お金の価値は
「おい」
霧原がぶっきら棒に声をかける。
「はい? ああ、お客さんやね」
金髪の女性……見ると、その耳は人間と違ってとんがっている……これは……
「……エルフ?」
思わず俺がそうつぶやくと、女性はニッコリと微笑んだ。
「せやで。ウチ、エルフのアリッサム、言います」
「アリッサム……アンタ、鍋島の親父さんの……」
霧原がそう言う前に、アリッサムはなぜか少し恥ずかしそうに照れていた。
「うふふ……せやで。ウチはダーリンのお嫁さんなんや。ダーリンはなぁ、めっちゃゴッツくて、カッコええ人なんやで?」
そういって、アリッサムはギルドの受付の方にいる鍋島の方に手を振る。鍋島もそれに手を振り返していた。
しかし……こんな美人なエルフがヤクザの奥さんって……
なんというか、世知辛い異世界である。
「……アンタ、随分と日本語がうまいんだな」
霧原が不思議そうに訊ねる。
「ん? ああ。ダーリンが教えてくれたんや。だから、こうして違う世界から来たお客さん相手に商売できるんやで」
「商売……で、アンタはここで何を売っているんだ?」
霧原の言葉と共に、俺はアリッサムの目の前に積まれたものを見る。
それは……まるでコンビニの商品棚のようだった。
おにぎりやサンドイッチ、それに、出来合いの弁当……というか、俺が知っているコンビニ弁当そのものだった。
「これ……売っているんですか?」
俺が訊ねるとアリッサムは小さく頷いた。
「ほな、お客さん。お金、持っとるんやろ? なんでも好きなもの、買うていってや」
言われて俺は思わず目の前のおにぎりに手を伸ばす。
「じゃ、じゃあ! とりあえず、このおにぎりを!」
「……おい、お前。待て」
霧原がそういうのも構わない。
昨日からカップ麺しか喰ってないんだ……米が食いたい……その欲望だけが俺を支配していた。
「まいど。じゃあ……一万ペスカ、いただくで」
「……は?」
……聞き間違いかと思った。しかし、アリッサムは笑顔のままである。
「え……い、一万……ペスカ?」
「せやで。一万ペスカ」
俺は思わず鍋島の方を見てしまう。鍋島はニヤニヤしながら俺の事を見ていた。
「な……鍋島さん!」
俺は思わず鍋島に強め寄ってしまった。俺がそうすることを知っていたかのように、鍋島は動じることなく俺に対応する。
「どうしたんや。そない慌てて」
「い、一万ペスカって……お、おにぎりですよ! これ!」
「ああ、おにぎりやな」
「お、おかしいでしょ!? おにぎりが一万円って!」
「……はぁ? 伊澤さん。何言っとんねん」
と、俺がそう言うと、鍋島は慣れた感じでそう返してきた。
「え……だ、だって、おにぎりが一万円……」
「はぁ~……伊澤さん。ワシだって商売人やで? おにぎりが一万円やったら文句言うに決まっとるわ。そないな値段設定はあり得へん、って」
「だ、だったら、これは――」
「せやけどな。それは『円』の話やで」
「……へ?」
俺が完全に返す言葉を失ったのを見て、鍋島は満足したように微笑んだ。
その時、俺もなんとなく理解できた。
円ではなく、ペスカ……
「も、もしかして……」
俺が気付いたのを確認してから、鍋島は嬉しそうに微笑んだ。
「せやで。ペスカっていうんは、通貨としては……円の100分の1しか価値がないんやで」




