逆境無頼 4
雑居ビル内のエレベーターに近藤と乗り、そのまま階層を上がっていく。
エレベーターが上がっていくに連れて、俺は自身の寿命が縮んでいくような……そんな悲しい気持ちが襲ってきた。
小さかった頃、今まで不甲斐なかった自分……全てがまるで走馬灯のように思い出されてくる。
涙が出そうになったが、近藤のいる前で泣くのもなんだか癪だったので、俺はグッと涙がをこらえた。
そして、エレベーターが止まった。扉が開き、俺と近藤は外に出る。
「ほら、こっちだ」
近藤はそのまま長い廊下を歩き出す。何もない、汚らしい雑居ビルの中……こんな所にある事務所、という時点でどうにも危ない感じである。
しばらく歩くと、近藤は1つの扉の前で立ち止まった。そして、そのまま扉を開け、中に入る。
「お帰りなさい!」
と、近藤が部屋に入ると同時に、大きな声が響き渡った。
中には、黒いスーツ姿の男たちが何人も待機していた。
そして、天井付近には、それこそ、映画でしか見たこと無い「仁義」という文字が書かれた壁掛けが……
瞬間「ヤバい所に来てしまった」という直感が全身を駆け巡った。
「おお。例のヤツ、連れてきたわ」
「……親父が行かなくても、俺達が行ったんですが……」
と、近藤の近くにいた黒スーツが申し訳なさそうに頭を下げた後で、俺のことを睨みつける。
その尖すぎる視線で、この黒スーツが近藤と同類の人間であることがわかった。
「まぁ、伊澤さんには俺から大体話しておいた。さっそくどうするか選択してもらおう」
近藤はそう言うと、部屋の中心にあった長いソファに座った。
「伊澤さん、座ってよ」
近藤に言われるままに、俺は近藤の対面のソファに座った。
黒スーツの男たちが睨みつける酷く居心地の悪い環境の中、俺は近藤の方を見る。
「え、えっと……それで、俺はどうしたら……」
「選択肢は3つだ」
近藤はそう言って、俺の目の前に三本指を立ててみせた。
「3つ……」
「ああ。1つ。手っ取り早く、慈善事業として、伊澤さんの身体の一部を我々に提供する。そうすれば、我々は世のため人のため、伊澤さんの身体を役に立ててあげよう」
「そ、それは……」
俺が言いよどむと、近藤は呆れたように大きくため息をついた。
「そうか。じゃあ、2つ目だな。これは臓器を提供する必要はないお仕事だ」
「……仕事?」
「ああ。色んな簡単なお仕事だ。一年間、海の上でマグロをとり続けるか、もしくは、遠い国で現地の人々のためにひたすらトンネルを掘るお仕事……まぁ、どれも肉体的には辛いが、やりがいのある簡単なお仕事だ」
つまり……それも結局は生きては帰ってこられる保証がないお仕事のススメ、というわけである。
……無論、そんなこともできるわけがない。
「……む、無理です」
「そうか……じゃあ、3つ目だな……3つ目はちょっと危険だから、俺もお薦めできないんだけどなぁ」
わざとらしくそう言いながらタバコに火をつける近藤。
それじゃあ、今までの提案がオススメだったとでも言うのだろうか……
しかし……おそらく3つ目を断れば確実に海の底か、山の下だ。
俺は俄に自分の危険な立場を実感し始めた。
「あ……3つ目はなんなんです?」
少し俺が食い気味に訊ねると、近藤は目を丸くする。
そして、ニンマリと微笑んでから、火を付けたばかりのタバコを吸い殻に押し付けた。
「……伊澤さん。アナタ、別の世界に行きたいって思わない?」
「は? 別の世界?」
俺が言葉の理解をできていないままに、近藤は先を続ける。
「うん。3つ目は、伊澤さんに異世界に行ってもらう、ってことよ」