そして、異世界へ
「着きました!」
ノエルのそう叫ぶ声と共に、光が途切れた。
「お……おお」
見ると、目の前には一面の草原地帯……どこかの雑居ビルのむさ苦しい一室ではなかった。
それに、近藤も黒スーツもいない……ものすごい開放感だった。
「ここが……近藤の親父が言っていた異世界、ってやつか」
と、霧原の低い声が聞こえてきて、俺は俄に現実に引き戻される。
白スーツに角刈りの危ない感じの男は、確かにそこに存在していた。
「さぁ! ギンジもタカヤも、私に、ついてきて、ください」
そういって、ノエルは歩き出した。俺はチラリと霧原の方を見る。
「……付いて行くしかない。俺も何もわからんからな」
霧原がそう言って、歩き出した。
無論、俺だってここが本当に異世界かどうかもわからない。
……というか、仮に異世界に来たとしたら、借金も何も関係ないんじゃないのか?
俺はそんな淡い期待を抱きながら、先を行く金髪美少女の後を付いて行くことにした。
「おい」
と、しばらく歩くと、ふいに霧原が口を開いた。
「はい? なんですか?」
ノエルが無邪気にそう尋ね返す。しかし、霧原の表情は険しいままだった。
「……俺は、近藤の親父がやっていることはよくわからねぇが……お前も、うちの組の者なんだろう?」
霧原は険しいままの表情でノエルにそう詰問する。すると、ノエルは困ったように苦笑いした。
「違います。私、ただの案内役。組長さんの仲間、違いますよ」
そういって、またノエルは歩き出してしまった。霧原は忌々しげ顔でノエルを見ている。
「え、えっと……霧原さん。その……行かないんですか?」
俺がそう聞くと、霧原は俺の方に視線を向けてきた。
分かってはいるが、やはりこの男、ナイフのような切れ味の視線である。
「……お前、なんで借金なんてしたんだ?」
と、不意にそんな質問を霧原はしてきた。
「え……いや、俺自身はしてないんですけど……」
「何? じゃあ、なぜお前がそのケジメを付けなきゃいけないんだ?」
「え……いや、保証人になったら、借金したその女の子が逃げちゃって……それで、俺がこうして代わりに一千万円返すことに」
俺がそう吐露すると、霧原は大きくため息をついた。
「……ってことは、お前は悪いこと、してねぇってことじゃねぇか」
「え? いや、でも、保証人にはなっちゃったし……」
「いや。極道なら、カタギのその辺の事情も理解してやるべきだ。それなのに近藤の親父はいつも悪どいことばかり……情けねぇ」
と、いきなり霧原は腹立たしげにそう言ってきた。なんだか……俺よりも霧原の方が勝手に怒っているようである。
「……おい。アンタ、伊澤、だったよな?」
「え、ええ……そうですけど」
「いいか。あのノエルってヤツ。近藤の親父と仲良くしていたところを見ると、どうにも怪しい。お前も気をつけろよ」
そういって、霧原は歩き出した。気をつけろって……俺にとっては、角刈り白スーツの男の方が、金髪美少女よりも何倍も危険視する対象だと思うのだが。
そうこう考えているうちにノエルが随分と先に行ってしまっていた。
俺は慌ててノエルと霧原の後を追って走りだしたのだった。