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THE RED MOON  作者: 紅い布
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宛先:読者様 件名:おや?ガソリンスタンドの様子が…

◆◆ PM 17:36 ◆◆


朱色に染まる空。

日は傾き、その輝きは儚くも美しい色彩を残す。

道に映された建物の影は長く伸び、もうすぐ訪れる闇の到来を示さんとしているようだ。

そんな中、影の合間を縫うように一台のバイクが疾走していた。

整備されたばかりの道路だが、利用する車の量は極端に少なく、さながらフリーサーキットを楽しむかのようにスピードを上げている。

ブラックとシルバーを基調とした大型のスポーツツアラーだ。

ライダーは黒のヘルメットを被り、黒の皮グローブ、ポケットが多く付いた薄手の黒ジャケット、中は黒のポロカットソーに黒色のジーンズ、さらに黒のトレッキングブーツ。

陽光を浴びて紅く反射する十字架紛いのネックレスが際立っている。

青年はどうやら黒色を極端に好んでいるらしい。


それはさておき、広い二車線の道路を快調に飛ばしていたバイクは、タイミング悪く青から黄、最後に赤の順に色を変えた信号に捕まり、あえなく減速の後、停車した。


「……ちっ」


せっかくの快走を邪魔されたことから思わず舌打ちを漏らす。


「――しっかし、ここも変わったなぁ……」


気を取り直した青年は、ゆっくりとした動作で周囲を見渡した。

フルフェイス型のヘルメットのため青年の表情は伺い知れないが、その声は何かを懐かしむような……郷愁を感じさせる声音だった。


「約4年ぶりか……」


信号が青色に変わる。


青年はバイクをゆっくりと発進させると、信号を越えた先にあった小さなガソリンスタンドに入った。


『いらっしゃいませー』


女性店員の気の抜けた挨拶が青年を迎えた。


店員が指示した場所にバイクを停車させると、ヘルメットを脱ぐ。


さらりと黒髪を靡かせて、ヘルメットの下の素顔があらわになった。


「――っ!!」


思いがけず整った顔立ちの青年に、女性店員は思わず息を呑む。


なにやら頬を赤く染めている女性店員にバイクを預け、青年は自販機に向かった。


自販機から缶コーヒーを買い、隣に用意されていたベンチに腰掛ける。


トップルを開け、ブラックのコーヒーを軽く口に含みながら、青年は夕日に映える町並みをじっと眺めた。

憂愁の彩りを帯びる瞳でたそがれる姿は、高尚な画家の創造意欲を大いにかき立てるに違いない。


そこへ、暇なのか中年の男性が話しかけてきた。


「お客さん、ここらへんの出身ですか?」

「あ、そうです。よくわかりましたね」


青年は男性に顔を向けると人懐こい笑みを浮かべた。

相手の名札を見る限り、どうやらこのガソリンスタンドのオーナーらしい。


「そりゃあ、そんな目で街の景色を眺めてたら誰だってわかりますよ」

「……そんなわかりやすい顔してましたか」

「美男子が夕暮れ時に景色を眺めて、たそがれる。絵になりますな」

「はぁ……恐れ入ります」


苦笑しながら、青年は恥ずかしそうに右頬の辺りを掻いた。


「里帰りですか?」

「はい。4年ぶりに帰ってきました」


青年がわざわざ実家に帰ってきた理由――それは、義理の妹の様子を見に来たためだった。


――青年には現在、義理の母と義理の妹、そして実の妹の家族がいる。(ちなみに青年の実の両親は既に他界している)


今はゴールデンウィーク中で、義母は実の妹と共に抽選くじで引き当てた旅行に出掛けていた。


ところが、義理の妹はバイトがあるといって母親についていかなかったのだ。


娘が一人で家に残ったことを心配した義母は「最近は物騒だから様子を見に行ってほしい」と青年にメールを送り、今に至る。


「ここも大分変わりましたね。あの”大手製薬会社”が来てからかな?地下鉄が通って、道路が完備された。ほんの少しだけ残っていた田んぼも潰されて、そこに何かの施設が建てられて……昔の面影がまったくない」

「そうですね。私もここが地元なんですが、慣れ親しんだ景色が消えていくのは寂しいですよ」


青年の少し寂しげな言葉に、オーナーは同意した。


今、青年が脳内で再現しているのは、今のような近代化が進んだ町並みではなく、少し昔の――まだ田舎っぽさが残る景色。


しかし、時代は流れ、世界は変わっていく。


その一端を垣間見る青年は、力無く笑った。


沈黙が漂う。


「それにしても……」


少し重くなってしまった雰囲気を振り払うかのように、青年が口を開いた。


「せっかく道路が整備されたっていうのに、こうも車の往来が少ないんじゃ……。ちょっとばかし虚しいですね」


話題を変えて、少しでも雰囲気を明るくしようと思っただけだった。

だが――


「あぁ、いや、それが……実はこの辺りの道路は結構車の通りが激しいハズなんですよ。それが、どういうことか今日ばかりは車どころか、人もあまり見かけなくて」

「そうなんですか?」

「えぇ……。昨日はパトカーが引っ切り無しに行き来していましたし。最近、このあたりで物騒な事件が続いてるから、みんな引き篭もってるのかな?」


――ドクン。


「物騒って……?」

「ご存知ありませんか?ニュースや新聞にも載せられて、世間では結構騒がれているんですが――」


――ドクン。


この先は聞いてはいけない気がする。

なぜだか青年はそう思ったが、もう……遅かった。


「このあたりで人が人を喰い殺すっていう事件が起きてるんですよ。それも、立て続けに」


――カラン。


思わず、缶を落とす青年。

まだ残っていたコーヒーの中身がアスファルトの地面に広がっていく。


「犯人は即日逮捕されたらしいんですが、次の日にはまた同じ事件が起きましてね。しかも同時に複数件。あまり詳しくはマスコミにも公表されてないみたいですが……」


オーナーは一旦、間を置くと、そっと囁くように言った。


「なんでも噂によると、食い殺されたハズの人間が生き返って、他の”生きている人間”を襲っているとか……」


その一言に、青年はなぜか途方もない恐怖を感じた。

理由はわからない。

普通に考えれば、こんな話はゲームか映画の中だけのコメディでしかないだろう。

だが、今この瞬間。

自分は、決して踏み込んではいけない世界に踏み込んでしまった――そんな漠然とした心境が、青年の心の内を蟲が這いずるようにぞわぞわと支配していった。


「それってどういう――」

『給油終わりましたー』


――なんだか、嫌な予感がする。


焦燥感が青年を駆り立てる。

一度灯ってしまった不安の火は、もう消せそうになかった。


青年はさっさと料金を支払うと、バイクに飛び乗ってエンジンをかけた。

重い駆動音が狭いガソリンスタンドに木霊する。


「それじゃ、俺はこのへんで!」

『ありがとうございましたー!』


そのまま、スロットルを全開にして道路に飛び出していった。


青年を見送ったオーナーは「少し脅かしすぎたかな」と苦笑いしながら事務所に戻り、女性店員は箒を持って外の掃除を始めた。


そこへ、おぼつかない足取りの人影が……――


「ん?」


近づいてくる人の影に気づいた女性店員はとりあえずお決まりの挨拶をしようとして、


「いらっしゃ――っ!!?」


営業スマイルの代わりに、驚愕と恐怖に引きつった表情を露にした。


――日は沈み、紅い月が顔を擡げる。


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