逆境無頼 1
「……はぁ」
天井を見上げ、俺は大きくため息を付いた。
伊澤銀次の生活は……退屈だった。
フリーターの俺の生活は兎にも角にもただ、毎日の繰り返しで……変化がなかった。
朝起きて昼間でゴロゴロして、夜になったらバイト先であるコンビニに向かう……その繰り返し。
金もなければ彼女もいない……虚しい毎日だ。
「何か変化はないかねぇ……変化は」
そう言っても別に動こうと思わない。目だけを動かすと、昨日の昼からつけっぱなしで動いていないゲームの画面がテレビに映っている。
よくある冒険RPGだ……魔物を倒して、魔王を倒して、世界を救う。
俺も、あんな世界に行けば、勇者として幸せに暮らせるのかも……
「はぁ……いっそのこと、別の世界にでも行きたいなぁ」
そう1人で呟いたその時だった。
バンバン、と尋常ではないくらいに大きな音を立てて、俺のアパートの一室のドアが叩かれていた。さすがの物音に俺はビクッとする。
「え……な、何?」
すると、しばらく間を置いてから扉の先から声が聞こえてきた。
「伊澤さーん? 伊澤銀次さーん? いるんでしょ? 出てきてよ」
野太いドスの篭った声が聞こえてくる。誰だろう……知り合いにはこんな声の人はいない。
「おい! さっさと出てこいよ!」
それと同時にもう一度扉が叩かれる。俺は小さく悲鳴をあげてそのまま扉にダッシュした。
「は……はい?」
扉を小さく開いた瞬間、その隙間にいきなり足が挟まれた。俺は思わずドアノブをもつてを離してしまう。
「邪魔するよ」
そういって、1人の男が家の中に入ってきた。黒いスーツに、明らかにガラの悪そうなグラサンをかけた男……知り合いではなかった。
「な……なんですか?」
「アンタ、伊澤銀次さん?」
男はドスの訊いた声でそう尋ねる。俺は首を縦に振った。
すると、男はニヤリと笑みを浮かべて懐から名刺を取り出す。
「俺は近藤、というものだ。消費者金融からの債務者への督促役をしている……要は、借金取りだな」
男の言葉と共に、俺は名刺を見る。
共愛金融……ん? ちょっと待て。消費者金融って……
「え……お、俺、金なんて借りてないけど……」
「フッ。そうだろうな。アンタは確かに金を借りてないだろう。だが、アンタ、連帯保証人になったよな?」
そう言いながら、玄関先でタバコを吸い始める近藤。
というか、俺には何がなんだかわけがわからなかった。
「え……だ、誰のですか?」
「なんだ。それもわかってねぇのか。アンタが保証人なったのは確か……ああ。河原美鈴って女だったな」
近藤が思い出すと同時に、俺は血の気が引いていくのがわかった。
記憶が……あるのだ。
信じられないことに、俺を家にまで正体してくれたコンビニバイトの同僚、河原美鈴。
俺はしこたま酒を飲まされた挙句、何かよくわからない書類にサインをしてしまった……サインをした記憶だけはあるのである。
「その顔、ようやく、思い出してくれたようだな。河原の居所は探しているんだが……どうにも見つからねぇ。面倒なんで保証人なったアンタに借金を返してもらうことにしたわけよ」
「え……み、美鈴ちゃん、いくら借りてるんですか?」
すると、近藤はタバコの煙を俺に吹きかけ、グラサンの隙間からのぞかせる瞳を妖しく輝かせる。
「なぁに、たった一千万よ。アンタにはきっちり、ケジメとして返してもらうぜ」