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THE RED MOON  作者: 紅い布
15/26

宛先:読者様 件名:あら、大胆なことで

綾乃視点の一人称です。

◆◆ 21:12 ◆◆


真っ暗だった世界が徐々に光を取り込んでいく。


「んっ……眩しい」

「気がつきましたか?」

「あ……新井先生……」


なんでベッドに寝かされているのだろう……寝起きのときみたいに思考が安定しない。


「貴方は今まで昏睡状態に陥っていたのですよ」

「……どうしてですか?」

「腕の傷口から感染したウィルスが原因です」


んぅ……ようやくぼやけてた頭が回復してきた。


ウィルス?感染?


……うそ。


「まさか……そのウィルスって……」

「はい。この街を壊滅に追い込んだものです」


そのウィルスのせいで昏睡状態に陥っていたということは……つまり、私は……。


「もしかして、私ってもう人間じゃないんですか?」

「プッ……アハハ!大丈夫です、安心してください。貴女はゾンビなんかではありませんよ」


新井先生は一瞬ポカンと呆気に取られた表情をした後、盛大に笑い出した。

目尻に涙まで溜めている。


むぅ……真剣に聞いたのになんで笑うの?

言い方が悪かったのかな?


私の膨れっ面に気づいたのか、新井先生は慌てて態度を改めた。


あっ、先生っていうのは私が勝手にそう呼んでいるだけで、実際は先生かどうかわからない。


「ただし、非常に危ないところでした。貴方が助かったのは、お兄さんのおかげとしか言いようがありません」

「え?」

「貴方に投与した特効薬の材料は、貴方のお兄さんの血から出来ているんです。ウィルスに対する抗体を持っていた唯一の人間である……ね」

「それって……――」


私は新井先生からありのままの全てを聞いた。


特効薬を作るのに、ウィルスの抗体を持った人間の血が足りなかったこと。

そして、この場にいるお兄ちゃん以外の全員が、抗体を持っていなかったこと。


――つまり、私は最初から最後まで、お兄ちゃんに助けられっぱなしだったということを。


泣きそうになった。


お兄ちゃんは、ちゃんと約束を果たしてくれたんだ。

危うく人間ではなくなりかけていた私を、この世界に繋ぎとめてくれたんだね。


新井先生から最後に聞いた話は、お兄ちゃんは抗体の持ち主だからウィルスに感染しないということと、特効薬によって抗体を得た私も、もうウィルスには感染しないということ。


正直、今はそんなことはどうでもよかった。

今すぐお兄ちゃんに会って、私の無事を伝えて安心させてあげたい。

……というのは半分建前で。

ホントのこと言うと、お兄ちゃんが傍にいなくて少し不安なのだ。


私は先生と看護師さんにお礼を伝えると、医療テントを飛び出した。


「……綾乃?」


――いた!


「お兄ちゃん!」


外で待っていたお兄ちゃんに駆け寄り、思い切り飛びついた。

周囲に人はたくさんいたけど、そんなのまったく気にならない。

お兄ちゃんは手に持っていたアタッシュケースをその場に放り投げて、飛び込んだ私をしっかり抱きとめてくれた。


ふぅ……やっぱりお兄ちゃんに抱きしめてもらうとホッとするぅ……。

ん〜〜っ……いい匂い……。


「あ……綾乃、もう大丈夫なのか!?気分は悪くないのか!?」

「うん。先生に薬を注射してもらったから、もう大丈夫だよ」

「そうか……よかった……本当によかった……!!」

「……心配かけてごめんね、お兄ちゃん」


もう決して離さない。

そういわんばかりに私を抱きしめる腕に力を入れてくるお兄ちゃん。

私はそれに応えるように、お兄ちゃんの腕の中で身を委ねた。


私達の間だけ、ゆっくりと時間が過ぎていくように感じる。


お兄ちゃんの静かな鼓動と体温が、私の心と身体を癒していく。


あぁ……なんて温かいんだろう。


そう思いながら、再びこの腕でお兄ちゃんを抱きしめることができた幸せを噛み締める。

そこへ、頬に冷たい感触が弾けた。


はて、なんだろ?雨かな?


お兄ちゃんの胸に顔をうずめていた私は、そっと顔をあげた。


そして、目の前に映されたのは、目を閉じたまま静かに泣いているお兄ちゃんの姿だった。


「お兄ちゃん……どうして泣いているの?」


――理由なんか聞くまでもないのに……。


でも、私はお兄ちゃんから直接聞きたかった。

貴方は、誰のために、どうして涙を流しているのかを。


「お前が助かって……嬉しいからに……決まってるだろ……」


私の胸に温かい"何か"が溢れてくる。


うん、この言葉が聞きたかった。


――私に対して背中を見せるだけだったお兄ちゃんが、私のために振り返ってくれている。


私には同い年の姉がいる。それは、お兄ちゃんの実の妹である存在だ。

ずっと羨ましかった。私よりもずっと自然に「お兄ちゃん」と呼び慕い、気安く近づけることが。

私ももっと近づきたかった。姉のように……もしくは、姉以上に。

お兄ちゃんは優しかったから、血の繋がっていない私のことも、実の妹のように可愛がってくれた。

姉と同じように扱い、接し、触れてくれた。

姉と一緒になって悪戯し、困らせて……逆に悪戯されて、頬を膨らませた。

一緒に遊んで、おやつを奪い合って、喧嘩して――。


でも、足りなかった……足りなかったの。


そして、お兄ちゃんが都心の高校に入学して、一人暮らしを始めるって聞いたとき――私は初めて自分の想いに気がついた。

でも、妹が兄を好きになるっていうのは、義理とはいえ、決して世間体が良いとはいえない。だから、今まで必死になって隠してきた。

例えば、バイトの先輩に勘付かれたときは、しらばっくれてみたり、誤魔化したりして。

おかげで、自分の想いに気がつけずにいる可哀想な子扱いされちゃったケド……。

それでも、溢れ出しそうになる自分の想いから、なんとか耐え忍んだ……。


けど……もう……我慢できない。


ずっとお兄ちゃんの傍にいたい。傍にいてほしい。ずっと寄り添っていたい。寄り添っていてほしい。ずっと抱きしめていたい。抱きしめていてほしい。

してほしいことがいっぱいある。

してあげたいこともいっぱいある。

ついでに、私のことを妹じゃなくて一人の女としてみてほし……――ずっと一緒にいてくれるなら、妹のままでもいいかな。


とにかく、私はお兄ちゃんを独占したい!


だから……私は――


「私は……ここにいるよ……」


あえて公衆の面前で、義理の兄の唇を奪った。


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