悪魔のような天使
結局、その日、俺は……アパートに帰った。
霧原は魔物狩りをすべきだ、と言っていたが……無理だ。というか、嫌だ。
あんな凶暴な狼に喰われそうになる経験……まっぴら御免である。
そのため、霧原と里見だけが魔物狩りに戻っていった……霧原はともなく、里見は何をスルのかは疑問だったが。
しかし……俺自身がどうするかも問題だ。
このままだと、俺は借金を返すどころか……
自身の食費さえ賄うことが出来ないではないか……
「……はぁ。どうすっかなぁ」
どうするも何も……魔物を狩るしかないのだ。せめて手持ちの金さえあれば……
「ん?」
そこで俺は思い出した。ジャージに着替える前……俺がこの異世界に来る前に持っていた手持ちの金のこと……
「……金、残ってんじゃん」
俺は慌てて、元の服のズボンに手を突っ込む……あった。手触りがある。
財布がある。俺はそれを乱暴に取り出した。
即座に中身を確認する。一二三……
「……千円札が……三枚」
残念なことに、札束は……入っていなかった。入っていたのは、千円札三枚だけである。
情けないが、仕方なく、小銭も確認する。五百円が1枚、百円が3枚……
「……これだけ、か」
つまり、俺の全財産は……3800円であり、38万ペスカなのである。
38万、と聞くと聞こえは良いが……要は3800円しか持っていないというだけのことなのである。
「……はぁ。仕方ない。とりあえず換金して――」
俺がそう思い、扉に向かおうとした時だった。
ドンドン! と、乱暴に扉を叩く音が聞こえてきた。
「え……だ、誰ですか?」
「ギンジー? いますよねー?」
聞こえてきたのは……ノエルの声だった。
俺はホッとした。魔物狩りに行っていない手前、鍋島ならば、おそらく俺のことを怒りに来たと思ったからだ。
「は、はい。今開けます」
思わず敬語になりながら、俺は玄関の扉を開ける。
そこには、いつも通りの貼り付けたような笑顔の微笑が立っていた。
「あ……ど、どうしたの? ノエル」
「ギンジ。元気、ですか?」
相変わらずのぶつ切れのカタコト日本語で、ノエルは訊ねる。俺は小さく頷いた。
すると、ノエルはニコニコしたままで先を続ける。
「そうですか……では、なぜ、魔物狩り、行かない、ですか?」
「……へ?」
ノエルは相変わらずの笑顔だったが……その言葉には妙に重みがあったのだった。
「え……い、いや、行ってきたよ? 午前中はさ……」
「午後は、お休み、ですか?」
笑顔のままでそう訊ねるノエル……怖い。俺は瞬時にそう思ってしまった。
「え……あ、あはは……ま、まぁ……」
「それ、ダメです」
そして、ノエルは俺の耳にもはっきりと聞こえるように、鋭い響きの声でそう言った。
俺は思わず硬直してしまう。
その言葉調子は、金髪碧眼美少女には似つかわしくないほどのドスの聞いた声だったからである。




