62. 降り注ぐのは
「大魔王ーーっ!!」
アドネーのレーザーに貫かれたサルタン。レイドにもアルフにもハイガーにも、その一瞬の出来事を目で追うことは出来なかった。
「くっ、テメェ……このっ!」
サルタンのすぐ側にいたアルフが、アドネーを殴ろうと試みる。が、アドネーは先ほどと同じように瞬く間に姿を消し、居場所を見失う。
「ヤロー、どこ行きやがった……!!」
アルフは辺りをキョロキョロと見回す。しかし、アドネーの姿は何処にも見当たらない。
それよりも、今気にかけるべきはサルタンだ。
「大丈夫か、大魔王!?」
レイドがそう言ってサルタンに近づく。
「ぐ……」
サルタンは苦しそうに片膝をつき、貫かれた左胸を手で押さえている。
そんなサルタンを、何処からかアドネーは冷ややかに嘲笑した。
『つくづく間抜けだな、大魔王。君の仲間は」
……いや、嘲笑されたのはサルタンではなかった。『間抜け』だと称されたのは、レイドたち3人_____
「な……なんだと……!?」
レイドは声の方向へ顔を向ける。
その方向にいたのは、玉座の前に佇むアドネー。すうっとサルタンを指差し、続けた。
『よく見てみるがいい、大魔王の身体を」
言われて、疑問を持ったままレイドは視線をサルタンに戻す。それと同時に、アルフが不思議そうに口を開いた。
「おいレイド、何か大魔王のオッサン、様子が変だぜ……?」
「は……?」
レイドは目を凝らす。するとそこで初めて、サルタンの身体が映像か何かで映し出されているかのように微かにボヤけている事に気がついた。
そして、その事実にいち早く気づいていたのはアドネー。
『偽物だよ、その大魔王は」
「!!?」
3人は衝撃を受ける。
『いや、『分身』と言った方が正しいか……。とにかく、本物の大魔王は今ここにはいないようだ。全く、小賢しいことをしてくれる……」
恐らく、魔界を出発した時からだろう。しかし誰一人として、サルタンが自らの分身としてここにいるなどとは思ってもいなかった。
「……フン。だから言ったじゃろ、『お互い様』じゃとな……アドネー」
そんな中、分身のサルタンが肩で息をしながら不敵に笑う。
「大魔王……!」
分身とはいえ、ひとまずサルタンが無事である事に安堵するレイド。
「じゃが、『分身』の儂も『本体』と意識の共有はしておる……。貴様がここにいるお陰で、多少の足止めにはなったわい」
してやったり、と笑みを浮かべるサルタンに対し、アドネーは無表情で問う。
『……今、何処にいる。 本物のお前は」
「ふはは、教えるワケないじゃろ。あっかんべー」
『貴様……」
サルタンの舌を出しながらの馬鹿げた表情に、アドネーは静かに眉間にしわを寄せた。
「さて……この分身も大分深手を負ってしまったのう……。残された時間は少ないようじゃ」
サルタンはそう呟くと、レイドへと視線を合わせる。
「勇者よ。『ゼットカリバー』は今、主の手にあるな?」
「あ、ああ……。『シーカー』にしまってあるが……それがどうかしたのか?」
「うむ。よいか、その剣だけは絶対にアドネーに奪われてはならぬぞ」
「な、ど、どういうことだよ?」
レイドは当然ながら疑問を浮かべる。
ゼットカリバーは、レイドにしか使うことが出来ない筈。加えて、魔界の強力接着剤によりその刀身を封じられている現状だ。
「じきに分かる筈じゃ。それまで大切にしまっておけ。よいな?」
レイドは、ただ言われるままに頷いた。
「……わ、わかった」
その言葉を聞き、サルタンは「ふはは」と笑みを見せる。大魔王と呼ばれるに相応しい、どこか悪どい笑み。しかしそこから感じられるのは悪意などではなく、暖かみのある____優しさだった。
「さて……そろそろ、じゃな」
その言葉と共に、サルタンの身体は少しずつ透け始めていく。どうやら分身である肉体に限界が訪れたようだ。
だが、そんな事などお構いなしと、サルタンはいつものように笑っていた。
「人間たちよ。唐突にこのような事態に巻き込んでしまい、すまぬ。じゃが……頼りにしておるぞ」
そして、サルタンはその場からフッと姿を消す。レイドたち人間に、確かな希望を託して。
「大魔王……」
サルタンが消えた後、レイドは悔やむように呟く。分身ではなく、本体としての彼が今何処にいるのか定かではないが、これだけはハッキリしていた。
サルタンが、今のこの事態を予期していた事。
そして……この事態を引き起こした人物を昔から知っていた事を。
それなのに、自分は_____……
『ふん。何を企もうが無駄な事だ」
レイドはその言葉でハッと顔を上げる。
「!! アドネー……!」
呆気にとられるように玉座に視線を向けると、そこには退屈そうに佇む国王……アドネーの姿があった。
『さて……大魔王がいなくなった今、君たちを捻るのは造作もないが……」
玉座を讃える三段の段差をひょいとジャンプして降り、サルタンが壊した壁から差し込む光の下へと進んで立ち止まる。
『生憎、私はこれから大魔王を探しに行かなければならない。奴とてさほどの脅威ではないが……それでも、チョロチョロされると目障りなのでね」
薄暗い部屋から光に照らされるアドネーに対し、アルフは身構えて言い放った。
「……逃げる気かよ、テメー」
しかし、アドネーも冷静に返す。
『まだ実力の差が分かっていないようだな。『見逃してやる』と言っているんだ。それに……」
そこで一瞬言葉を切る。壁の壊れ目に手を掛けて、外へと半身を乗り出して風景を眺めながら続けた。
『君たちにはもとより、何の興味もない。わざわざ私が手を下す必要もない」
「なんだと……!!」
憤るアルフ。ハイガーも険しい顔でアドネーを睨む。アドネーは外へ乗り出していた身を城内へ戻し、彼らを子供扱いするかのように小さく笑った。
『ふふふ。それと言ってはなんだが、ひとつ『お土産』を置いていくよ。それが何なのかは、すぐに分かる」
『1』という風に突き立てた人差し指を自らの口元へと持っていくアドネー。
『では……もう会うことはないと思うが、御機嫌よう。人間の諸君……」
そう言い終えた後、思い出したようにレイドに視線を向ける。
『ああ、そうだ。そういえばレイド、先程の一撃、私に届いていたね。……約束だったから、ひとつ私の企みを教えてあげよう」
約束……とは、レイドがアドネーに攻撃を当てた時に、何かひとつ知っていることを吐かせるというもの。
その約束を、アドネーは思い出していたようだ。
『アドネー』という人物。そして、その『企み』。それが今、新たに語られる。
『先程も言ったが、私はまた世界を『創造』するつもりだ。この世界を媒介にしてね」
アドネーは両手を広げ、冷酷な笑みを見せる。
『つまり……この世界を一度、『破壊』する」
「!! な……」
『知らぬ間に、私の理想の世界から随分と掛け離れてしまったからね。こんな世界はもういらない」
呆然とするレイドたち。
嘘であれと、どれだけ思っただろうか。だが、目の前にいるアドネーの気迫が、否定する事を否定する。
この人物は、世界を破壊し得る力を持っている。そして、それを実行する『意思』も____。
『わかってもらえたかな? それじゃあ今度こそ……さようなら、勇者レイドとその仲間たち。君たちの足掻く様を、『上』から愉しく見物させてもらうとするよ」
只々レイドたちを置き去りにしたまま、アドネーはそう言い残す。それと同時に、アドネーが乗っ取っていた国王が、意識を失ってその場に倒れこんだ。
「こ、国王様!」
瞬間、ハイガーが我に帰る。アドネーの意思から解放され意識をなくした国王を抱きかかえると、心配そうにその様子を伺っていた。
「世界を破壊する……!? 嘘だろ、そんな事って……」
レイドは、急変した事態に頭の整理をつけようとする。……が、そんな時間はなかった。
「レ、レイド! あれ見てみろよ!」
アルフが外の異変に気がつき、上空へと指を差す。そこには、信じられない光景が広がっていた。
「な……なんだありゃあ……!!」
レイドたちは驚愕した。
眼前に広がるのは、まだ昼間だというのに薄赤く染まる空。
次第に色濃く染まる中心へと目を向けていくと、そこにはまるで太陽のように熱を放つ巨大な『炎の球体』の存在があるのだ。
そして上空に浮かぶ『それ』は、非常にゆっくりとしたスピードで王都へと降り注ごうとしている。
まさに『隕石』。もし王都に墜落したならば、それはまさしく『破壊』……!
「まさか……あれがさっきアドネーが言っていた……!?」
アドネーの言葉を思い出すレイド。『お土産』と言っていた物の正体は、『隕石』の事だったのだ。
「冗談、だよな……? あんなモンが落ちてきたら、この王都がメチャクチャに……」
突如として現れた『神』、アドネー。
彼の目的は世界を破壊し、造り直すこと。
果たして人間は、悪魔は、その目的を止める事が出来るのだろうか。
カギを握るのは、勇者。大魔王。そして____……
【人間界と魔界編】完




