潮流
その日から、ナベシマ村のギルドハウスでは奇妙な現象が起こった。
誰も彼もが、コインを指で弾き、その裏表を当てることを対象として賭け事をしているのである。
もちろん、その原因は……俺だろう。
おそらく俺に大負けした兵士風の男が、負けたはらいせに言いふらしでもしたのだろう。
結果として俺が異世界に持ち込んだ賭け事は、一時的に流行を見せることになってしまった。
もちろん、俺もその流行に乗ることにした。自分で創りだした流行なのだ。乗らないのは勿体無い。
俺は加減というものに気をつけながら、とにかく自分が全体では勝てるように賭け事をした。
小さい勝負では基本負け、大きい勝負では必ず勝つ……
もちろん、時たま負けることもあったが、全体的に見ればおそらく俺以上に勝っている奴はいないと思われた。
そんなことで、大多数の奴らが俺との賭けには警戒するようになったのだが……その頃には既に俺の懐事情は、異世界に来たばかりとは比べ物にならないほどに潤っていた。
「はぁ……疲れましたね」
そして、その日も一応、アパート三人組は朝から魔物狩りに出ていた。
いつも通り、収穫は霧原が倒したフェンリル一匹……一万ペスカなど、今の俺にとってみればアホらしくて稼ぐ気にもならない。
「ああ……おい、伊澤」
と、霧原がドスの聞いた声で俺に話しかけてくる。
「ん? 何?」
「お前……最近全くやる気が感じられないんだが……」
霧原は少し怪訝そうな顔で俺を見る。
無論、ちょっと前までの俺ならば、こんな霧原の表情に相当ビビっていただろう。
しかし、今は違う。
俺には、財力がある。
「え? そうかな? まぁさ。別にそんな頑張らなくていいんじゃないの? お金ならたくさんあるわけだし」
そういって俺は懐からペスカの札束を取り出した。
「里見さん。これでお弁当、3つ買ってきて。あ、後コーヒーね。お釣りはいらないから。取っておいてね」
俺は里見に40万ペスカを手渡した。
無論コーヒーは一つ1万ペスカなので、40万ペスカも必要ないのである。
「え……で、でも、伊澤さん……悪いですよ。ここのところ毎日じゃないですか」
少し困った調子で里見はそう言う。
「いいって。まだまだお金はあるんだし。ほら、買ってきてよ」
里見は困惑していたが、既に何回か行っているやり取り……そそくさとそのままアリッサムのもとへ弁当を買いに行った。
「……お前、その金……」
怪訝そうな顔をしながら、霧原が俺の事を見る。
「え? あはは。臨時収入ってやつですよ、霧原さん。もちろん、非合法なことはしていませんよ」
そういって、俺は今一度ギルドハウスの中を見回す。
相変わらず俺の教えた賭け事に熱中している冒険者は多い。
せいぜい頑張るといいことだ……2分の1の不安定な確率に一喜一憂しながら……
俺はそう思いながら、完全に満足感に浸っていた。
そんな時だった。
「ギンジ」
と、可愛らしい女の子の声が聞こえてくる。
「あ……ノエル」
と、そこに立っていたのは、金髪碧眼の美少女、ノエルだった。