91. 勇者と野獣
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天界、崩壊した宮殿の上空。
見たこともない白い空に覆われたその中で、激闘を繰り広げる2人がいた。
「はぁ!」
「おらぁ!」
レイドVSジン。
互いの武器は、伝説の剣『風剣ウィム』と、刀のように鋭利に伸びた野獣の爪。
その2つがぶつかり合う度に、鈍い音と火花が飛び散る。
風剣ウィムの能力により、スピードは若干ながらレイドが勝っているように思える。だがそれでも、ジンにはキズひとつつけられないでいた。
「ちっ、なんつー硬ぇ身体してやがる……!」
レイドは攻めあぐねていた。ツヴァイの時もそうだったが、いくらスピードで翻弄しても肝心のダメージが与えられなければ全く意味がない。風剣ではジンに立ち向かうことは出来ないと悟り始めていた。
「ははぁ! どうした勇者! ちっとも効かねーなァ!」
反対にジンはドス黒い瘴気を身に宿しながら猛る。
「まァ……空中戦じゃあテメェは『風剣』しか使えねぇから無理もねーか」
ジンは牙をギラリと覗かせて笑うと、自身の伸びた爪に黒い瘴気を纏わせ始めた。
恐らくは威力の増強……。その両手には、まるで邪悪な蛇が禍々しく蠢いているかのようにも見える。
戦況は確実にレイドの劣勢へと傾いていく。だがレイドは焦ることなく、目を閉じて深呼吸をした。
「……へへ。ナメんなよ、ジン」
そうして目を開けるレイド。同時に魔力が薄いオーラとなり、目に見えるほどに上昇していく。
これは強がりでもハッタリでもない。そしてレイドは『シーカー』を出現させ、もうひとつ_____剣を取り出した。
「出でよ、『炎剣』!!」
ぐわっと勢いよく『シーカー』から引き抜かれたのは、『炎剣フレアノック』。一瞬眩く紅い閃光を周囲に放ったそれは、一転して焦げ墨のように刀身を黒く変貌させ、レイドの右手におさまった。
「!! ……二刀流だと!?」
ジンは片眉を上げ、少なからず動揺を見せる。
右手には炎剣、左手には風剣……初めて見せるレイドの戦闘スタイルがそこにあった。
「ここ最近使ってなかったからな。お前が知らないのも当たり前だぜ」
レイドは右手を引く。そして風剣による超スピードで、一瞬にして数メートル先のジンの懐に詰め寄った。
「!!」
「でぇあ!!」
そこから放たれる炎剣の一撃_____。ジンはそれを爪で防ぐが、炎剣はボウっと命を吹き込まれたかのように紅く色づく。
「ぐっ……! 『風剣』のスピードを上乗せした『炎剣』の連撃……!」
ジンは風剣を持ったレイドのスピードに対応しきれない。彼の脳裏にうっすらと『危険』の2文字がよぎる。
「おららららららぁぁ!!」
レイドはこの好機を逃すまいと、風剣によるスピードを最大出力で発揮しながら炎剣をぶつけていく。
一撃。
十撃。
十五撃_____。
その度に威力を増してゆく炎剣フレアノック。ため息が出るほどの深紅の刀身を宿したその剣は、徐々に徐々に、ジンの爪の盾を追いやってゆく。
そしてついに_____。
「____これで、どうだぁ!!」
大きく振りかぶったレイドの剣撃が、ジンの防御を打ち砕き多大なる衝撃を与えた。
「っち……!!」
ジンは、衝撃で荒れ果てた大地へと激突する。轟音と砂煙を辺りに撒き散らしながら、ただそれでもジンは怒りとともに立ち上がった。
「クソがぁぁ……!!」
頭に乗った小さな石ころや埃を払いのけながら、憎悪に満ちた目で地上に降り立つレイドを睨みつける。
「……マジで応えてねーな、おまえ。『地剣』みてーに硬い奴だ」
少しばかり息を切らすレイド。地に足をつけ、風剣を『シーカー』にしまった。
「はっ。『伝説の剣』……。それがその威力だってんなら、大したこたぁねーぜ」
ジンは折られた爪を再び生やし、嘲笑う。ハッタリではく、今度は自信に満ちた表情で。
「まだ剣を全部見せた訳でもないのに、随分な強気だな」
「分かるさ……。テメェの持ってる剣のことなら、な!!」
言い終えた瞬間。ジンはフッと姿を消したかのように、レイドに突撃する。
「速い_____!?」
先程にも増しかのように思えるジンのスピード。
だが、それは真正面から突撃してくるだけの単調な攻撃。レイドは炎剣を盾にし、重い金属音と共にジンを捉えた。
「炎剣は攻撃する程、防御する程強さを増す! 今度こそ終わりだ、ジン!」
そう言って、かつてないほどの光を宿した炎剣でジンに斬りかかる。
「でりゃあぁ!」
_____だが、その一撃は。
ジンの肩で刃を止めたまま、その威力を殺されていた。
「____!? な_____」
「『攻撃と防御をする程、強くなる』か……」
ジンはニヤリと笑い、剣を掴んでレイドをグイッと引き寄せる。
「そりゃあ、テメェの剣だけじゃねぇぞ、コラぁぁ!!」
そうして迫り来るレイドの額に向けて、頭突きの一撃をお見舞いした。
「がっは……!!」
ダメージを負い、倒れこむレイド。堅固な大岩に突撃したかのように額から血を流すが、それ以上に『疑問』がレイドの脳に浮かんでいた。
「馬鹿な……! 何でお前も『炎剣』と同じ能力を_____」
ジンを見上げると同時に、レイドはハッと目を丸くする。
今までの些細な疑問が、ここにきて大きな真実となって降りてきたかのように。
あるひとつの『核心』へと、考えを至らせた。
『地剣』のように硬い身体_____。
『風剣』に似た飛行能力_____。
そして『炎剣』と同じ、闘うほどに強さを増していく能力_____。
「____まさかお前……!!」
「やっと気づいたかよ、勇者!!」
ジンは黒い瘴気を自身に撒き散らし、耳を劈くような笑い声を放つ。
「俺様はなァ、テメェの持つ『伝説の剣』の全ての能力を受け継いでんだよ!!」
そのまま倒れこむレイドを思い切り蹴り上げるジン。
「ぐぁ……っ!!」
レイドは後方へ吹き飛び、ごろごろと転がって石柱にもたれかかる。
「ハハハァ、もう虫の息かァ!? 勇者ァ!」
勝利を確信するかのように、ジンはトドメを刺すためにレイドに一歩ずつ近寄る。
「安心しな……! すぐに楽にしてやっからよォ……!」
闘いの最中で強くなる、恐るべきジンの能力。レイドはもたれた柱を利用して立ち上がった。
「くそ……。敵にするとこんなに厄介だとはな、『伝説の剣』……」
額の血を拭いながら、しかし彼は微塵も諦めてはいない。
気を落ち着かせ、冷静に勝利の糸口を探していく。
「『炎剣』の性質……『風剣』のスピード、飛行能力……『地剣』の破壊力と防御力……」
そして、残された最後のひとつ……。レイドは、その『可能性』を導き出した。
「……使うしかないか、『あの技』を……!!」




