7. メイドが帽子でゾンビは沈む
絶賛就活中の僕ですが、内定を頂きました!やったー!
『武闘大会』_____
数多の実力者がそれぞれの誇りをかけ、強さの証明をする為に集う大会。プロスパレスでは毎年春の時期に開催され、今日はその3日目……最終日である。
「栄光が……欲しいかぁーーーー!!」
「ウオオオオオオ!!
「英雄に……なりたいかぁーーーー!!」
「ウオオオオオオ!!」
円形の闘技場の真ん中では、屈強な男達が鬨の声を上げている。リリたちはその光景を見下ろすように、上へと連なる観客席にいた。
「さすがに最終日となると、盛り上がりもすげぇっすね」
「そうですね……。試合が始まれば、動き易くなる筈です。それまで待ちましょう」
熱い闘技場の中、リリは冷静に分析していた。観客や選手が試合に集中している内に、勇者の手がかりを見つけ出すつもりだろう。しかし、リリたちは気付かなかった。自分たち3人を見つめるその視線に……。
「ねぇママ、あれ見て」
「ん? どうしたの、アルマ」
リリたちにじっと視線を送る、アルマと呼ばれたその少女は、指をくわえて母親を見上げた。
「あれ」
母親を見ながら、くわえていた指で方角を指し示す。その方角……中心を挟んで向こう側には、人で混雑したこの闘技場でも一際目立つメイド姿のお姉さんがいた。
「あれは……メイドさんね。あの人がどうかしたの?」
「メイドさん?」
初めて聞く言葉に首を傾げ、気にいったのかぴょんぴょん跳ね出す。
「メイドさん、メイドさん!」
頭にかぶった麦藁帽子と、三つ編みの綺麗な青い髪をなびかせ、何度もその単語を口に出しながら人混みの中を歩き出した。
「あ、コラ、待ちなさいアルマ!」
アルマの母親も、その後姿を追いかけて行った。
「ではこれより、これまでの闘いを勝ち抜いて来た猛者共の、最終トーナメントを開催する!!」
司会の男が、右手に持ったマイクで熱く試合の進行を務める。
「1回戦、今大会のダークホース!!エディス・ポニー!!」
左手を大きく広げ、高らかに選手の名前を叫ぶ。
「VS!!期待の新人!!ゴロミナ・ドラゴンベアー〜〜〜〜!!」
「ウオオオオオオ!!」
両選手の登場と共に、場内が歓声に包まれる。
「凄い熱気ですね。ウル太郎さんはどっちが勝つと思いやすか?」
「そりゃあ……ドラゴンの圧勝だろ。名前からして」
「ですよね、向こうポニーですからね」
リリの指示を待つ2人は、なんとなく試合を眺めていた。そして数分後……。
「あぁ、そこ! かぁーっ、俺だったらアッパー喰らわすのに!」
「なかなかやりますね、ポニーも」
2人の予想に反して試合は白熱している。どちらも退かない互角の勝負で、互いの疲労は限界まで溜まっていた。
この時間がベスト____。決着がつくかどうかの瞬間。闘技場のスタッフ含む全ての人間の注意が試合に向き、動き易くなる時間。完璧なタイミングだ。
「よし、そろそろ頃合ですね。2人とも、勇者の手がかりを探しましょう」
策士リリにただ1つの誤算があるとすれば、それは……
「ポニー! ポニー! 頑張れーー!」
「そこです! アッパーですよーー!」
……お供がこの2人だという事くらいか。どこで買ったのか、酒とつまみを広げて試合に熱中し、その場を動こうとしなかった。
「2人とも! 何、試合に夢中になってるんですか!」
「いや、だって今ポニーが凄いですよ!」
「そうそう! 一度倒れながらも、なにか揺らぐ事のない固い意志を持って立ち上がったんですよ!」
「知りませんよ、そんなの!」
興奮するゾンビとオオカミにひとしきり叫んだ後、リリは額に手を当ててため息をついた。
「こんな調子じゃ、いつまで経っても勇者を見つけられませんよ……」
「メイドさん」
「えっ?」
落胆と共に視線を下げると、そこには知らない女の子が不思議そうにリリを見上げていた。突然現れたその女の子は辺りを見回すと、ゾン吉を見て目を止め、数歩歩いて足を止める。
「メイドさん、メイドさん」
「め、メイドさん? あっしが?」
ゾン吉の目の前で両手を上に広げ、楽しそうな声でぴょんぴょん跳ねる。
「困りましたね……。迷子でしょうか」
リリが膝を曲げ、女の子と視線を合わせる。その脈絡のない言葉から、ベゼルよりも少し幼い印象が見受けられる。
「こんにちは。どこからきたの? パパとママは?」
「メイドさん、メイドさん」
リリの呼びかけに見向きもせず、ただ女の子はゾン吉を見上げて跳ねていた。
「あっしはメイドさんじゃないですよ……」
「アルマ!」
ゾン吉が困っているところに、母親が人混みを抜けてやってきた。
「もう、この子はウロチョロして……」
「む〜〜」
「すみませんでした。この子が失礼な事を……」
母親は深々と頭を下げ、アルマを抱っこした。親子揃っての綺麗な青い髪に、暫くリリは見とれていた。
「ああ、いえ、大丈夫ですよ」
手を軽く横に振り、アルマに向かってほほ笑む。
「ママ、見つかって良かったねー」
「うん。でもね、メイドさんほしいの」
「メイドさん?」
「うん。あれ」
アルマが指差したのは、ゾン吉のソフト帽だった。どうやらメイドさんという名前だと勘違いしているようだ。
「メイドさん……って、この帽子ですかい? これ、欲しいんですかい?」
「うん。」
アルマは自分の麦藁帽子をゾン吉に差し出した。
「これと、こーかんして」
幼いながらも、中々どうして世の渡り方を分かっている。アルマは物々交換を持ちかけたのだ。自分の帽子と、ゾン吉の帽子。それ程大切なものでもない為、ゾン吉は帽子を外してアルマに渡した。
「いいですよ、タダであげやす。大事にして下さいね」
「ゾン吉、バカお前……!!」
ウル太郎が叫んだ時にはもう遅かった。帽子という防御壁を外したゾン吉は、素顔が丸見えになったのだ。人間の顔とは思えない、ゾンビの顔が。
「あ……」
「キ、キャーーーーー!! ゾンビよ、ゾンビ!!」
隠そうとしたところでどうにもならない。この人混みの中、ゾン吉の素顔を見た1人の女性が叫びだした。歓声に包まれている場内だが、その叫びは周囲の人間に届き、やがて連鎖していく。
「おい、あれ魔物じゃねえか?」
「ほんとだ、ゾンビだよ!」
「うわあああ! 気持ちわりぃ!」
「しかもハゲてるわ!」
ゾン吉に放たれる数多くの罵声。その1つ1つが、デリケートな彼の心に牙をむいた。
「魔物……気持ち悪い……ハゲ……」
呆然と復唱した後で、彼は膝から崩れ落ちた。
「ああああぁ、もうダメです、あっしなんて所詮ゾンビですから……」
「ゾ、ゾン吉! しっかりしろ! 大丈夫、髪なら後頭部に少しあるだろ!」
「そうですよ、ゾン吉さんは完全にハゲてはいませんよ!」
2人は慌ててゾン吉をフォローするが、逆効果である。むしろ加害者だった。
「それって99%ハゲじゃないですかぁぁ……」
負のオーラ全開のゾン吉は膝から崩れ落ちるだけでは飽きたらず、その場に寝そべった。周囲の人混みはゾン吉達を避けるように遠ざかる。
しかしこのままではマズイ。騒ぎが大きくなれば、勇者どころか人間界にもいられなくなる。リリは必死に打開策を練った。
「あ、あなた達、悪魔だったの?」
「あのその、いや、ええと……」
アルマの母親も当然驚き、一歩退く。策士リリは目を渦のように回しながらも、思考を張り巡らせるが、依然としていい案が思い浮かばない。
「何かあったのですか?」
やがて闘技場の関係者もやって来て、事態は更に悪化する。
「あっ、スタッフさん。あいつらゾンビですよ」
「なんだって!? ……本当だ、ゾンビじゃないか!!」
よもやリリとウル太郎までゾンビ扱いされ、最悪の状況に。
「ど、どうしましょうリリさん……、自分たちまでゾンビにされちまいましたよ!」
「うう……」
周りは人間に囲まれ、絶体絶命。この危機を果たして乗り切れるのだろうか……?