逆境無頼 3
「あ、あの……俺、もう死ぬんですか?」
近藤が運転する車に乗ってから十分ほど経って、俺は思わず運転席の近藤に訊いてしまった。
「……あ? 死ぬわけねぇだろ。アンタには一千万円、返してもらうんだから。それとも何? 死にたいの?」
「あ……い、いえ……なるべくは生存していたいんですけど……で、でも……一千万円返すっていうのは……なんというか……それは俺は無理だって……」
すると、近藤はいきなり車内に響くほどに、大げさに笑い出した。
「ふっ……伊澤さん。別に一千万円なんて金は、アンタが払う払わないかじゃない。俺達がアンタに払わせるんだ」
「え……だ、だから、それは……」
「伊澤さん。アンタ、健康体だよな」
と、いきなり近藤はわけのわからない質問してきた。
「え……あ、はい」
俺はそのまま質問に応える。
「今まで手術したこともない。五臓六腑、全て傷ひとつ無い。だがよぉ、世界にはそういうわけにもいかない人たちもいるわけだ。ウチのバックにある組織はそういう人たちのために、伊澤さんみたいな健康な人の臓器を提供するビジネスもやっているわけよ」
近藤の言葉で、ようやく俺は意味がわかった。
即座に、背筋に冷たい感触が走る。
「ああ、後、伊澤さん。結構顔つきも悪くないじゃないか。俺の知り合いにも、伊澤さんみたいな若い男をメイドとして雇っている物好きな爺さんがいるぜ。紹介してやろうか? たぶん、あの爺さん、伊澤さんなら丁度一千万円で買ってくれると思うぜ? まぁ、雇われた後は多少トイレする時、不都合が生じるかもしれないがな」
次第に、恐怖が現実のものとなってきた。
近藤の口ぶりは……マジだ。
臓器売買も人身売買も、マジでやろうとしている感じである。
もはやこの場からいなくなってしまいたかった。でも、それも許されない……生き地獄とはこういうことだと、僕は理解した。
「そろそろ着くぞ。準備しろ」
近藤がそう言うと、車が止まった。車は雑居ビルの手前に止まったようだった。
「さぁ、降りろ。今後のことを話しあおうぜ、伊澤さん」
近藤はニヤつきながらそう言った。
俺は、ふらつきながら、なんとか足を動かし、近藤の後を付いて行ったのだった。