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さーん。

「おはようございます」


私は令嬢!! と、気合いを入れつつにこやかに笑って、一条家の使用人さんに家に上げてもらう。


そして玄関まで出迎えてくださった蓮様のお母様とお父様に挨拶をする。

忘れていたが、訪ねるなら連絡をいれるべきだった。

こういうところ前世の私が出てると思う。


突然やって来た私に驚いていたお母様とお父様だったけど、すぐにお綺麗な笑顔をつくってくれた。



「和泉さん、お久しぶりね」

「ご無沙汰してます。朝から申し訳ありません。蓮様はどちらにいらっしゃるでしょうか」


ほんと、今日は完璧な令嬢はやれない。

前世の記憶とがごちゃごちゃになってきて、いつも当然のごとく使っていたお嬢様言葉もどこか違和感を覚えるし、あってるのかすらわからない。


もうここは笑顔で誤魔化すしかない! と思い、にこにことやり過ぎなくらい笑顔を作る。

その笑顔をどう勘違いしたのかは知らないけど、あらあら。と心配そうに蓮様のお母様は眉を下げている。

お父様の方は柔らかく微笑みながら、蓮は部屋にいるよ。と教えてくださった。



使用人さんに蓮様の部屋へと案内され、こんこん。とノックをする。

蓮様を自分から訪ねたことはないので、少し緊張。


というか、こんな朝から来るとか非常識じゃないか?

うん、まあ、うん。

ほんと明日から頑張りますんで、今日だけはご勘弁を、ねっ。






小野瀬家と一条家は代々続く名家である。

一条家の方が多少立場が上なのだが、そこまで変わらないのですがね。


私と蓮様の通っている一貫校はかなりのお嬢様とお坊ちゃんが通っているのだが、誰も逆らえないと言われるほどの権力を持っており、カースト的には私と蓮様が頂上にいる形になっている。

カーストというのは実にくだらないけど、まあそこは立場上仕方ないので我慢しますよ。

だって“小野瀬 和泉”にとっては当たり前のことで、それなのに歪まずいい方向にまっすぐ生きていたのだから。


そんな両家は昔から仲が悪かったのだが、何故か私のお父様は一条家の主人───蓮様のお父様と仲が良く、そして一条家も小野瀬家も双方を敵に回すのはかなりの痛手だと最近になって気づいたということで、新たに協力して企業を立ち上げ、昔よりも両家とも更に繁栄をしてきている。


そんなこともあって、もっと深い繋がりを持ちたいと考えた両家は、同じくらいの年頃の跡取りを婚約しようと企んだのだ。


そして私と蓮様は婚約者、ということになっている。



大人の事情は複雑である。

そんなの無視して婚約破棄したいが、一応私は小野瀬家の跡取りなのでそんな自分勝手な行動はできない。

立場というのはどうでもいいと投げ捨てたいけど、至極大切なの事なのだ。

だってそれでいい思いもしてるし、それと同じだけ辛いことだってある。


なのに物語中での蓮様は、ほんの少し身分が上だからって、繋がりを持つために仕組まれた婚約を、庶民で外部生のヒロインのために蹴ったのだ。

庶民だとか外部生だとかを差別するわけではないけど、私たちには何度も言うけど立場というものがあって、ただ読むときでは理解していなかったけど実際“小野瀬 和泉”になってわかった。

私と蓮様は優しい両親に恵まれていたけども、それでも道具として使われる立場に生まれているのだ。

だから、普通に考えて作中の蓮様は親不孝者である。




実に愚かであります。

愛とは何でしょう。






「蓮様」



ノックをしても返事がないので、声をかける。

その途端、ガタガタッと部屋の中から音がして、首を傾げる……と同時に、蓮様が勢いよくドアを開けた。



「っ……和泉。どうしたの、朝から」



取り繕っていつものように王子様スマイルをしているつもりか知らないけど、蓮様、どんだけ驚いてるんですか。

確かに、記憶を思い出すまでの私は蓮様を好いていた上に、王子様のような蓮様に近づくのはおこがましいとか変な考えに走って避けてはいたけども。


……これは、判断に迷うなぁ。




「申し訳ありません。少しお話よろしいですか?」



笑顔で押しきる!!

これしか私は持っていないのでありますです。



「失礼しますね?」



ははははは、もう押しきる!

制止なんぞ聞かないわ。

こっちは頭の中ぐるぐるしてんだぞ。



「さ、蓮様。お座りください?」



勝手に蓮様の部屋に入る。

適当に無駄に広い部屋の中のまん中の床にペタン、と座り込み、目の前の場所を手で挿す。

蓮様はドアのところで困惑の表情をしているけど、あ、うん……? うん。と大人しくドアを閉めて私が差した場所に腰を下ろした。




「単刀直入に申し上げます」



にっこりと微笑んでそう口に出せば、目の前の蓮様が、は。と驚きの声をあげる。

……何を誤解したのかは知らないけど、なぜそんな危機迫った顔で見つめるの。

自分の王子様のような顔は自覚しているはずなのに……あ、罠か!?



「ちょ、…と、待って。何? 和泉、どうかしたの?」



なぜそんなに焦っているのか。




「実は私、転生者なんです」




蓮様の、ひゅっと息が詰まる音が聞こえる。

うっわ、引かれた?

引かれたよね、これ?

あっ、これ多分私しくじっちゃったやつ?

え、でもでも一応確信めいたものがあったような気がする、なぁ。みたいな、あのあれっていうか、あばば。


呆然とこちらを凝視している蓮様の顔を覗き込もうと近づく。

こ、これは弁解の余地はないかなっ!?

頭おかしいって思われてもいいって言ったけど、やっぱりそれってつらいです、みたいなぁぁ。




「れん、さ……」



とか、考えてたら。


ドサッと押し倒されて、綺麗な顔が間近にあって、えっ、いやぁ“小野瀬 和泉”もかなりの美少女だし王子様な蓮様と並んでも遜色なんて何それ食べれるの状態なんだけど、でもそんな人形みたいな美貌が間近に迫ってたらあれっていうか、あれ? あれってなんだろ、いやそんなことどうでもいいんだけど……えっ、何この状況ぅぅぅ……!!!



「……ま……?」



私の両手を押さえつけて、上に乗ってる蓮様。

……えっ、と、何だ?

転生者とかくだんねー嘘ついてんじゃねーよクズが。とかそういうこと!?



「どいて…くださ、い…?」




まっすぐ、蓮様の目を見つめる。





ああ、確信。







「久世先輩」








髪の毛の色も目の色も口調も笑顔も態度も声も。


すべてすべて変わっていて、私の知ってる“久世(くぜ) (いつき)”ではなく、私の知ってる“一条 蓮”であり。




それでも、私のことをまっすぐ見つめるその目、が。


私の知ってる久世先輩で。





だから、つまり。





「久世 樹先輩ですよね……?」




何故、わかってしまうのか。


何故、そこまで大事な存在だと認識しているのか。



記憶が曖昧だから、よくわからないのだけど。

でも。


─────会えて、よかった。




蓮様──久世先輩が顔を歪める。

それに王子様の面影はない。


でも、よく久世先輩がしてた表情。

呆れたような、そんな顔。

嫌がってはないんだ、むしろ嬉しがってるみたいな、素直じゃない久世先輩らしい顔。



「先輩、お久しぶりですねぇ」

「…………」

「ん? 何ですかー? 感動ですかー?」



……返事がない。


押し倒されたままの状態で抱き締められたので、私も背中に手を回す。





「……っ遅いんだよ……! バーカ!」




ぎゅうぎゅうと痛いほどきつく。


でもその痛みが、“橋本 茜”である私が“小野瀬 和泉”としてこの世界にいるのだと、ここにいてもいいのだと、ちゃんと存在してるのだと、自分でもよくわからない不安を拭ってくれた。


だから、涙が溢れた。




「っ先輩、先輩ぃ……」

「……ん、」

「何でかはわかんないんですけどぉ、何か、もう、ほんと。会いたかったです…」

「……ん、」



「………名前」







「──────茜、久しぶり」







そこで、私の意識は途絶えた。




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