本当の勝負
「……ほぉ。なるほどなぁ」
鍋島は感心したような様子で霧原を見る。
俺も感心してしまった。
そうだ……入っていないコップ。その確認を忘れていた。
そもそも鍋島は……コップの中に玉を入れてないのではないか。
そうすれば、いくら3つのうちのどのコップを選んでも当たることはない。
そういう理屈ならば、俺が五回連続で玉が入っていないコップを選んだ現象も説明できる。
「……さぁ、鍋島の親父さん。開けてくれ」
霧原にそう言われ、鍋島は少し渋ったような顔をしたが、観念した様子で霧原が指差した以外のコップのうち一つ目を開ける。
コップの中には……玉は入っていなかった。
俺は思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまった。
「親父さん。もう一つもだ」
「わかっとるわ。焦るな」
鍋島は嫌そうな顔をしながらそういって、もう一つのコップも開ける。
コップの中には……
「……ない」
なかった。玉はなかったのである。
つまり、霧原が指差したコップにはボールが入っているということ……これで霧原の勝ちは確定したのである。
「や……やった……! 勝ちましたよ、霧原さん!」
俺がそう言っても……霧原は何も言わなかった。ただ渋い顔でコップを見つめている。
「せや。これでワシの負けや。はぁ……ったく。霧原ちゃん、喧嘩だけやなくて勝負も強いのぉ。ま、これで伊澤さんのことは水に流したるわ。ほな、そういうことで――」
そういって、鍋島が席を立とうとした時だった。
「待ちな」
と、霧原のドスの利いた声が響く。鍋島は動きを止めた。
「……なんや。まだあるんかいな」
面倒くさそうに、鍋島は霧原の事を見る。
「最後のコップ、まだ中身を確認してないだろ」
霧原はそう言って、残された最後のコップを指差す。
「……なんや。確認する必要なんてないやろ。そこに玉が入っとるんや」
「ああ、そうだな……入っていれば、の話だがな」
霧原がそう言うと、鍋島の表情が変わった。
俺には理解できた。
そう。霧原は……鍋島のイカサマに対して鎌をかけているのだ。
鍋島は今一度座り直した。そして、苛立たしげに霧原の事を見ている。
「……なるほどなぁ。ワシが……そもそも玉をコップの中に入れてへんっていいたいんやな?」
「そうは言っていない。玉を確認しろ、とだけ俺は言っているんだぜ。親父さん」
霧原と鍋島の間には、もはや何者も立ち入ることができない……そんな緊迫感が満ち始めていたのであった。