6. 勇者を探して人間界
「はぁ!? 勇者の居場所!? 知らん知らん!」
「ゆっ、勇者ですか!? ひいいいい!!」
「勇者に会おうだなんて、あんたら物好きだな。そんな事よりお嬢さん、僕と一緒に食事でもどうだい?」
リリたちは人間界に来ていた。勇者の手がかりを探す為に聞きこみをしていたのだが、予想に反して手がかりは一向に掴めなかった。
「おかしいですね……。何だか皆さん、勇者が何処にいるか知らないどころか、少し怖がっているような……」
道ゆく人達の視線を集めながら、メイドと黒コートの怪しい3人組は大国『プロスパレス』を歩き回る。人がとにかく沢山いるのだが、誰も勇者の所在を知らない事にリリは違和感を感じていた。
「ウル太郎さん、見てくだせぇ! ケバブがありやすぜ!」
「本当だ! すっげぇ、ヨダレ止まんないぜ!」
「わぁ、おいしそ……じゃないですよ! 2人とも真面目に探して下さい!」
あちこちの出店から漂う、食べ物の香ばしい香りに誘惑されながらも3人は城下町を進でいく。そして、一枚の貼り紙の前でリリは足を止めた。
「リリさん、どうかしたんですか?」
「これ……」
『武闘大会』……貼り紙には、本日行われているその大会の日程が記されていた。
「……へェ、人間界ではこんな祭りがあるんですね。どうやら今日が最終日らしいですけど……」
貼り紙の文字を流し読みした後、これがどうかしたんですか? とリリに目配せをした。リリは、思いついたように口を開く。
「ここに行けば、勇者に関係した物があると思いませんか?」
「確かに……勇者というからには闘いが好きな筈ですからね。なにかしらの痕跡を残しているかも……」
ウル太郎は顎に手をあてる。その姿はさながら、殺人犯を追う刑事のようだ。
「よし、ではレッツゴーです」
「はい。……あれ? ゾン吉は?」
2人が辺りを見回すと、出店で買い物をしている黒コートの姿が見えた。
「あ、水飴ひとつ。つゆだくで」
「つ、つゆだく?」
無理な注文で店の人を困らせているゾン吉。
「ゾン吉、てめぇぇ! 何買ってんだオラぁぁ!」
それを見たウル太郎は血相を変えて、ゾン吉に向かっていった。
「俺にも少しよこせぇぇ!!」
「は、はいぃぃぃ!!」
頷くゾン吉。怯える店主。ヨダレを垂らすウル太郎。彼もまた、水飴が食べたかったのである。
「……あのー、武闘大会、行きましょーよ……」
リリの声が暫く届かなかったのは、言うまでもないだろう。
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「邪魔をする」
荒野にポツンと建てられたオンボロ家。その家に、3人の正装の男達が訪問して来た。
「……何の用だ」
建て付けの悪いドアをノックもせずに入ってきた男達を、『彼』は鋭い目つきで睨む。大抵の者なら、まずその恐ろしさに尻込みするだろう。しかし3人は全く動じず、真ん中の男が懐から1枚の資料を取り出した。
「先日、セトルの森に住む行商人から、『荷物を奪われた』という報告を受けた。荷物が奪われた場所は、荒野の錆びれた家の近くと聞いていたが……」
男は辺りを見回す。室内には、片手に骨付き肉を持った『彼』が腰掛けている、1組の椅子と机。それ以外には何もない。…と思ったら、あった。部屋の隅にズシリと置かれた、行商人の物と思われる大きな荷物。
「……あれだな。……おい」
「はっ」
後ろの2人に顎で指示すると、『彼』を見て言った。
「奪った荷物はこれで全部か?」
「奪ってねぇよ。あのデブが置いてっただけだ」
「……荷物には手を出していないだろうな?」
「出してねぇよ。見りゃ分かんだろ」
『彼』は手に持った骨付き肉を一口かじり、足を組んだ。男はサングラスを指で軽く上げ、じっと肉を見る。
「……その肉はなんだ? 奪った物ではないのか?」
どうやら男は、『彼』のいう事を聞く耳など初めから持っていなかったようだ。しかし『彼』も、慣れたように言葉を返す。
「んなわけねぇだろ。俺が狩った、イノシシの肉だよ」
座ったままそっぽを向き、眠そうに続けた。
「早いとこ、その邪魔な荷物持って帰れ」
「…………」
男はだんまりを決め込み、2人がかりで荷物を持った男達と共に去って行く。その去り際に、男は一言呟くのだった。
「……化け物が」
_____上手くはまらないドアを力ずくで閉め、室内には『彼』と静けさだけが残った。
「……化け物、か」
ドアにもたれたまま何かを思い出す様に俯き、『彼』は暫く物思いにふけっていた。