いーち。
“せんぱーい!! 久世先輩!! おはようござい、って何で先行くんですか、泣きますよ!? シカトはやめてくださいよー!”
久世先輩……?
“ほんっと、お前うるさい”
誰だっけ。
何で、忘れてるんだっけ。
“お前じゃないですよ! あ、名前忘れました!? 先輩アホですか!?”
“……うっざ”
でも、多分とっても大切な人だから。
だから、忘れてはいけなくて。
覚えてないと、ダメで。
“でも何だかんだ相手してくれる先輩愛してます! ってことで名前呼んでください!”
“はいはい、茜。おはよ”
茜……?
茜って、誰だっけ。
“おはようございます!”
────────ああ、私だ。
朝起きて、私の頬は湿っていて。
泣いたのか、私。って冷静に考えて。
それで涙のあとをゆるゆるなぞる。
鏡を見て、目が腫れていないか確認して、よし! って小さな声で気合いを入れて、中等部の制服に袖を通す。
そしていつものように笑顔を作って自分の部屋を出た。
「「おはようございます。和泉様」」
「……お、おはよう」
“いつも”の使用人さん達の挨拶なのに、“違和感”。
小さな頃から、と言っても“あの人”に会ってからだけど、いつも感じていた違和感の正体を、私は今日初めて理解することになる。
ぶっちゃけ言うと、私は転生者です。
あっ、頭イカれてんのか。とか真顔で言うのやめて傷つく。
精神病院、検索するのもやめてくれ。
前世の私、橋本 茜。
今世の私、小野瀬 和泉。
前世の私はごく平凡な女子高生でありましたですよ。
本当に本当に“ごく平凡”。
のらりくらりゆるゆると気楽に、そして基本的に事勿れ主義だったのでへらへら過ごし、友達にも恵まれていたし、部活も楽しかったし、唯一の趣味の少女漫画を休日になると読み耽るそんな日々。
オタクだオタクだと友人から言われていたけど、読む専門だし、まあかなりハマっていたなぁとしみじみ思うくらい。
そんな平凡女は、16歳でこの世を去ることになる。
よくある“不慮の事故”ですよ。
学校からの帰り道、居眠り運転のトラックが私達に突っ込んできて、そして呆気なく死んだ。
軽く言ってるけど、まあアレだよね、へヴィーだよね。
まあ、それだけは“平凡”ではなかったと思う。
そう考えれば、まあ普通にラッキーだったんじゃないかと……血迷いそうになったけど、何がラッキーだ、バカじゃなかろうか。
トラックの運転手さんは、犯罪者という罪を背負って辛く辛く生きてほしいと切実に思う。
いや、別に生きなくてもいいです、へへ。
ああ、そういや私。
死ぬ間際に、気が動転して間抜けなことを願ったような気がしますなぁ。
─────小野瀬 和泉になりたい、と。
考え事をしながら、朝食を終える。
どこか上の空の私を両親は心配そうに見ていたけど、ごめん余裕がないんだ。
冷静に“前世”と“今世”を整理しているけど、今にも倒れそうなくらい頭がくらくらしてます、はい。頭痛い。
でも“小野瀬 和泉”の元のスペックか、笑顔を作るのはうまくできるし、頭の作りもいいので今はまだショートはしないでしょう。
倒れるのは、あとからでいい。
確かめたいことがあるのだ。
会いたい人がいるのだ。
会って、感動の再会でもして、そんであの人の前でぶっ倒れてやるのだ。
あてはある。
どうやら、この世界は都合のいいようにできているみたいだから。
姿見を確認する。
……ああ、小野瀬 和泉ですなぁ。
ややつり目の瞳は、ガラス細工のように透明で青い。
さらさらと肩に落としている黒髪は艶がある。
透明感があって、陶器のような真っ白な肌。
知っといてほしい。私は別にナルシストというわけではなくて。
ここまで自分の容姿を過大評価するのは、私であって、私ではないからである。
「お母様、お父様。行ってきます」
にっこり笑って家を出て、少し早いんじゃないかしら。という心配そうなお母様の声を聞き流す。
いつもいい子ちゃんなんだなら、今日くらいは勘弁してくれ。
頭が、痛い。
他の人には見えないように、眉間にシワを作りながら、送迎用の車に乗り込む。
運転手の東野に、
「一条家に向かってくださるかしら?」
と頼むと、少し驚いて目を見開いたあと、了解しました。と柔らかく微笑まれる。
ああ、“お嬢様”が板に付きすぎて自分が怖いよー。
どうなの、これ何なのどうするのー。
頭を抱えて、車の窓に頭をガンガンぶつけて意識を失いたいよー。
眠りにつきたいよー。
とりあえずこの状況説明求む。
いや、“あの人”に説明してもらえばいいのだけど、私の予想が当たってるかすらわかってないんだから、どうしようもないわけで。
だから今から確認しに行くのだけど……あー、ほんと。
「何で私……」
少女漫画【アリス】の、ライバルキャラになんか転生してるのよー……。