にー。
【アリス】は、私が前世でハマっていた少女漫画である。
どのぐらいハマってたかと言うと、“小野瀬 和泉”に転生して十四年間生きてきた今でもあらすじを語ることのできるほど。
ヒロイン、佐原 有栖が入学式の日、生徒会長として壇上でスピーチしたヒーロー、一条 蓮に一目惚れしたところから物語は始まる。
一条に婚約者がいることを知りながら、有栖はそれでも諦められないと生徒会に入ってまで一条にアピールを続ける。
一条はその一生懸命でまっすぐな有栖に惹かれていき、二人の距離はどんどん近くなっていく。
そんな中、一条の親友である高良と有栖が仲良く話しているところを見て、一条は嫉妬し有栖を突き放してしまう。
慰めてくれた高良に有栖の気持ちは揺れ、高良に告白されて付き合うことになる。
しかし、自分の本当の気持ちに気づき、一条に告白する。
一方、一条は親に決められた婚約と言えど婚約者を好いてはいたが、婚約者に対する感情が妹としての好意だと気づき、婚約者に別れを告げ有栖と付き合う。
そのとき高良と有栖はまだ付き合ったいたため一悶着があって親友だった高良と一条の仲を拗らせることになってしまう。
そして一条に猛アピールする有栖に元からあったいじめが、付き合いだしたことで更にヒートアップし、その犯罪一歩手前ないじめの首謀者に注意をしていた一条の婚約者が一条と付き合いだした有栖に嫉妬する気持ちからの犯行だと誤解され、有栖がそのことを婚約者に直々に問いただしたため更に疑いが濃くなり、婚約者は学園追放となる。
後に誤解はとけ、有栖は婚約者に謝罪をし学園に戻ってくるように説得するが、婚約者は拒否し、有栖に「あなたは頑張って」という言葉を残し去っていく。
そこで有栖が笑顔で「はいっ!」と可愛く返事をして、物語は終わるのだが。
私は思う。
このヒロイン、くっそビッチじゃね!? と。
そりゃ、確かに私はこの少女漫画にハマってましたよ。
ヒロインは好きじゃなかったけどな!!
まずヒロインさ、何で婚約者がいるのに諦めないわけ!?
何で無駄な行動力で生徒会とか入るわけ!?
そんで、何でヒーローの方は惚れちゃうわけ!?
てかヒーローと親友の仲は拗れたまま終わってんじゃん!?
つーか証拠もないのに婚約者問いただしてんじゃねーよ!!
学園に戻ってくるように説得、とか元はといえばヒロインが全部悪くない!?
ヒロインもヒーローも優柔不断過ぎるんだよ!!!
いやまあ、ヒーローの外見はいかにも王子さまって感じでもろタイプだったけど、そういう問題ではなくてだな。
じゃあ何で私がこの少女漫画をあらすじを長々語れるほど読んでいたかと言うと、ぶっちゃけ婚約者様が大好きだったのだ。
自分の婚約者によくわからない虫がつき、それでもにこにこと笑顔を絶やさず我慢して。
婚約者様は他人に優しく自分に厳しい人だったから、ヒーローがこっちを見てくれないのは私が悪かったのだと自分で自分を責めて。
邪魔なはずのヒロインがいじめられていると知れば、ヒロインに恩を着せるでもなく陰で何度も注意をして。
なのに、その結果が学園追放。
それでも、婚約者様は最後まで気高く振る舞うんですよ。
「私にもう蓮様は必要ありませんわ。蓮様もでしょう?」と!!!
十年以上一緒に過ごした婚約者のその言葉、そしていつもと変わらない綺麗な笑顔。
ヒーローがそのとき何を思ったかは知らないけど、後悔してくれさえすれば婚約者様は少しでも報われていただろうと思うのに、それでも婚約者様は物語中で一番不憫なキャラとして終わる。
そんな婚約者様はかなりの人気で、私と同様 婚約者様目当てで漫画を読んでいた人がたくさんいた。
そしてそして、そんな婚約者様が不憫なキャラとして終わるのが許せないとネットが激しく炎上。
それを受けて、高良と一条が婚約者様を奪い合うスピンオブ版が出ていたりする。
わかっている方が大半だと思うけど、その“婚約者様”が今世の私、“小野瀬 和泉”というライバルキャラであります。
そう、前世の私は“小野瀬 和泉”というプライド高くも健気で純粋な女の子を愛してやまなかったのだ。
それは部活の先輩にも薦めまくってしまうほどに。
そして、死ぬ間際に“小野瀬 和泉”になりたいと、願ってしまうほどに。
死ぬ間際、私がそう願ったから今私は“小野瀬 和泉”をしてるのかはわからないけど。
一つだけ言えることは、ここは少女漫画【アリス】の世界────もしくは、【アリス】に限りなく近い世界だということである。
実を言うと、今日前世の記憶を思い出す前から違和感は感じていたが、今日思い出した記憶も穴だらけなのだ。
非常に少なく、少ないからこそまだ冷静に整理できるほどの余裕が残っているわけでして。
私が思い出しているのは、前世の自分のこと、【アリス】のこと、死ぬ原因となった事故のことをぼんやりと、そして“あの人”のことである。
事故のことは非常にぼんやりとしていて、飛ばし飛ばしで一コマごとに思い出せるくらい。
とりあえず居眠り運転の車が突っ込んできたなぁみたいな場面が脳に浮かぶだけ。
自分のことと【アリス】のことはかなり鮮明なので、どういう法則なのかはわからない。
そんなことより、前世の私はかなり“小野瀬 和泉”とかけ離れている。
自分の意見をあまり主張せずに、プライドとか自信なんて皆無で、それでも人間関係を良好に築くために身に付けていた事勿れ主義。
そんなかっこ悪い人間が、前世の私が愛してやまなかった、あのかっこいい“小野瀬 和泉”になれるはずないのだ。
一応、もうヒーローの蓮様とは会っている。
週三程度で2つ年が離れていて蓮様は高等部だというのに家に迎えに来て、一緒に登校することを強いられる。
あんなだと恋愛なんてできないし、しようとも思わないよなぁ。
だからさ、妹に対しての好意ー、とかさ、ヒロインのことがー、とかさ。
かなり怒っていいことだと思うんだよね。
だって今ならわかる。
記憶を思い出す前の私は、確かに王子様のような蓮様が好きだったし、そんな蓮様に釣り合うように血の滲む努力をしてきたと思う。
なのに、いきなりでてきたヒロインに呆気なく奪われちゃうわけだよ。
いくら気楽にのらりくらり生きてきた私でも怒っちゃうくらいは理不尽だよ。
だから、だから私は。
完璧な“小野瀬 和泉”にはなれないし、今でも憧れたりするけども。
でも、私なりに気高く生きたいと思うのです。
前世とは違う生き方をしたい。
ちゃんと意志を持って、それでも慕われるようなそんな人になりたいと強く思うから。
「和泉お嬢様、着きましたよ」
「……ありがとう、東野」
一条家の豪邸。
家柄は小野瀬家と大差はないけど、若干一条家の方が身分は上。
だからヒロインと付き合えて、婚約解消ができたのだけど。
確信はない。
ただ、そう期待したいだけ。
ただ、可能性が高いだけ。
ただ、信じたいだけ。
頭おかしいって思われてもいいよ。
でも、もしあなたもそうなら協力してほしい。
私は、とりあえずビッチなヒロインを倒すことにしました。
───────先輩と一緒に。