シリーズ管理をしてくれと頼まれたのでしてみたがタイトルが浮かばない
ねぇ、貴殿方馬鹿なの?
卒業生の親や親族からの多額の寄付により、毎年きらびやか、かつ、品性をもって行われる卒業パーティー。
四年の時を分かち合い、時にぶつかり合いながらも互いを高めあった者達が身分という絶対的な物をしばし忘れ、楽しむためのもの。
毎年、上位貴族が行っている貸衣装は過度の損傷を与えない限り無料で借りることができ、宝飾品や靴なども貸し出される為、盗もうとした馬鹿者には厳罰を処す。という契約書にサインが必要とはいえ、ドレスを新調することが難しい下級貴族や特別枠で入学した平民などらがこぞって利用していた。
そう、利用していた。
だ。
今年の卒業パーティーは例年に無いほどに質素…いや、みすぼらしいものとなっている。
寄付は全ての貴族から拒否され、貸衣装も同様。
パーティーを取り仕切る学園執行部がこの事に気がついたのはパーティー1ヶ月前。
慌てて寄付を募った所でどの家の者もそれを拒否し、ならば自分達の家からだけでも…と頼み込むが色良い返事を貰えた者は無く。
仕方なく彼らの個人的資産から出したもののこの一年で瞬く間に目減りした資産では、最低限の準備を行うのが精一杯。
何故?どうして?
そんな疑問を抱きながらも答えてくれる者はおらず、パーティー開催のラッパの音が響き渡った。
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明らかに練習が足りてないと分かる楽団の音に合わせて、卒業生達がワルツを踊る。
その服装は灰色で統一され、宝飾の類いも最小限で華やかさなど欠片も存在しない。
ドレスを用意できなかっただろう下級貴族と平民は制服の上に灰色のローブをまとうことで景色の中に溶け込んでいた。
そんな中、輪の真ん中で薄桃色の布地にふんだんにレースをあしらったドレスを着た少女が周りのことなど気にならない様子で、執行部に在籍をしている男子と軽やかに、楽しそうにダンスを踊っている。
パーティーが始まった時には会場一杯の灰色に何事かと驚いていた彼らも、目の前の女生徒が楽しそうにしているのに満足したのかいつものようにやるべき仕事を放棄して女生徒の周りに集っていた。
進行するものが居ないため、ひたすら弾かれ続けるワルツに生徒達は一組、また一組とダンスの輪から離れ、最後には自分達だけで楽しそうに踊る彼らを苦々しい思いで見つめていた。
『馬鹿みたい』
寄付金拒否は彼らへの警告。
灰色で統一されたドレスコードは彼らとの繋がりを拒絶したことの証。
しっかりと周りを見て、情報を仕入れていれば容易く分かるはずのことに聡明だと言われていた彼らの誰一人として気づくことがない。
『早く帰りたい。
家でお母様達がパーティーのやり直しをしてくださるって約束が無ければこんな所には来なかったのに。』
不機嫌さを隠すこともせず、彼女は会場の隅に設えられくたソファにゆったりと座る。
楽しそうに踊る彼らを視界の端に捉えてはいるが、この後のことを考えると何もする気にはなれない。
それなのにダンスを終えた執行部の一人が彼女を見つけ、周りに何事かを囁いた後、こちらに向かって来た。
「ルーシェ=マキノナオス!!!」
かけられた声にげんなりしつつも向こうの方が身分が上なのでルーシェは仕方なく立ち上がり、すっ、と頭を垂れた。
「ごきげんよう、殿下。」
顔を上げることが許されないため頭を下げたまま、スカートの中で悲鳴を上げる足を無言で叱咤しつつそのままの体勢を維持する。
「顔を上げろ」
その声が後数分遅かったらここで気を失う予定でした。と声に出さずに罵りながら顔だけは笑みを絶やさず殿下と対峙した。
殿下、殿下と呼ばれているが彼は第9王子でしかなく、正妃の御子であるから王位継承権は3位とされているが王も正妃も建前上であると認めている。
飴色の髪に王族の証である翡翠の瞳にたゆまぬ努力によって手に入れた頭脳と身体。
心無い者達に付け入られ無いよう、このことは本人にも通達されており、それでも王族として産まれたからには国のために生きねばならん。とするその姿勢は過去のルーシェには好ましいものであった。
個人的な親交もあっため、彼が一人の少女(笑)に夢中になったときも節度を守るように忠告をした後はいつか戻って来たときのために、と放り出されていた執行部の仕事をフォローするのに必死だった。
ルーシェが必死で守っていた日常は彼ら自らの手によって瓦解してゆき、日々目減りしていた好意は卒業パーティーの準備で走り回るルーシェに告げられた“王命”によって潰えたのだ。
「このパーティーは一体何事だ!!」
人の装いを見て、パーティーの異常さを思い出したらしい殿下は、声を荒げて詰め寄ってくる。
灰色で統一された服装。学食と大差ない食事。拙い演奏しか出来ない楽団。申し訳程度にしか存在しない給仕。
公爵令嬢であるルーシェも周りと同じく装飾を省いた灰色のドレスを纏い、手に持つ扇も先端に黒のレースが密やかに施されたシンプルな物だ。
ここまできてもまだ気付かない、気付こうとしない殿下とその取り巻きにルーシェは不快さに眉を潜めると、つ…と一歩下がって扇で口許を隠した。
「何事かと言われましても、見ての通りですわ」
にっこりと目元だけで笑ってみせる
「見ての通りだと!?
栄えある卒業パーティーの場だというのに皆、灰色の陰気な服装ではないか!
どうせお前が何か通達したのだろう!」
「なぜ、わたくしがその様なことをしなければならないのです」
「そんなもの決まっている!
私たちへの当て付けか何かだろう!」
「あてつけ?ふふっ。面白いことをおっしゃるのですね。
わたくし、殿下やそのお友達に当て付けたいことなど何もごさいませんわ」
余りにも馬鹿馬鹿しい物言いに、ルーシェは蔑んだ笑みを浮かべ、また一歩下がった。
「あたしが嫌いだからって、皆を巻き込んで楽しいはずのパーティーをこんなに暗くしちゃうなんて酷いです!!」
殿下の後ろに隠れていた女生徒が、我慢できない!とばかりに拳を胸の前で握り締めて絶叫した。
『相変わらず脳内お花畑ね』
という言葉は飲み込んで女生徒の発言を黙殺する。
上級貴族でもなく、親交もない下級貴族や平民以外の者と会話を交わす必要などルーシェには無い。
常と同じパーティーならばそれも有り得たのだろうが、それでも最低限の挨拶もなく自分より上位の者に話しかける者は無礼者とのレッテルを貼られるだろう。
そんな無礼なことを仕出かした女生徒を嗜めることもなく、言う通りだと頷いている執行部の面々にルーシェの機嫌は最低を通り越して地面にのめり込んでいっている。
ルーシェの様子に気付いた周りの者達は一斉に二歩ほど下がって怯えているというのに、彼女が黙っているのを良いことに、目の前の者達は全く気付くことなく茶番劇を続けている。
いわく、
*女生徒の発言は正しく、この事態は全てがルーシェのせい。
*パーティーがこれ程に貧相なのもルーシェが何もしなかったせい。
*執行部役員としての自覚が足りない。
*女生徒を悲しませた責任を取って謝罪しろ。
*そもそも普段より女生徒を苛めていたと報告を受けており、その所業は赦されることではない。
*苛めの内容としては暴言や器物損害がそれに当たる。
*それも含めて真摯に謝罪すれば今回のことも全て水に流すと女生徒が言っている。
*女生徒の優しさに感謝し、誠心誠意謝罪をしろ。
ということらしい。
余りにもふざけた言い分に扇で隠された口許は吊り上がり、瞳は侮蔑の色を隠すこともできない。本人達は至って真面目に言っている分、可笑しさも倍増されるというものだ。
「お断りいたします」
「「「何っ!!??」」」
彼らの瞳が本気で驚いていることをルーシェに告げる。
「殿下と側近の方々がおっしゃったことは全て事実無根。
証拠もなければ証人すら居ない状況でわたくしに謝罪を求められても受け入れることなどできませんわ」
「しかし!彼女が…!!」
「その方が何と言ったのか知りませんがわたくしは彼女と会話を交わしたことなど一度もありませんし、今まで関わったことも今後関わるつもりも一切ありません。
貴殿方こそわたくしを侮辱しているのに気付いておられますか?
殿下はともかくそれ以外の方に謝罪を強制される程にわたくしの身分は低かったのかしら?」
パチン、と扇を閉じて睨み付けると怯んだように目を反らす側近の方々。
この程度の威圧で怯えるとは情けない。
だが彼らとは幼い頃から親交があったのだ。粉微塵に砕け散った情を寄せ集め、ルーシェは最後の忠告を行う。
「貴殿方の行いは全て国の上層部に報告されております。それを理解した上で行動なさらないと破滅いたしますわよ。今一度ご自分の元に来ているはずの手紙を読み返すことをお薦めいたしますわ。
それと、そこの女生徒にかまけるのは貴殿方の勝手ですけれど謂われ無き罪を捏造されるのでしたら、わたくし、全力で貴殿方を叩き潰させていただきますわ」
言葉の最後ににっこりと笑みを浮かべ深々とお辞儀をすると、ルーシェは踵を返し、見苦しくない程度に急いでその場を後にした。
そのままパーティー会場の外に出ると公爵家の馬車が既に回されてきており、あの場からそっと抜け出して準備をしてくれた友人に感謝を述べるとそのまま馬車に乗り込んだ。
ゆっくりと動き出した馬車の中にはパーティーの招待状と一緒に今回の顛末が書かれた王よりの書状が鍵つきの箱に入れて置かれている。
もう何度も読み返したそれをルーシェは再び取り出すと、ゆっくりと目を通した。
王からの手紙にはルーシェに対する謝罪と殿下と側近達は廃嫡する予定ではあるが最後のチャンスとして卒業パーティーを自分達だけで正しく行えた場合は謹慎処分に変更し、教育しなおした上で適職につけるつもりであること。
そのため、ルーシェが行っている執行部の業務とパーティーの準備を全て取り止め彼らに任せて欲しいということ。
このことは彼らにも書面にて通達を行っているので例えパーティーが行われなくてもルーシェの責任にはならないということ。
ドレスコードの話や寄付金についても各家当主に話が通されていることなど。
簡潔に分かりやすく書かれた書面を確認したあと、ルーシェはそっと元に戻した。
ルーシェとて、会場内があれほどに灰色で染まるなど思っていなかったのだ。
執行部の面々と女生徒以外の全ての学生が灰色を纏っていたということは、彼らはもう皆に見限られたということだ。
廃嫡され、国の監視のもと一生を過ごすこととなる彼らとルーシェが関わることはもうないだろう。
混乱の原因となった女生徒にどんな処分が下されるのかはルーシェには分からないが、軽くて生涯幽閉と思われる。
到着をつげる御者の声に答えながら、ルーシェは唯一胸元を飾っていた翡翠のペンダントを外すと書面と一緒に箱に納め、馬車から降りていった。
「さようなら、殿下」
小さく呟かれた声は屋敷から響いた迎えの声にかき消され、落ち葉と一緒にルーシェの初恋は終わりを告げたのだった。