希望と絶望
「いやぁ、すまんなぁ! まさか弾が入っとらんとはなぁ!」
フェンリルを討伐した後、一先ず俺達3人はギルドに戻った。
里見は、霧原がフェンリルを倒した瞬間、どこに隠れていたのか、卑屈そうな笑みを浮かべたままでノコノコと現れた。
つまり、この根暗女は俺がフェンリルに襲われるのをただ見ていただけということになる。
霧原がいなかったら、俺は今頃どうなっていたことやら……
そして、ギルドに戻って、鍋島に銃に弾が入っていなかったこと、そして、とりあえず一匹魔物を仕留めたことを報告した。
「……冗談じゃ済まないですよ。ホント……」
しかし、鍋島は相変わらずヘラヘラと笑いながら俺のことを見ている。
「あはは! いやいや……まぁ、ええやないか。生きて帰ってこられたんやで。別に珍しいことやないんやで、初日で魔物のエサになってまう債務者さんは」
「……え? そ、そうなんですか?」
鍋島の衝撃の一言に俺は思わず聞き返す。鍋島は眉間に皺を寄せて大きく頷いた。
「せや。悲しいことやけど、弱肉強食の世界やからなぁ……そんな中で伊澤さんはラッキーやったやないか。『鬼の霧原』が助けてくれたんや。ほんま、幸運やで」
そういって鍋島は霧原を見る。霧原は相変わらずの仏頂面で鍋島を見る。
「……親父さん。で、魔物を倒してどうなるんですか?」
霧原の言うとおりだった。とりあえず、倒した証拠ということで、血まみれのフェンリルの死体をわざわざギルドまで霧原が持ってきた。
俺は死体を持ってくるのはどうかと思ったが、霧原曰く「極道は死体の現物を見ないと信用しない」らしいのである。
「おお、せやな。ふーむ、フェンリルかぁ……そこそこの大きさやなぁ。これなら一万ペスカってところやな」
「……一万……ペスカ?」
聞きなれない謎の単語を聞き、俺は鍋島に尋ね返す。
「おお、すまん。ペスカの説明がまだやったなぁ。ペスカっていうのは、この世界の通貨のことや。つまり、ワシらの世界でいう円に当るもんやな」
通貨……なるほど。異世界なのだから確かに通貨が存在しているのはおかしな話ではない。
しかし、狼一匹倒して一万ペスカ、か……これが高額なのか、低額なのか……どうにもわからなかった。
「えっと……鍋島さん。魔物を倒すと報酬がもらえるんですよね? つまり……フェンリルよりもデカくて強い魔物なら、もっと高額の報酬がもらえるんですよね?」
俺がそう訊ねると、鍋島は目を丸くしていたが、すぐに大きく頷いた。
「おお、当たり前や。フェンリルはこんなもんやけど……もっとごっつい魔物狩ってきてくれたんなら、報酬もはずむで」
「……ちなみに、どれくらいですか?」
「う~ん、せやなぁ……まぁ、強そうなヤツやったら、ざっと100万はいくやろなぁ」
100万……
その金額を聞いて俺の中に微かな希望が生まれてきた。
100万……つまり、その強い魔物を十体倒せば一千万に足りるのだ。
俺はそう思って、霧原を見る。
「き、霧原さん! 今度はもっと強い魔物、倒しにいきましょう!」
俺がそう言うと、霧原は渋い顔で俺を見る。
「……お前、そんな強いヤツと戦って、大丈夫だと思ってんのか?」
そう言われて、俺も何も返せなかった。
確かにフェンリルに対して、俺は何もできなかった。というか、死の一歩直前まで踏み込んでしまっていた。
だが……霧原は別だ。やはり極道。俺が何もできなかったのに、一瞬でフェンリルを片付けたではないか。
「え? い、いや、まぁ……で、でも! 霧原さんは大丈夫でしょ?」
俺がそう言うと、霧原は何も言わず俺のことを睨む……って、こういう所で活躍してもらわなければ困るのだ。その見た目通りに、強さも発揮してもらわなければ。
「あはは! いやぁ、すっかり頼られとるやないか、霧原ちゃん」
俺と霧原のやり取りを見て、鍋島が愉快そうに笑っている。
「……で、親父さん。これからどうすれば?」
「ん? おお、そうやったな。ほな、これ、一万ペスカや」
そういって、鍋島は布袋から紙幣のようなものを取り出した。紙幣……といっても、俺が知っている紙幣とは異なる。
どうやら、これがペスカ……異世界の通貨のようだった。
「ほな、あそこでウチの嫁はんから昼飯でも買ってくれや」
そういって鍋島は指さした先には……金髪碧眼の美しい女性が立っていた。
「みなさ~ん? どうですか~? 色々取り揃えてまっせ~?」
……インチキ臭い関西弁。
なんとなくだが、その美しい女性が、鍋島の妻だということは理解できた。