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僕と先生3

作者: 久絽

………………………………………………………………………………

僕はどこにでもいる、平凡な、たいくつな少年だ。

夜間学校の成績は中の上。栗毛にそばかすだらけのルックスは自分でもどうかと思う。

あと、頑固で融通の効かない大人が嫌いだ。

向かいに住んでる工場の親方なんかには生意気だということで近所のくそがきとしてひとくくりにされている。

失礼だな。鼻水垂らして遊びまわる坊やと一緒なわけだ。


まぁ、大体そうだ。

子供はこども。

親も僕がやたら新聞のネタや家業の本屋ことで意見したりたずねたりするとお決まりの文句を繰り出す。

「こどもは黙ってなさい」

僕は好きで子供なわけでも好きで大人になってくわけでもない。それに手伝わせといてそれはないだろ?



僕は午前中家業の本屋の店番をし、夕方から数時間学校に通っている。

今日も先生のところへ行くのは勉強を見てもらうため。


………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………先生と会ったのは先生がうちの店に来たのがきっかけだった。


その日は雨で、外を行き交う人もまばらだったがそんななか古風なコートを羽織って入って来たのが先生だった。

店内は他に誰もいない。

先生はグレイがかった糖蜜色の髪を婦人のように器用にひとまとめにした上から帽子を被り、年季のはいった、だけど上等そうな焦げ茶のブーツを履いていた。

全体に変わった印象で中性的なタイプの人だ。つり目だが透き通った翠色の目をしている。


その澄んだ瞳で、狭いけれどぎっしり、大人の身長の遥か上まで本の並ぶ店内を見回すと靴音を立てて目的の本を探し始めた。



ご入り用の本がありましたらお探しします。


カウンターからでて近くまで歩み寄ると帽子を少し深く被りなおして、



プランメリア、あるかい?今月号。



プランメリアとは婦人の間で人気のファッション雑誌だ。

声が低いので先生が女だとは思わなかったが通常男なら用のないジャンルである。だから当然不思議に思った。



ああ、売り切れちゃいました。在庫に1冊しか入れないもので…よければ取り寄せましょう。



やや沈黙してから短く、頼む、と言った。

誰かのお使いで恥ずかしながら買いに来たんだろうか…?

注文票を書きながらちら、と様子を伺うと先生はじっとこちらを見ていてびっくりした。




君、



きつい印象になりがちなつり目なのに翠の瞳はまっすぐ見透かすように僕を見ている。


妙にドキドキした。


それは女の子にするドキドキとも憧れの人にするドキドキとも、クラスメイトの前でスピーチするときのドキドキとも、どれとも違う。

なんだろう。

不思議なものを見たような。亡霊を、夢でも見てしまったような。



それ、スペルが違う。プランメリアの最後、aじゃなくてrだ。



指摘されてハッとした。僕は書き直すと写しを彼に渡した。


そんなふうにして本が入荷したら取りに来ると約束をし、帰っていった。


………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

店番を終え、学校へ行く前のわずかな時間、僕はルヴォアハウスへ行き、勉強を見てもらう。


先生は語学に優れ、人並外れて記憶力が凄かった。これと思ったものは大体暗記してしまう。

聖書はほぼ暗唱できる。これを知ったときは本当にびっくりした。

子供の僕を馬鹿にして何かからくりでもあるかと疑った。

しかしそんなものはなかった。


先生と出会ってからそれを知り、紆余曲折の末に条件付きで勉強を見てもらえることになったのだ。

条件は二つ。先生が先生なのか、何者なのか、聞かないこと。

日用品のお使いを頼まれてくれること。

このふたつだ。

そのかわりタダで見てくれる。



妙だった。子供とはいえ僕でもそれくらいわかる。何か妙な、不自然さが。

先生はどこか変わっていた。

見た目だけじゃない。何か言い表せない、僕のまわりの大人との違い。

でも、僕はそれでも良しとした。

先生は悪い大人ではない、それだけはなぜだかわかったから。


…………………………………………………………………………………………………………………………………………………

先生、今月号です。



ルヴォアハウスに着くと頼まれていたプランメリアの最新号を先生に渡した。表紙は季節もののコートの特集でやけに大きな襟ぐりで裾の広い、真っ赤なコートを来た女性が載っていた。



ありがとう。



そんなコート来てる人見たことないですよ。



ああ、私も見たことない。いいんじゃないか、馬車に轢かれたりしなくて。



皮肉たっぷりに言う先生はどうやらこの婦人雑誌のコラムを書いているらしいのだ。出版社がケチでタダでは送ってこない、まったくもってケチだとぼやきながら毎月僕の本屋からわざわざ買っている。




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