逆境無頼 5
「……え? 異世界?」
しばらく経ってから、俺はようやく口を開いた。近藤は小さく頷く。
「まぁ、信じられないだろうけどね、この世界ではない別の世界……それが存在するわけよ」
「はぁ……え……それは死後の世界、とかではなく?」
すると、近藤はまたもわざとらしく大きな声で嗤った。
「あははっ! おもしろいこというねぇ、伊澤さん。何? 死後の世界の方が行きたい?」
俺は慌てて首を横に振った。すると、またしても近藤はタバコに火をつける。
「ああ、大丈夫。死なないで大丈夫よ。さっきも言ったけど、アンタに死なれると、借金回収できないからさぁ……まぁ、保険金かけて殺しちゃうこともできるけど……俺、優しいからさぁ」
「あ……ああ、そうですか」
「うん。で、異世界ってのは……説明するより実際見た方が早いか。おい、ノエルちゃん、連れてきて」
と、近藤がそう言うと、黒スーツの1人が部屋の奥に入っていった。
しばらく何か会話していた後で、二人分の足音が聞こえてくる。
「え」
と、俺は思わず目を丸くしてしまった。
部屋の奥から出てきたのは、金髪碧眼の美少女……とても、こんなヤクザな事務所には似合わない存在だったからである。
「その子はノエルちゃんっていうんだ。この世界の人間じゃないぜ。ほら、ノエルちゃん、挨拶しな」
「はい。私、ノエル、言います。はじめまして」
と、まるで外国人のようなカタコトの日本語で、ノエルは俺に頭を下げた。
「ど……どうも」
「はい。アナタ、借金、したんですか?」
「え、ええ……」
すると、ノエルは俺を安心させるようにニッコリと微笑む。
その笑顔は確かに可愛らしいものだった。
「大丈夫! 私、お仕事、紹介します! 組長さん、そう言われました!」
「え……組長……?」
思わず俺は近藤のことを見てしまう。
「ああ。俺のことだ」
近藤はそう言って、ノエルのことを見る。
ノエルはニコニコしながら近藤を見た後でいきなり俺の手を握ってきた。
白く柔らかい手が俺の手を握ってきた。
「アナタ、名前、なんですか?」
「え……あ、ああ。伊澤銀次です」
「ギンジ! 変な名前、ですね!」
そういって嬉しそうに言うノエル。地獄で仏……いや、天使にあったとはまさにこのことだと俺は思った。
「じゃあ、組長。ギンジ、もう連れていっていいですか?」
「ああ。さっさと……お、そうだ。おい、アイツも連れて来い」
と、近藤がそう言うと、またしても黒スーツが部屋の奥に入っていった。
俺はチラリとノエルのことを見る。ノエルも俺と目があった。
すると、ニッコリと俺に向かって美しい笑顔で微笑む。
……おいおい。なんだ、異世界って。最高じゃないか。
俺はまさに地獄から天国へ来たかのようなそんな気分になった。
「連れてきました」
と、そんな折に、黒スーツが戻ってきた。
「え……」
またしても俺は声を漏らしてしまった。
黒スーツに連れて来られたのは、角刈り頭に白スーツ……明らかに危険な感じのする、目つきの鋭い男だったのである。




