僥倖
で……こんな感じで、俺の異世界強制転移生活は始まってしまった。
初日の失敗から、もう銃を使うのは、やめた方がいいと言う話を霧原にされてしまった。
では、何を使うのかと言われると……
「……バット、ねぇ」
霧原から勧められたのは……バットだった。
まぁ、確かに拳銃よりはバットの方が使ったことはあるが……というか、拳銃を使うという行為自体、中々あるものではないと思うが。
そんなこんなで俺と霧原、そして里見は3人でなんとか魔物を倒す日々を過ごすことになった。
もちろん、それは半ば強制的で、朝起きて魔物を倒しに行き、昼には一度ナベシマ村に帰ってくる……
そして、午後に魔物狩り再開。最後は家に帰って寝るだけである。
一日がかりで狩ることの出来る魔物は、フェンリル一体……霧原の調子が良ければ2体程度である。
つまり、一日平均2万ペスカ……200円の稼ぎしか無いのだ。
無論、このような状況では借金などとても返せるものではない。
それどころか、日々の食べ物を得るだけでも精一杯である。
「……はぁ」
午後の魔物狩りが終わり、ヤクザと根暗女を先にアパートは帰った。
俺は……ギルドハウスで思わず俺はため息をついてしまった。
こんな状態で本当に借金など返せるのか……このまま俺は、魔物を狩る奴隷のような存在として、ヤクザに飼い殺しにされる一生なのではないか……
そう考えると少し怖かったが……打開策は見つからなかった。
どうすれば、この状況を抜け出せるのか……そんなことを考えられなかった。
「クソッ! マジかよ!?」
と、ふいに隣の席から声が聞こえてきた。俺は目だけを動かしてそちらを見る。
見ると、ギルド内には鎧を来た兵士風の男が2人、何やら話し合っていた。
先程の悔しそうな声は、そのウチの1人が上げたものだった。
「ひひっ。まぁ、悪く思うなよ」
「なんだよ……たった一匹の違いじゃないか……それなのに……あー……大損だ……」
……ん? というか、この男たちの言葉は理解できるのか……
まぁ、ここは俺が住んでいた世界のヤクザが仕切っているのだ。ソイツの下で活動するならば、それも当たり前か。
いやいや、それよりも気になる話だ……俺はついその男2人の近くに寄っていってしまった。
「なぁ、ちょっと」
俺は兵士っぽい男二人に話しかける。
「ん? なんだ?」
1人が意外そうな顔で俺の方を見てきた。
「アンタ……この世界の人だよな? 言葉……」
「え? ああ。あはは……いやさぁ、ここのギルドマスターの奥さん、いるだろ? あの人べっぴんさんなんだけど……最近旦那が違う世界の奴だから、違う世界の言葉がうまくなっちゃってさ。俺達も奥さんに合わせるために言葉を覚えたんだ」
「あ、ああ……そうなんだ……」
「で、なにか用か?」
そう言われて、俺は男たちに話しかけた理由を思い出した。
「え、えっと……今何を話してたんだ? なんか、悔しそうだったが……」
「え? ああ、賭け事の結果だよ」
「……賭け事?」
俺がキョトンとしていると、男たちは苦笑いする。
「俺達兵士は賭け事が好きでさぁ、今日は何体魔物を倒したとか……そういうのを対象に賭け事をしているわけよ」
「へぇ……じゃあ、ポーカーとかもやるのか?」
思わず反射的に俺はそう言ってしまった。しかし、男たちはキョトンとした顔をする。
「ぽー……かー? なんだそれ? 食べ物か?」
「え……知らないの? じゃあ、丁半博打とか?」
ヤクザが支配しているギルドだし、そういうのが流行っているのかと思ったが……男たちは釈然としない顔である。
「いや……すまん。そういうのはわからないな。他をあたってくれ」
そういって、男たちは俺から離れていってしまった。
しかし、この時俺の頭の中に電流が走る……!
そうか……この世界の住民は……ポーカーや丁半博打を……知らない……!
つまり、正確にはまともな賭け事を知らないってことなんじゃないか……?
まさに、それは俺にとって僥倖……!
僥倖以外の何者でもない、金稼ぎの対象に思えたのであった……!