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THE RED MOON  作者: 紅い布
11/26

宛先:読者様 件名:ハイスピードモーターサイクル(謎

疾走感のある曲を聴きながら読むと、前半だけはより楽しめると思います!


ちなみに、私の愛機はKAWASAKIのNinja250Rディアブロブラックです。えへ。


◆◆ PM 19:33 ◆◆


風に乗って流れてくる亡者達の呻き声以外は、物音すらしない静まり返った街。

平和だった世界は唐突に姿を消し、今はいずこからか現れた【地獄】が顕現するのみ。

そんな永遠に出られないとも知れない地獄の輪の中で、必死に輪の外に飛び出そうともがいている二人の兄妹がいた。


――40km/h制限と表示された標識を、軽くオーバーしたスピードで一台の大型バイクが通り過ぎていく。

風圧で道端に捨てられていた空き缶が転がった。

そのバイクの後ろを、二匹の犬が信じられない速度で猛追していく。


例え地獄の釜底に放り込まれても、最後の瞬間まで足掻いてやると誓った二人は、今、二匹の地獄の番犬に追われていた。


「しつこいワンコロ共だなっ!」

「人間の動きは圧倒的に鈍くなってるのに、犬は逆に素早くなってる……」


バイクの時速は優に60km/hを超えている。

その速度に平然と追いすがるゾンビ犬の恐ろしさに、晋と綾乃は戦慄を隠せなかった。


「――ハッ!だったら、ブッちぎるだけだッ!!」


さらにスロットルを捻る。

エンジンが焼け付くような駆動音をあげ、バイクがさらに加速した。


「きゃあぁ!?」

「しっかり捕まってろ!!振り落とされたら死ぬぞ!」


薄暗い夜道――視界があまり利かない状況で、80km/hまで速度があがる。

こんなスピードのなかで誤って振り落とされでもすれば、ゾンビ犬に喰い殺される前に、全身打撲と全身複雑骨折で即死は免れない。


そもそも、一般道路でこんな速度を出すのが間違っているのだが、今はそんなことをいっている場合ではないのだ。


まるで主人の闘志に答えるかのように唸りをあげる四気筒エンジン。焼け付こうとするエンジンを冷却しようと必死に稼動するラジエーター。


ヘルメットを被っていない綾乃は、あまりのスピードに目を開けていることもできなかった。

それは、前で運転している晋のほうが格段に辛いハズなのだが、彼は一体どうやって運転しているのだろうか……。


「――今はそんなことどうでもいいんだよっ!!」

「お兄ちゃん!?誰に言ってるのっ!?」

「独り言だ!!」


一陣の突風のように加速するバイクに、それに喰らいつかんとゾンビ犬も必死に追いすがる。


すでにスピードメーターは100km/hに達しようとしていた。

しかし、今、二人が疾走している道路は、二車線どころか広めの一車線ですらない――いくら障害物や人を轢き殺す可能性が少ないといっても、決して出していい速度ではなかった。

そんな状況のなかで、危なげないしっかりとした運転をこなす晋と、どこまでも追跡してくる地獄の番犬。

ここまでくると、もはやどちらも化け物だという点では大差がない。


「我が妹よ!!後ろのワンコロの様子はどうだっ!?もう姿は見えなくなったか!?」


凄まじい風圧で暴れ狂うロングストレートの髪を無理矢理押さえつけ、綾乃は必死の思いで後ろを振り返った。


――そして、驚愕に目を見開く。


「まだついてきてるよっ!!少ししか離れてない!!」

「んなっ、冗談だろっ!!?もう100km/h突破してるんだぞ!!」


いくらなんでもおかし過ぎる。ここまでのスピードを有している陸上生物なんて、地球上ではチーターという肉食動物だけだ。

だが、それとて30秒も走れば体力を使い果たし、激しい疲労で動けなくなる。


しかし、後ろのゾンビ犬共は、十数分間も全力(なのかどうかは不明だが)で走り続けているにもかかわらず、疲労で動けなくなるどころか、さらに加速してきていた。


それだけでも脅威だというのに、まだポテンシャルを秘めているというのか。


晋達の乗るバイクは風を切り裂くように加速し続ける。

荒れ狂う暴風に上半身が吹き飛ばされそうになりながらも、晋は必死に神経を研ぎ澄ませて運転に集中しながら、頭の片隅で冷静に思考していた。


――初めから100km/hで走れるなら、こちらが60km/hしか加速していなかった時点で一気に追い詰めることができたハズだ。なぜ最初からそうしなかった?


「……まさか?」


そして、ある可能性に辿り着き、背筋が凍る。

それは、初めて生ける屍共に遭遇したときよりも恐怖するに値する、言葉では言い表せない驚愕を伴っていた。


――考えられない。いや、考えたくない!


驚愕のあまりに、思考が停止しそうになった。


だが――現実を認めなければ前に進めなくなる。それは晋と綾乃の死を意味することに他ならない。


――確かめるしかない……!


晋はバイクの軌道を維持しつつ、背中にしがみついている綾乃に向かって叫んだ。


「綾乃!!後ろのワンコロの様子をよく観察してくれっ!!何か変わったことはないか!?」

「えっ!?ち、ちょっと待ってて!!」


――なんで犬を観察する必要があるの?


綾乃は晋が何を考えているのか理解できなかったが、こんな状況で意味もない台詞を吐くほど兄は愚者ではない。


綾乃は再び後ろを向き、じっくりと冷静にゾンビ犬を観察した。


「別に変わったところなんて特には――……え?」


唐突に言葉が途切れる。

それから、突きつけられた現実に恐怖した。

綾乃は兄の腰に回している両腕に力をいれながら、悲鳴をあげるように叫んだ。


「大きくなってる!?追ってくる犬、大きくなってるよ!!」

「やっぱりか……くそっ!!あのワンコロ共、徐々に進化してやがるっ……!」


どこまで進化するのかわからないが、このままでは確実に――殺られる。


――どうする!?どうすればいい!?何かこの窮地を打開する方法はないのかっ!?


必死に思考する晋。

そんな兄の焦りを敏感に感じ取り、綾乃は不安そうに晋をみつめた。


そこへ――


『こちらは○○市役所です!現在、自衛隊と警察が市役所周辺にバリケードを築いています!生存者の皆さんは、何とか市役所まで逃げてきてください!お願いします!何とか、何とか、ここまで生きて辿り着いてください!!』


各地に設置されているスピーカーから少年の声が響いてきた。

聞いた人間の心を奮い立たせる、切実な想いが込められた声が――。

地獄に仏とはまさしくこのことだ。


声の主は高校生くらいの少年のように思えたが、そんなことは心底どうでもいい。


「――お兄ちゃん!!」

「わかってる!!ナビ頼むぞっ!!」


――きっと、今の放送を流した少年は、俺と正反対の性格をしているんだな。もう大丈夫かもしれない……。


晋の緊張を緩ませた、一瞬の油断――


「そこを左に曲がって!!」

「――っ!?」


晋は綾乃の言葉に、反射的に右へハンドルを切ってしまった。


「そっちは市役所とは逆だよ!?」

「し、しまっ――!?」


心の隙が犯してしまった、人生最悪の失敗。


「マ……マジかよ……」


あまりの自分の愚かさに、目の前の視界が真っ暗になりそうだった。

自分で自分が信じられない。

光を掴んだと勘違いして、安堵してしまった報いなのだろうか。


「バ、バカか……俺は?――こ、ここまで来て……こんな……こんな……」


――自分達が未だに闇の中を彷徨っているという目の前の現実も忘れて……。


「お兄ちゃん……お兄ちゃん……!。大丈夫……大丈夫だよ……」


静かな水面に落ちる一滴の雫のような温かい声。

暗闇を払う一筋の光。


晋は、自らの腰に回された細く綺麗な腕をみつめる。

命に代えても護ると誓った、愛しい妹の両腕。


――そうだ……俺は……妹を……護ると……。


どんなことがあっても……綾乃を護るって約束したのに……!


なのにっ、こんなところでっ……!!


「こんなところで、俺はああああああッッ!!!!!」


――諦めてたまるかぁぁぁぁッッ!!!!!


「綾乃!!!」

「お兄ちゃん!!!」


互いの名前を呼び合うだけでいい。

それだけで、二人の意思は通じる。


晋はバイクのブレーキを力の限り握った。


――ズシャアアアアッッ!!!!


時速100km/hからの急制動に、暴力的なまでの慣性が荒れ狂った。

崩れそうになる車体バランスを、絶妙な体重移動とドリフトのように後輪を滑らせることで受け流す。

地面を深く抉るような黒い軌跡を残し、180度の回転。


スロットル全開。


前輪が雄叫びをあげるように跳ね上がった。


そのまま勢いを殺さずに突進。

二匹のゾンビ犬が死神となって迫り来る。


「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」


兄の魂の叫びを耳にした瞬間、綾乃の目に映る光景全てがスローモーションになる――


一匹のゾンビ犬がバイクの前輪に衝突した。

生々しい衝突音が晋と綾乃の鼓膜を刺激する。

飛び散る血と肉片と共に、一匹目の死神は豪快に跳ね飛ばされた。


『ガルァッ!!!』


しかし、跳ね飛ばされた一匹目を踏み台にして、二匹目のゾンビ犬が晋の喉下を目掛けて飛び掛ってくる。

だが、晋はコキュートスを秘めているような氷の眼差しで、牙を向ける死神を睨み据えた。

そして、左手に渾身の力を込めて、その顎にバックハンドブローをぶちかます。


どれほどの力が込められていたのか。

晋の裏拳をまともに喰らったゾンビ犬の頭が、脳髄や眼球を撒き散らしながら吹き飛ばされた。


空中で体勢を崩した死神の爪が、綾乃の細腕を引っかき、傷つける。


「「――っ!?」」


――スローモーションが終わる。


前輪が地面と接触した。

サスペンションが歪み、衝撃を吸収する。


「綾乃っ!!綾乃っ!!?大丈夫か!?怪我したのかっ!?」

「うん。ちょっと腕引っかかれちゃった。でも、血は少ししか出てないし大丈夫だよ」


晋の顔色が雪のような白に変色していく。

死ぬ寸前の重病患者でさえ、ここまで白くはなるまい。


「俺のせいだ……俺が……俺が……!」


晋はまるで精神を病んだ末期患者のように呟く。

それだけ絶望の色合いを濃く反映した、誰もが目を背けたくなるような顔色だった。


綾乃がただのかすり傷を負っただけなら、ここまで取り乱したりはしない。

だが、問題はそのかすり傷を”ゾンビ”となった犬から負わされたのが致命的だった。


もしこのままかすり傷を放置すれば、綾乃は恐らく――


そう考えるだけで、晋は自分の心臓を握りつぶされたあげく踏みにじられているような錯覚に襲われる。


「俺が無理矢理突っ込んだばかりに……俺は……俺は一体どうすれば――」


そこへ――


「お兄ちゃんのせいじゃないよっ!!」


綾乃の、これまで誰も聞いたことのないような怒声が飛んだ。

その瞳は、静かに兄を見据えている。

それは、全てを承知している冷めた眼差しだった。


「――あ、あやの……?」

「お兄ちゃんのせいじゃない。私が傷を負ったのは、ただ運が悪かっただけ」


幼い頃の晋が起こしたイタズラで綾乃の怒りを買ったことは何度もある。

だが、怒った綾乃は目に涙を浮かべながらひたすら黙るだけで、決して怒鳴ったことはなかった。

久々かつ今までにみたことのない妹の怒りの感情に、晋は思わず身を竦める。


「……」

「……」


兄が少しだけ我を取り戻したことを確認した綾乃は、怒り口調から一変し、穏やかに続けた。


「あまり自分を責めないで。例えこの怪我が原因で私の身体がどうにかなってしまったとしても、私はお兄ちゃんのことを恨んだりしないよ?」


――だって。


「だって、私はお兄ちゃんのことを愛しているもの」


晋の瞳が大きく見開かれる。


――私のありったけの想いを込めてこの言葉を伝えたよ。もう大丈夫だよね?お兄ちゃん。


晋は前を向いているので、綾乃はその表情を確認できない。

ただ、自分の想い告げたことで、兄の”何か”が変わったことだけは感じ取れた。


「……ごめん、綾乃。取り乱したりして。自分が恥ずかしいよ。みっともないな……兄失格だ」

「みっともなくないし、兄失格でもないよ。そんなこと言う人がいたら、私はその人のことを何があっても絶対に許さない」

「綾乃が恐いよぅ!」

「うふふふー。私だって言うときは言うんです!」


綾乃は偉そうにふんぞり返った。

それから、立ち直った兄を優しい瞳でみつめ、そっと微笑んだ。


「とりあえず、急いで市役所に向かおう。自衛隊も警察もいるんだし、お前の傷に関しても何かいい薬があるかもしれない」

「うん」


この世界の誰よりも愛おしい兄の温もりを確かめるように、しっかりと抱きしめる。


――やっぱりお兄ちゃんって、いい匂いだなぁ。


兄の背に頭を預け、綾乃はそっと目を閉じた。


「ところでお兄ちゃん」

「ん?」

「どうやって自衛隊の人たちはここまで来たのかな?装甲車とか輸送ヘリの姿は全然見なかったけど」

「さぁねぇ……たぶん、そこはツッコンじゃいけないところだと思う」

「そうなの?」

「たぶんね」


たとえ地球が滅びることになったとしても、この二人の絆を引き裂くことはこの世界の誰にも出来はしないのかもしれない。


良い子の皆さんは、法廷速度をちゃんと守ってくださいね。

ちなみにスポーツツアラーとは、簡単にいえば長距離ツーリングを快適に楽しむためのバイクです。

先の描写のような運転は到底できるものではありませんので、あしからず。

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