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THE RED MOON  作者: 紅い布
10/26

宛先:読者様 件名:明けない夜はない……と思います

◆◆ PM 19:21 ◆◆


晋と綾乃は道路の端で小休憩を取っていた。


自動販売機から飲み物を購入し、それぞれ口にする。


――最初は無理矢理自販機を破壊して中の飲み物を頂戴しようと考えていたのだが、たかだか300円のために貴重な体力を消耗するのもバカらしくなったため、考えを改めた。


日は完全に姿を消し、辺りは闇に包まれ、時折吹き付ける風が木々を微かに揺らしている。


「夜をこんなに恐く感じたのは生まれて初めて……」


綾乃は木々の葉が風にざわめくのを聞きながら、揺れる髪を押さえた。


「大丈夫だよ。どんなに恐くても、明けない夜はない……と思う」


晋は脅える妹を少しでも安心させるように、綾乃の肩を抱くようにして寄り添っている。


「それよりも、問題はこれからどこへ逃げるかだよなぁ……」

「……そうだね」


二人は揃って溜め息を吐いた。


さきほど警察署に辿り着いたものの、既にそこには無数のゾンビ達が集結していて、辺り一帯に生きている人間は皆無だったのだ。

この状況に絶望して全員逃げ出してしまったのか、それともこの場所は危険と判断して対策本部をどこかへ移したのか。

とにかく、警察署が暴徒(ゾンビ)に占拠されるという前代未聞の非常事態が起こってしまった以上、もはやこの街の治安が正常化する可能性は絶望的だろう。


未だに難を逃れている晋と綾乃に残された道は唯一つ。

それは、自分達の力だけでこの街から生きて脱出すること。

二人には燃料を満タンにしたばかりのバイクがあるし、晋のライダーとしての腕も確かなので、この街から脱出する”だけ”なら大して難しくはない。

ただ、問題は【どこへ逃げれば安全なのか】ということだ。


晋は水が入ったペットボトルを片手に持ちながら、静かに息を吐いた。


「ふぅ……」

「お兄ちゃん、大丈夫?」


さきほどバイクから降りた際に身体をフラつかせたので、心配させてしまったのだろう。

バイクというのは車を運転する以上に体力と神経を消耗するため、極度の緊張を持続させた状態でハンドルを握り続ければ、身体が参ってしまうのも仕方ないことなのだが……。


「妹に心配されるほど俺の体力は柔じゃないって。……でも、ありがとう」

「ううん……私こそ役に立てなくてゴメンね……」

「何言ってるのさ。警察署に逃げ込むことができなかったからって、お前が責任を感じる必要はないだろう?あまり気にするな」


晋はわざわざグローブを外し、綾乃の頬を左手の人差し指と中指で摘むようにしてそっと撫でた。

この世で実の妹と義理の妹にしかみせたことのない、ちょっと変わった親愛の証である。


久々にみる兄の仕草に思わず頬を紅くしてしまったものの、綾乃は少し嬉しそうに微笑んだ。


――いつの間にか大人っぽくなったな……。


晋は綾乃の笑顔をじっとみつめながら、ぼんやりとそんなことを思っていた。


ちょっと前まではまだ幼さが残る子供だと思っていたのに、2年会わなかった間にすっかり【魅力的な女性】へと変貌を遂げていた。

焼肉店で義理の妹と再開したとき、あまりの変わりように一瞬言葉を失ったほどだ。

ゾンビ共から逃げるためにバイクに乗せたときは、風に乗った綾乃のいい香りに思わずドキッとしてしまった――生きるか死ぬかの最中に妹にときめくとは、我ながらいい根性をしていると思う。


――俺は……義理の妹をどういう目でみているんだ?


実の妹がいる晋は、義理の妹である綾乃のことも、同じ家族として平等に接してきた。

血の繋がりとかそういうややこしい事情は一切切り捨てて、純粋な”妹”として愛してきたつもりだった。

それが、いつ、どこで、何をきっかけに義理の妹を異性として意識するようになってしまったのだろうか。


―― 一時の気の迷いであってほしい。


どこか切ない気持ちになりながらも、晋は切実な想いでそう願った。


「お兄ちゃん、そんなにみつめられると恥ずかしい……」

「ん?あ、あぁ……ごめ――」


兄にじっとみつめられ、耳まで真っ赤に染めている妹の小さな抗議にハッと我に返った晋は慌てて謝ろうとした――


――ガタンッ!


……のだが、突然の物音と気配に否応なく中断させられる。


咄嗟に綾乃を自分の後ろに庇った晋は、息を殺して気配がする方向を注視した。


先ほどの物音はゴミ箱が倒れた音だったらしい。

ゴミ箱の蓋だけがゆっくりと目の前に転がってきた。


――その後を追うように電柱の蛍光灯に映し出された影が近づいてくる。


そして、己の存在をみせつけるようにしてゆっくりと姿を表したのは、二匹の大型犬だった。

元は警察犬と思われるドーベルマンだ。

ただし、その肉体はあちこちが損壊し、腐食している。

抉られた脇腹の肉から無様に肋骨を晒し、眼球は白目を向き、爛れた顎の肉からは無遠慮に歯茎と犬歯を覗かせていた。


これぞ、まさしく地獄の番犬というべきだろう。


突然の乱入者に、動揺を隠せない二人。

その中で、必死に恐怖を噛み殺した晋が、綾乃の耳元で静かに囁いた。


「綾乃、落ち着け。合図したらすぐにバイクに跨って、死ぬ気で俺にしがみつくんだ。わかったな?」

「う……うん」


どうしてこんなところにドーベルマンが二匹も出現したか等の理由は、この際どうでもいい。

今は、二人で生き延びることが最優先だ。


二人と二匹の距離はおよそ15メートル。

バイクの進路上に障害物はない。


――よし、いける!


なぜか近づいてこようとしないゾンビ犬を刺激しないように、晋はゆっくりとした動作でバイクに跨った。


そして――


――ドルルウゥンッッ!!!


『『――ガゥッ!?』』

「乗れッ!!」

「――っ!」


静寂した闇夜に響く、バイクのエンジン音と晋の声。

慌ててバイクに飛び乗り、文字通り死ぬ気で兄の背中にしがみつく綾乃。

それに気づいて、鬼気迫る勢いで突撃してくるゾンビ犬。


妹がしがみついたことを確認した晋は、スロットルレバーを遠慮なく回した。

猛回転するタイヤが地面との摩擦熱で煙をあげるなか、晋と綾乃を乗せたスポーツツアラーが爆発的な勢いで加速する。


命を賭けた壮絶な鬼ごっこの幕を開けだった。


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