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THE RED MOON  作者: 紅い布
12/26

宛先:読者様 件名:これが現実ですか?

◆◆ PM 20:11 ◆◆


「驚いたっ!生存者ですか!?」


なんとか市役所に辿り着くことができた晋と綾乃を出迎えたのは、バリケードから周囲を見張っていた若い自衛官のそんな第一声だった。

二人の姿をまるで幽霊か何かのようにみつめている自衛官の様子からして、この市役所に逃げ込めた生存者は圧倒的に少ないということだろう。


「自力でここに辿り着いたのは、たぶんあなた方が初めてですよ」

「すみません、話は後でお願いします。妹が”奴ら”に傷を負わされてしまって、治療できる人を探しているのですが……」

「それは大変だ……!すぐに医療テントに向かいましょう。案内します」


――話のわかる人で助かった。


内心でそう思いながら、晋はバイクを押して自衛官の男性についていく。

綾乃も、晋の隣に立って歩いていった。


チラリと綾乃の腕の傷を確かめる。

大した傷ではないのに未だに血が止まっていない――嫌な予感がする。


「綾乃、傷は痛まないか?」

「うん、平気だよ。血は止まらないけど、もう痛くないし」

「身体の調子はどうだ?どこか異変を感じるところはないか?」

「うん。全然ないよ」

「本当に?」

「本当に」

「本当の本当に?」

「本当の本当に」


綾乃の屈託のない笑顔に、晋はとりあえずこれ以上の詮索を避けた。

だが、心配のあまりに、生きている心地がしないのは変わらない。


そんな憂鬱というのも憚られる気分を押し隠しながら、晋は辺りの様子に目を向ける。


放送のとおり、ここには自衛隊と警察の生き残りらしい人物達が色々と忙しそうに動いていた。

ただ、晋と綾乃が通り過ぎる度に、皆一様に目を丸くするのが少々目障りといったところか。


――そんなに後から来た俺達が珍しいのか?


「何か、私たち驚かれてるね」

「自分達以外に、生きている人間が残っているとは思ってなかったんだろ」


そんなことを話していると、案内役を買って出た自衛官が立ち止まって振り返った。


「こちらです、どうぞ」


どうやら医療テントとやらに着いたらしい。

先に綾乃を中に入らせ、晋は適当な場所にバイクを停めてからテントに入った。


「こちらへお掛けください」


綾乃が座っているパイプ椅子の隣に言われるがまま腰を掛けた晋は、控えていた女性の看護師によって瞬く間に注射器で血を抜かれた。

綾乃はといえば、少し不安そうに晋をみつめている。


「あの、俺のことはどうでもいいです。それより妹をお願いします」

「大丈夫ですよ。今、調べていますから」


穏やかな声でそう言った白衣を着た男性は、採取した俺の血液を変な機械にセットした。

隣にセットされてある血液の容器の中身は、綾乃の血だ。

色々とボタンを押した白衣の男性は、機械の蓋を閉じると、一際大きなスイッチを押してから回転椅子を回してこちらに振り返った。

起動した機械が、妙な駆動音を鳴らし始める。


「私はここで医療を担当している新井と申します。あなた方は自力でここまで辿り着いたのですか?」


新井の目線は綾乃に向けられている。

なので、晋は綾乃に応対を全て一任することにした。

横から会話にしゃしゃり出るのは、あまり好きではないのだ。


「はい。私達は兄が運転するバイク乗ってここまで辿り着きました」


しっかりと綾乃が受け応えするなか、晋はどっと押し寄せてきた疲れに辟易しながら、目を瞑ってじっと体力の回復に努める。


「凄いですね。途中、おかしくなった住民に襲われたりしなかったのですか?」

「勿論、襲われました。でも、兄が護ってくれたんです」

「ほう。見たところ武器はお持ちでないようですが、途中で捨ててきたとか?」

「いいえ。兄が素手ですべて倒しました」

「す、素手で?本当ですか?」


信じられないとでもいうように目を見開く新井。

というか、実際に信じられないのだろう。

新井の興味が晋に向いた。

自分に向けられた視線を感じた晋は、面倒くさそうに口を開く。


「本当ですよ。俺は空手とテコンドーをやっていまして、格闘技に多少の自信がありましたから。ところで……」


ここで初めて目を開いた晋は、絶対零度の氷を思わせる眼差しで新井を無表情にみつめた。


「あなた、正規の医者じゃないですね?」

「……!」

「え?お、お兄ちゃん……?」


唐突に背筋が凍るような敵意を剥きだした兄に、綾乃は混乱した。

新井は視線を逸らし、黙った。


「どうなんだ?」

「どうしてそう思ったんです?」

「……俺は医学なんかまったくわからないし、興味もない。ただ――」

「……ただ?」

「――ただ、あなたからは医者というよりも研究者らしい雰囲気がしたものですから」

「……」

「これが理由です。まぁ、ただの直感ですが」


黙って様子を見守っていた看護師の女性が、さすがに動揺し始める。


「私は――」

「そんなの今はどうでもいいよ」


何か喋ろうとした新井を、綾乃が優しい口調で遮った。


「新井さんの正体を知ったところで、別に何か変わるワケじゃないもの。寧ろ、私が置かれている状況を知ったうえで、即刻隔離しないで診てくれるだけでも有難いくらい」

「……確かに。全くもって正論だ」


場の雰囲気の中和した綾乃の微笑に、晋が敵意を消して苦笑しながら肩をすくめる。

それと同時だった。


「ケホッケホッ……」

「――っ!」


綾乃の小さな咳に、新井と看護師がすぐさま反応する。


「綾乃っ!?」

「だ、大丈夫……ゲホッ」


苦しそうに息を荒げる綾乃を用意されていたベッドに寝かし、的確に診察しながら、新井は深刻な顔で呟いた。


「まずい……ウィルスの侵食が始まっている……」


――やっぱり。街の人たちがおかしくなったのは、ウィルスのせいだったのか……。


血が滲むほど唇を噛み締め、苦しんでいる綾乃の姿から目を逸らした。


――こうなることはわかりきっていた!!とにかく落ち着けっ!!


新井の胸倉を掴んで怒鳴りそうになる自分の焦りを必死に抑え、どうにか理性を保った晋は、暗さを湛えた静かな声音で尋ねる。


「……妹を侵食しているウィルスとやらの特効薬はないんですか?」

「……貴方次第です」

「なんだって?それはどういう意味ですか」


妹が人間でいられるかどうかは自分次第だとわけのわからないことを言われ、怒りのあまり晋の声音が低くなる。

無表情だが、その眼差しは底の知れない闇を湛えていた。

その右手はバスケットボールでも握っているかのような形で固定されている。


――バキッ……メキッ……


力を入れ過ぎた右手の骨が、軋みをあげた。

晋が理性を失う、一歩手前の状態だ。


この状態になった晋を落ち着かせることができる人間は、家族と極近しい親友達のみなのだが、今、近くには誰一人としていない。


唯一の人物である綾乃は荒い咳を繰り返し、看護師によって介抱されており、どうしようもない。


しかし、そんな事情など露程も知らず、それどころか晋の怒気を肌身で感じながらも尚、看護師は表情一つ変えずにスーツケースのような金属の箱を取り出し、蓋を開けた。

そこから何かの液体が入った注射器を取り出し、綾乃の左腕に注入しする。


「……説明しろと言っている」


腕に注射針を刺されることには抵抗せずとも、声音を更に低くする晋。

針の筵のような視線に晒されながら、それでも新井は淡々とした表情で口を開く。


「特効薬を作り出せる”状況だけ”は既に整っています。材料もほとんど揃っている」

「ほとんど……?何か足りないものがあるのか!?」

「――ウィルスの抗体を持った人間の血です」

「なに……?」


抗体とは、細菌・ウィルスを体内から除去する糖タンパク分子のことをいう。


などという御託はどうでもよく、聡一は眉を顰めて押し黙った。


――このウィルスの抗体を持った人間なんているのか?いや、そんなことより……どうしてこいつはこんなにウィルスのことについて詳しいんだ?


疑問と疑念が晋の心の内に湧き上がるが、今はそんなことを考えてもどうしようもあるまい。


「抗体を持つ人間の割合は200人に1人。しかし、今ここにいる人間には――自衛官も、警察官も、生き延びた民間人も……私やそこの助手も含めて誰一人として抗体が確認できていません」

「妹はウィルスの進行がたった今確認された。だから……あとは俺の血次第ってことか……」

「既に感染の初期症状である喘息と発熱が確認されました。遅くて6時間、早ければ10分程で妹さんの心肺は停止し、死亡するでしょう。ウィルスの侵攻を遅らせる薬は一応ありますが、それでも伸ばせて24時間が限度……しかし、この薬は大変貴重なもので、サンプルが3本あるだけです。申し訳ありませんが、おいそれと患者に投与するワケにはいきません」

「てめぇ……」


ギリッと砕けんばかりに歯を食い縛りつつも、晋は真っ直ぐに自分の目をみつめながら事実を告げてくる新井に何も言い返せなかった。

恐らく、今この場で晋に殺されることも覚悟のうえでの発言であろうことは容易に察することができる。


「俺の血液の結果はいつ出る?」


少しの切っ掛けがあれば、それだけで新井の顔面を潰すであろう己の拳を必死に抑えながら、晋は喉から言葉を絞り出す。


――ピーッ!


そして、タイミングを見計らったかのように電子音が鳴った。


「ちょうど結果がでました」


新井がパソコンのキーボード弄り始めた。

先ほど晋と綾乃の血を入れた機械の結果が、ディスプレイに表示されていく。


「……」


意味のわからない英数字の羅列が液晶画面を流れていった。


晋は親の仇をみるように、ディスプレイをじっと睨みつける。


――そのどれかに妹の運命が書き込まれてるってか?冗談じゃない。綾乃が何をした?いつも他人を気遣って、自分のことを二の次にする妹に一体何の罪があるっていうんだよ!あるなら誰か言ってみろッ!綾乃が抱えている罪は全部背負ってやる!俺が全部背負ってやる!!だからッ!!だから……ッ!!!


心の中で力の限り叫んだ晋は、地面に力なくへたり込んだ。

祈る神などいない。

でも……それでも、祈らずにはいられない。


――俺はどうなってもいいから……誰か……誰でもいいから妹を……俺の妹を助けてください……。身勝手なのは百も承知です。……でも、失いたくないんです。……愛しているんです。兄として、一人の男として……綾乃を愛しているんです。綾乃が助かるのであれば、どんな地獄も耐えてみせます。どんな苦痛も耐えてみせます。でも……綾乃がいなくなったら……俺は……。


そして、最後に一列だけ緑文字で点滅する英語が表示され、ディスプレイに全ての結果が表示された。


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