台詞に淡い期待を寄せてしまうのは……罪になるのだろうか、と。


「離れたくない!ずっと一緒にいたい!お願い……私を――」


――あぁ……彼女は……こんなにも僕を想ってくれていたんだ。


「私を……一人にしないでくださ――」


――ならば……僕が彼女に返すべき言葉は……。


最後まで言わせることなく、僕は理恵さんを抱きしめました。

彼女の瞳に映る"未だ迷っている僕"に……今の僕の決意を伝える為に。


「僕は都合上適度に忙しい身分なので、お互い会いたくても、なかなか都合がつかないかもしれませんよ?」

「だったら、いつでも会えるように私が飛鳥のウチに住み込めば万事解決だね」

「いえ、それは……。僕が住んでる場所は同棲禁制の一人暮らし専用アパートなので……」

「なら、飛鳥が私のマンションに住めばいいでしょ?」


なんですか、そのパンがなければケーキを食べればいい的な発想は。

悪くはありませんけど。


「でも……一人暮らしで尚且つ年頃の女の子の家に僕みたいな野蛮人が住み込むなんて……理恵さんはよく理解してますか?俗に言う同棲になるんですよ?」


そう、僕はこれでも男なのです。男は狼なのです。気をつけなくてはいけないのが淑女の嗜みなのです……って、酷く混乱してますね、僕。


「私と一緒に住むの……嫌?」

「ぐほぅッ!!」


その捨てられた子犬のような瞳で上目遣いは反則です。レッドカード三枚。

そんな風に言われたら、嫌なんて言えるワケないじゃないですか……。


「後悔しても知りませんからね……」

「するワケないもん」


そう言って嬉しそうに微笑む理恵さん。

これでは僕の理性が退場しそうで困ります。


でも……たとえ彼女の行動が、身内を失った悲しみを紛らわす為のその場限りの気の迷いでもいい。


彼女が僕の存在を望んでくれる限り、僕はずっと彼女の傍にいよう。


さようなら。孤独を好んでいた過去の僕。


僕は誰かと一緒にいられることの喜びを覚えました。


僕の手を優しく握り返してくれる、この柔らかな彼女の手がある限り……僕はもう迷わない。


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