表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者魔王の日常冒険譚  作者: ゆーひら
【人間界と魔界編】
60/122

56. 人間界へ!

「よし。食料も『シーカー』の中に入れたし、準備は万全だな」

 レイドの部屋にて。

 一仕事終えたかのように、レイドは満足気に『シーカー』を閉じる。

 今日はついに人間界へ旅立つ日。窓から差し込む日の光と、雲ひとつない青空。絶好の旅行日和だ。

「ゆうしゃさーん。何してるんですか、皆もう待ってますよー」

「ああ、悪い。今行く!」

 部屋の入り口からひょっこり現れたリリに急かされ、レイドは魔王城の正門へと歩を進める。



 正門の扉を開けると、そこには全員が大集合。

 待ちくたびれた様子の者も、ワクワクしてる者もいる。

 レイドは今一度、魔界の穏やかな空気の中で深呼吸をし、活き活きと言い放った。


「よーし、そんじゃあ行くか! 人間界!」


「おー!」

 全員は口々に、レイドの言葉に返事をするのだった。



「わぁい、しゅっぱつー!」

「ベル様、あんまりはしゃぐと転びますよ」

 ワクワク顔で前を歩くベゼルに、リリはやんわりと注意を促す。

「へっへっへ、さーて、闘技場にはどんなヤツがいるかな……」

 ウル太郎はサルタンに以前怒られたことも反省していない様子で、指をポキポキと鳴らしている。

「どうにかしてベル様とリリを引き剥がして、その隙に私が……ぶつぶつ」

 エリスに至っては、何か(よこしま)な事を考えている始末だ。早速、幸先が不安である。


 レイドはそんな悪魔たちが前を歩く姿をふっと笑い、正門まで見送りに来てくれたゾン吉へと振り返った。

「んじゃ、ゾン吉。暫く寂しくなると思うが、留守よろしくな」

「ええ。お土産頼みましたよ」

 ゾン吉は歯の抜けた口を動かして、プラプラと手を振る。

「おう。任しとけ」

 そう言って、レイドも前を行くリリたちと合流する。

 それを見送った後で、ゾン吉が城に戻ろうとした時だった_____。

「ゾン吉」

 目の前に佇むのは、大魔王サルタン。一緒に人間界へと向かったはず____だと思っていたが、どうやらまだ城内にいたようだ。

「あ、サル様。どうしたんですかい? 皆もう前に_____」


 そして、ゾン吉はここで耳にする。

 何かを見据えるように、重みのある声で放たれたサルタンの言葉を。

「……あとは(ぬし)に任せたぞ」

「え……」

 その言葉の意味もわからずきょとんとするゾン吉を横目に、サルタンは先へ進む。

「サル様……?」

 やがてゾン吉はこの言葉の意味を理解するのだが、それはまだしばらく先の話_____。





「レイド。そういやお前、『異界の結晶』は持ってんのか?」

 出発して5分程経った頃だろうか。

 一番後ろをスタスタと歩くのアルフは、横を歩くレイドに尋ねた。

「ん、ああ。多分まだ何個か持ってる筈だけど」

「そうか。それじゃあ、人間界に着いたらでいいから一個くれないか?」

 レイドは首を傾げる。

「別にいいけど、お前も今持ってるんじゃないのか?」

「行きと帰りの分しか持たされてないんだよ。それに、『異界の結晶』自体も今持ってるのは……」

 そこでアルフは言葉を切り、前方に目配せをする。

「ああ、そういうことか……」

 レイドも納得した様子で、遠い目をするのだった。



 レイドたちが視線を向けた前方近くには、道端で拾った木の棒を振りながら歩くベゼルの姿があった。

「にーんげーんかーい! にーんげーんかーい! ふふふ、何があるのかなぁー?」

「ベル様。喉は乾いていませんか? 蚊に刺されたりとかは……」

「もー。大丈夫だよ、リリ! 僕は勇者になるんだから!」

 やたらと心配性なリリに、ベゼルは頬を膨らませる。

「ですが……」

「勇者は強くてカッコいいんだもん! 喉が乾いてもへっちゃらだよ!」

 そこでベゼルは、ふいと近くにいる人物に声をかけた。

「ね、おじさん!」

「む……ああ、そうだな」

 その人物は言わずもがなハイガーである。レイドとアルフも、先ほどはハイガーを見ていたのだ。


 だが、リリとハイガーが近い場所にいるとなっては、当然ながらよろしくない。

「…………なんで貴方まで一緒にいるんですか」

 リリは敵意のある視線をハイガーに向け、冷ややかな口調でつっかかる。ハイガーも同じくして、視線は歩く先を見ながら答えた。

「決まっているだろう。私も人間界へ帰るからだ」

「ならせめて、私たちの横を歩かないでください。目障りです」

「私が一番前を歩いて何が悪い。第一、『異界の結晶』を持っている私が一番前を()くのが道理だろう」

「『異界の結晶(それ)』なら私たちも持っています。貴方はどうぞ、一番後ろについてください」

「断る。貴様たち悪魔を先に行かせて、人間界で悪事を働かれたら困るからな」

「そんなことするわけないじゃないですか。自分の方がよっぽど悪人顔のくせに」

「外見で判断されては心外だな。それとも、図星を突かれて反論できなくなっただけか」

「それはこっちのセリフです。悪魔を外見で判断しないでもらいたいですね」


 相変わらずのリリとハイガー。

 そんな2人のやり取りを、後ろにいるレイドとアルフは案じていた。

「めちゃくちゃ仲悪いな、あの2人……」

「そーなんだよ、もう大変だったよ。リリさん、ハイガーさんが怪我で動けない間、ろくに看病してなかったんだから。飯運ぶのだって俺がやってたんだぜ?」

 アルフはやれやれと、ため息まじりに振り返る。

「そうなのか……。でも、リリがあんな態度取ってるとこなんて初めて見たな……」

「そんだけ大魔王の息子くんが殺されかけたのを根に持ってる、ってことだろ」

 ベゼルがハイガーの近くにいる以上は、リリも離れるわけにはいかない。

 2人は早く人間界に到着しないものかと、そう思っていた。



 魔王城を出発し、およそ30分後。

 一行はついに、人間界の入り口である『人間界の境界線』へとたどり着いた。

「着いたな……」

「『人間界の境界線……』」

 目の前に構えられたそれを見上げながら、ハイガーとリリは順番に呟く。

 横一面に広がる、高さ10メートルはあるであろう岩壁。その中で明らかに他とは異質な、岩壁の一部を覆い隠す薄気味悪い緑の渦。これが『人間界の境界線』だ。

「わぁ、すごい……。リリ、このぐるぐるした壁を通るの?」

 まじまじと境界線を見つめるベゼル。

「ええ、そうですよ。ここを通れば、『人間界』です」

 リリがそう答えた隣で、ウル太郎はエリスに質問をした。

「なぁ、これ前から思ってたんだけど『異界の結晶』なしで通ったらどうなるんだ?」

 エリスは下唇に指を当て、しれっと答える。

「確か……全身がバラバラに引き裂かれるわ」

「げぇ! ほんとかよ!?」

「ふはは。試してみるか? ウル太郎」

 おもしろがったのか、話に入ってきて提案するサルタン。ウル太郎は当然、首を横に振ってこれを拒否した。

「イヤですよ! つーか絶対嘘でしょ!」

「ちっ、つまんないわね……。まあ確かに嘘だけど、『結晶』無しで通ったら、またこの場所に出てくるだけよ」

 舌打ちまじりに言うエリスだが、ウル太郎は気にしない。

「へぇー……。戻されるってことか。どういう仕組みなんだ?」

「そこまでは知らないわ。それよりも、行くならさっさと行きましょう?」

 その言葉で、アルフはハイガーにお願いする。

「ハイガーさん、任せた」

 ハイガーは相変わらずの厳格な表情のまま『異界の結晶』を取り出し、力を軽く込めて念じる。すると結晶は光を撒き散らしながら砕け、その場にいる全員の身体を淡い光で包み込んだ。


「わぁ! リリが光ってる!」

「ふふ、ベル様も光ってますよ」

 ベゼルは光に包まれたことを知るや否や、その心地良さに大喜びだ。そのはしゃぎっぷりを見たレイドが、ベゼルに一言注意する。

「ベゼル。人間界に行ってあまりはしゃぎすぎんなよ」

「えへへー、うん!」

「……絶対わかってないな、こいつ」

 どうやら、今のベゼルには何を言っても無駄なようだ。レイドは額に手を当て、軽く呆れる。

 ベゼルは初めて体験する事と、まだ見ぬ世界への冒険に胸を躍らせて、くるっと後ろの魔界に振り返る。そして大きく手を振ると、元気いっぱいに叫んだ。

「行ってきまーす!」



__________


______



「……どうやら、彼奴(きゃつ)等は無事に人間界に来られたようじゃな」

 何処ともわからぬ、何処かの場所。

 老人の姿をした者が一人、そう呟く。

『ああ、わかっている。結界も……解けたみたいだね」

 老人の言葉に反応するのは、若い青年だろうか。詳しい性別までは判断できない、長い髪を背中まで垂らしている。何よりも特徴的なのはその声で、まるで2人の別々の声が二重に重なって聞こえるかのような、特殊な声色をしている。

「どうするんだ?」

 続いて、全身を銀色の鎧で覆い尽くした剣士が問う。今この場所にいるのは、この3人のようだ。

『アインスは『あの場所』へ。ツヴァイは待機だ」

「貴方は?」

 ツヴァイと呼ばれた鎧の剣士が、再び青年に問う。

 青年は凍りつくような笑みを浮かべると、ゆっくりと真っ白な地面を歩き出した。

『……ふふふ、さてどうしようか。私自身、これ程感情が昂ぶるのは久し振りだ」

 歩きながら、独り言のように言葉を呟く。

『ただ、唯一の弊害は魔王の存在だが……。まあいい、先手は既に打ってある」

 コツリ、コツリと歩いて行き、やがて青年は足を止める。そこから先に道はなく、代わりに遥か下方に広がるのは_____山々をはじめとした『大地』。どうやら此処は、『雲』の上のようだ。

 青年は大地を見下ろす。そして静かに、冷酷に口を開いた。

『さて……それでは始めようか。『完成品』を我が手に納める_____『戦争』を」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ