追い落とし
ノエルがそう言った瞬間、俺の額にブワッと汗が吹き出した。
そして、瞬時に周囲を確認する。
予想通り……ギルドハウスの全員が俺の事を見ている。
当たり前だ。今此処でコイントスに興じている奴らの大多数は、俺がカモにした奴らなのだから。
「あー……の、ノエル……それは……良くないんじゃないかな?」
しかし、ノエルは何が不味かったのかわからないという感じで俺の事を見ている。
「はい? ギンジ、おかしいです。お金、稼ぎすぎ……賭けに勝ちすぎです!」
「で、でもさぁ。運が良かっただけだって。そういうこともあるんじゃない?」
ノエルはそれでも怪訝そうな顔で俺に向けている。同様に、ギルドハウス内の雰囲気も俺のことを攻め立てる感じになってきた。
まずい……ここはなんとか切り抜ける……いやいや。大丈夫だ。こんな状況、今までもあったのだ。
俺は仕切りなおすように咳払いしてから、ノエルを見る。
「あー……じゃあ、ノエル。証拠はあるのかい?」
「え? 証拠、ですか?」
キョトンとした顔でノエルは俺を見る。瞬間、勝った、と俺は思った。
「ああ。俺を疑うってことは、それなりの証拠があるからだよね?」
「え……そ、それは……」
ノエルは答えられなかった。それは、何よりも敗北宣言だった。
そして、同時に、周りからの視線も和らぐ。周囲からは「なんだ、でまかせか……」といった呆れにも近い声が聞こえてくる。
ノエルは完全に困っているようだった。どうやら、以前、俺が完全に拳銃にビビっていたのと同様に、今回もカマをかければすぐに白状するとわかったらしい。
だが、この伊澤銀次。デマカセと適当さなら今までの人生で充分学んできた。賭け事を知らない異世界人に遅れを取るようなレベルではない。
「伊澤さーん」
と、そこへ里見の声が聞こえてきた。見ると、弁当とコーヒーを一つ持ってきて戻ってきたようだった。
「ノエル」
俺が今一度名前を呼ぶと、ノエルはビクッと反応する。
「証拠がないのに人を適当に疑うのは良くないよ。ね?」
「え、あ……」
まるで恥をかいた子どものようにノエルは俯いてしまった。
なるほど……コイツ、拳銃は持っているが……実は大したこと無いやつなのかもしれない。
そういって、俺は角砂糖を一つ掴んで、コーヒーに入れる。
「あ……ギンジ、それ、なんですか?」
と、まるで先程までの失態をごまかすように、ノエルはコーヒーのカップを見つめてきた。
「え? これ? コーヒーだけど……知らないの?」
すでに何度も俺が元いた世界に転移しているノエルなのに、初めて見たと言わんばかりにコーヒーを見つめていた。
「はい……それも、知りません」
俺が手にしている四角い角砂糖も珍しいようである。ノエルは興味津々で見ている。
その瞬間、俺にはまたしても悪魔的閃きが轟いた。
……そうだ。この金髪碧眼サイコパス少女には恐ろしい目にあったのだ。
今度はコイツを……俺が恐ろしい目に合わせる番だ。
「そうだ。ノエル。じゃあ、こうしよう」
と、俺がいきなりそう言ったので、ノエルは目を丸くする。
「今日の夜、ノエルと俺で賭け事をする。正々堂々ね。そうすれば、俺がイカサマをしていないって証明になるだろう?」
思わずニンマリと微笑みそうになるのをこらえて、俺は笑顔でそう言ったのだった。




