68. 天界、襲来⑥
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上空に現れし巨大な球体、『隕石』。
アドネーにより放たれたその魔法は、ゆっくり、確実に、直下の王都へと降り立とうとしている。
王都全域が完全にそれに呑み込まれるまで、目測にして残り5分を切った頃だった。
ミサイルの如きスピードで空を翔け上がり、恐れなく球体へと向かって行く一人の青年。
今、王都の未来は、この一人の青年_____勇者レイドに託されていた。
「うおおおおお!!」
風剣ウィムの飛行能力により、瞬く間に球体の眼前へと対峙するレイド。しかし、その勢いは球体の手前50メートル程で打ち止められる。
「おおおおお_____って、熱っつ!!」
レイドの進撃を阻むかのように、球体はその『熱』を持って迎え撃つ。レイドはじわりと汗で滲む額を腕で拭った。
「流石に近くまで来ると……スゲーデカさだな……」
目の前を覆い尽くすのは、オレンジ寄りの真紅の中にポツポツと黒い斑点を浮かべる、得体の知れない物体。
改めて彼は思い知らされる。その威圧感と、コレを一瞬にして創り出した、アドネーの恐ろしさを。
同時に、彼にとって初めての経験だった。街一つと同じ大きさのものを相手にするという事は。
「せいぜい、超巨大な『オオムカデドラゴン』と闘った時くらいか。アイツは確か……全長50メートルくらいだったかなぁ。それに比べりゃ、球体は何倍だ……? 計るだけで日が暮れちまうぜ」
昔を思い出しながら、レイドは球体を観察する。そして、確信を得たような笑みを浮かべた。
「……うん、思った通りだ。この手の魔法には必ずカラクリがある。デカくて強大な分、絶対にあるんだよな_____弱点、『核』ってヤツが」
レイドも、無策でここまで来たわけではない。これまで幾千もの闘いを繰り広げてきた『勇者』なのだ。それ故に、彼は熟知していた。魔法という概念の、その構造を。
「おそらく、丁度ど真ん中辺りか……。近づこうにも熱気がスゲーし、どうしたもんかな……」
球体の中心部分を覗き込むように、レイドは推測を広げていく。次第に熱気により汗が身体全体を伝い始めるが、そんなものに構ってはいられない。やがて彼は剣を掲げ、啖呵を切った。
「……取り敢えず、やるだけやってみるか! 『風剣』!」
ありったけの力を込め、剣を振り鎌鼬を発生させる。
「ぜぇぇぇい!」
会心の一振り_____。
周囲に強風を撒き散らしながら放たれたその一撃。だが、それは球体の表面部分に触れた途端、小さな破裂音とともにかき消えてしまう。それを見て、レイドは口元を軽く歪ませた。
「……ちっ! ダメだ、やっぱ届かねぇ。中心の核を狙おうにも、炎の層が分厚くて鎌鼬が消えちまう。もっと威力と鋭さを増した、一点狙いの一撃じゃねーと……」
こうしている間にも、球体はレイドへと、王都へと迫ってくる。最早、次の策を考えている時間はない。
「こうなったら使うしかねぇか……。『あの技』を……」
意味深な発言とともに、その左手で『シーカー』を開こうとするレイド。
しかし、その直後。
彼は下方から聞こえる声に気付き、手を止めた。
「おい見ろよ、あの上空……!」
王都の中央に位置する、噴水広場。
そこに集まりレイドを見上げるのは、王都の民衆たちだった。
「あ……アレは……」
「もしかして……勇者、か……!? あの残酷で、残忍な……」
「そうよ……、勇者だわ! 勇者が帰ってきたのよ!」
レイドを見て口々にざわつく民衆たち。しかし、彼らのその姿は、レイドを苛立たせる以外に他ならなかった。
「街の住人共……! 何立ち止まってんだ、早く避難しろってんだ……!」
球体に背を向け、民衆を見下ろすレイド。
あとものの5分で王都は消えて無くなる。だというのに、何故その足を止めるのだろうか。レイドには理解不能だった。
「あの球体に何をするつもりだ!? も、もしかして……!」
変わらず動かすその口を塞ごうと、散らせようと、レイドが声を張り上げた時____
「おい、テメーら! とっとと逃げ____」
「勇者! 何やってんだ、早くその球体を破壊しろーー!!」
「…………っ!?」
『それ』は、突然やってきた。
「そうよ! 勇者なんでしょう!? そんな球体くらい、パパッと片付けちゃってよ!」
「その馬鹿げた力をここで使わずに、いつ使うんだよぉ! 今まで迷惑かけてた分、しっかり働けぇ!」
「そうだぁ! 勇者ぁ!」
3年前から今日この日まで、レイドを忌み嫌い続けてきた王都の人間たち。
だからこそなのだろう。
人間離れした力を持つレイドならば、球体を破壊してくれるだろうと。
この者たちはそれを信じ、その足を止めているのだ。
それがどれだけ、都合の良いことなのかも考えずに_____。
彼らの声は、決して『応援』などではない。
「勇者!」
「ゆうしゃ!」
「勇者様!」
「勇者ー!」
『命令』、なのだ。
これといった証拠もなく、レイドを不可解な事件の犯人と決めつけ、勇者としての強さを『罪』とする。その『償い』をして然るべきなのだと。
レイドの眼に、そんな彼らがどれ程までに醜悪に見えただろうか。
_____なんだ、こいつら……
さんざっぱら俺を遠ざけておいて、今更何言ってやがる……!?_____
人間たちを見下ろすレイドの眼は、次第に光を失っていく。
救うつもりでいた。
少なくとも、彼らの、その言葉を耳にするまでは。
「勇者!」
「早くしろ!」
「俺たちを救え!」
「早く!」
最早、別の何かを見るように。
黒く。
塗りつぶされていく。
泉の水が濁るように。
少しずつ溜まっていった『感情』が、ここに来て爆発的に彼の思考を侵食する。
その時……レイドは思ってしまった。
こんな奴らを……
_________こんな奴らを…………
こンな、奴らヲ________……?
________コンナ奴ラヲ、救ウ必要ガアルノカ?________
人間に対する圧倒的な失意_____。刹那、黒く染まった彼の心に激痛が走った。
「うぐ……!?」
心の内側で何かが弾けるように、レイドの全身に脈を打つ。
「うが、ああ、あ……」
呻き声を上げながら、レイドは両手で顔を覆う。
レイドの心に蓄積されていった『負の感情』。
それが今、形となって現れる。
黒い瘴気にその身を包まれ、やがて全身が飲み込まれてしまう。
しかし、そんな感情に対しレイドは抵抗する気もなく。
諦めていた。
受け入れていた。
考えなければ、楽になると。
そう思っていた_____。
__________『その声』を聴くまでは。
「ゆうしゃーーーーー!!」
「べ……ゼ……ル……?」
王都崩壊まであと3分。
苦しみにもがく勇者の前に。
狼に乗って、魔王が現れた。




