勝利の理由
「……お前、イカサマしただろ?」
ノエルが帰った直後、間髪入れずに霧原はそう言ってきた。
俺はぎょっとしたが……落ち着いて霧原の事を見る。
「あ、あはは……バレてました?」
そう言うと、霧原は台所に向かう。そして、コーヒーの入った容器よりも大きな容器を持ってきたかと思うと、その中身をそこにぶちまけた。
そして、今度はコーヒーの中身をそのまま台所に持っていく。
流しにコーヒーを流す音が聞こえてくる……俺は霧原がイカサマの中身を見破っていることを確信した。
「……おい」
霧原が台所から呼んでくる。俺は立ち上がり台所に向かった。
「はい?」
「これは、どういうことだ?」
そういって、流しを指差す霧原。
台所には大きい石が2つと小さい石が3つあった。
「……それが何か?」
「おかしいだろ。ノエルが入れたのは2つの大きな石と1つの小さな石……お前が入れたのは小さい3つの石……後一つ、どこ行った?」
霧原が鋭い瞳で俺のことを見る。俺は肩を落として小さくため息をついた。
そして、ポケットから種明かしを取り出す。
「これですよ。霧原さん」
そういって、俺が霧原に見せたのは……角砂糖だった。
「……お前、まさか」
霧原がそう言うと俺はニンマリと微笑んで見せる。
「ええ……俺がコーヒーの中に入れたのは小さい石2つと……熱々のコーヒーの中に入れたら溶けて無くなってしまう角砂糖1つですよ」
俺がそう言うと霧原は小さくため息を付いた。
「なるほど……あのノエルとかいうガキ……角砂糖を知らなかったのか」
信じられないという顔で霧原はそう言う。
コーヒーを見たことがないと言っていたノエル……だとすると、角砂糖の存在も知らないのではないか。
どんなに形が整っていて白くても、これは石だといえば、ノエルは騙せる……俺はそう睨んだ。
「しかし……もしあのガキが角砂糖だと理解していたら……お前がどうするつもりだったんだ?」
霧原が怪訝そうにそう訊ねる。俺は得意気にニヤリと微笑んだ。
「さぁ? これは賭けですよ、霧原さん。ノエルが角砂糖の存在を知らないということに、俺は賭けた……そして、俺は勝った。それだけの話です」
俺がそう言うと、霧原は少し感心したように俺を見た。
まぁ、極道とはいっても霧原はあまり賭け事とかやらなそうなタイプだし……俺の方がそういう点では上手なんだろう。
「でも……どうして気づいていたのに、霧原さんはイカサマを指摘しなかったんです?」
俺が一番疑問に思っている点を聞いてみると、霧原は少し答えにくそうな顔をする。
「……まぁ、なんだ。あのガキよりはお前に勝ってほしかった。だから、最初からイカサマを見抜いても指摘するつもりはなかったぜ」
「へぇ……霧原さんも以外と悪だねぇ」
俺がニヤニヤシながらそう言うと霧原はバツが悪そうに顔を背けた。
兎にも角にも、霧原が俺に協力してくれて助かった……そういう点でも、その日の俺はツイていたというわけである。
「……だがな。伊澤。気をつけろ」
と、ふいに霧原がそんなことを言ってきた。
「え? 何をです?」
すると、霧原が視線を鋭くして俺を見る。
「……俺が協力してやれるのは、イカサマを見抜いてやることだけだ。こういうことは……相手を選んでやるものだぜ」
それだけ言うと、霧原は俺の部屋から出ていった。
相手を選ぶ? 何を言っている?
俺は今この異世界で、完全に無双のギャンブラーだ。
ノエルに勝利した以上、もはや魔物狩りなんてする必要もない。
「そうだ……このまま俺は億万長者になってやるぜ!」
俺は完全に調子に乗った状態で、そんなことを叫んでいたのだった。




