鬼の怒り
「あ……霧原さん……」
俺がそう言うと霧原はそのまま俺の首根っこを思いっきり掴む。
「言ったよな? 俺は……こういうことをする相手は選べ、って!」
霧原のドスの利いた声が頭に響く。正直、漏らしているのではないかと思わんくらいに、俺は恐怖していた。
既に霧原に殴られた頬の感覚は忘れていた。むしろ、目の前で鬼の形相で俺に怒っている霧原だけを俺は見ていた。
「霧原ちゃーん? あんま怒らんと。カタギ相手に可愛そうやで?」
鍋島がそんな呑気なことを言ってくる。それを聞いて、霧原は俺の首根っこを掴んでいた手を離した。
「……鍋島さん。アンタもアンタだ」
そういって、霧原は鍋島のことを鋭く睨みつける。
「……『ハイエナの鍋島』。極道の世界ではアンタと博打を打つなんて馬鹿な真似、するやつは一人もいねぇんだ。何も知らねぇカタギをそそのかして、何やってんだ?」
「酷いわぁ、霧原ちゃん。ワシは別に無理強いしたわけやないで。伊澤さんがやりたいって言ったからやっただけや」
「……そうなのか?」
そう言って、霧原は俺のことを見る。俺は何も言わずに小さく頷いた。
それを見て霧原は大きくため息をついた。
「……わかった。じゃあ、鍋島さん。この回だけ、俺にやらせてくれねぇか」
と、いきなり霧原はそんなことを言い出した。
鍋島もキョトンとした顔で霧原の事を見る。
「なんやて? 霧原ちゃん……それはアカンで。こういうことは一度始めたら、始めた奴が最後まで責任持たないとアカン。いくら霧原ちゃんのお願いでも駄目なもんは駄目や」
「……わかった。じゃあ、俺もそれ相応のもんを賭けよう」
そう言うと鍋島の前に霧原は立つ。
「ほぉ……何を賭けてくれるんや?」
「腕だ。腕一本。アンタに負けたらくれてやる」
霧原がそう言うと鍋島はニヤリと微笑んだ。
「ほぉ……鬼の霧原がそこまで言うんなら、しゃあないなぁ……ええで。その勝負乗ったるわ」
そういって、鍋島は嬉しそうに承諾した。
「え……ちょ、ちょっと! 霧原さん!」
その場で座り込んでいた俺は、慌てて立ち上がる。
そして、鍋島に対峙した霧原に話しかける。
しかし、霧原は鋭い視線で俺を睨む。
「……話しかけるな。そこで反省していろ」
そうドスの利いた声で言われてしまうと、俺はもう何も言えなくなってしまったのだった。




