46. ハイガー再び④
レイドVSハイガー。戦いの火蓋は切って落とされた。
「いくぞ! 勇者!」
自身の魔力で速力を強化したハイガーが、高速でレイドに突進する。
だが、それは単調な攻撃だ。真正面から来ると分かっていれば対応は容易い。レイドがとるのは、『回避』か『迎撃』か___。
「きやがれ、ハイガー!」
レイドが選んだのは『迎撃』。向かってくるハイガーに合わせて、剣を振り下ろした。
その攻撃は見事にハイガーを捉え____たのだが、剣が命中した瞬間ハイガーの全身が歪み始め、フッと消える。
レイドが捉えたのは『残像』____
「なに……っ、ぐぁ!」
途端、レイドの背後を襲う蹴りの一撃。残像を残していつの間に回り込んでいたハイガーが、レイドの油断をついて蹴り飛ばした。
レイドは蹴りに吹き飛ばされながらも空中でくるんと回転、態勢を立て直し、左足と右膝で地面に着地しハイガーに向き直る。
しかし、ハイガーの攻撃はまだ終わらない。
「まだまだァ!!」
向き直ったレイドのすぐ眼前には、迫り来るハイガーの姿。その移動速度もさることながら、戦闘におけるその『気迫』が凄まじい。
だが、レイドも『伝説の剣』を持つ勇者。ハイガーの実力にも引けを取らない。
「はぁ!!」
レイドが剣を横に構えたまま、その声と共に勢いよく魔力を込める。すると彼を中心に周囲へと突風が発生し、接近するハイガーを押し戻した。
「ぬ……!」
「ぜぇあ!」
勢いを殺されたハイガーに畳み掛けるように、剣で左から右へと空を斬る。それは風の衝撃波となり、鋭く音を上げてハイガーに襲いかかった。
「なに!?」
突風で態勢を崩されながらも、辛うじて剣を振り上げ衝撃波を上空に弾くハイガー。
しかし、衝撃波はまだ死んでいなかった。
上空で衝撃波は4つに分裂し、再びハイガーに牙を剥いたのだ。
「なんだと……、ぐぉぉ!!」
降り注ぐ風の雨をなんとか腕でガードするも、その一連の攻防に集中し、隙だらけ。真正面には最後の一撃が待ち構えていた。
「ガラ空きだぜ、ハイガー!」
休む暇なくレイドは剣を逆手に持ち、柄の部分でハイガーに突きを食らわせた。
「が……!」
モロに受けたハイガーは、腹部を抑えながら引きずられるように後ずさる。しかし、決して地に伏したりはしなかった。
一進一退の攻防。もしここが闘技場で正式な試合だったのだとしたら、今頃は観衆たちが大いに盛り上がっていたことだろう。
「貴様……その剣、私の魔法のように風を操る事ができるようだな」
腹部を抑えていた手を離し、口を開くハイガー。どうやら、今の一撃はそれ程のダメージではなかった様子。
「まァ、お前ほど器用にゃ出来ねーがな。出来てせいぜい、今の鎌鼬くらいだ」
レイドもケロっとしながら答える。どうやら両者ともにまだ全力ではないようだ。
ハイガーが現在、内に思うのは『レイドの速力』……。魔力で上昇させた自身のそれと同程度という事は、『風剣ウィム』にはまだ特別な能力があると推測していた。
「フッ、成る程……。さすが、『伝説』の名を冠するだけはある」
ハイガーは不敵に笑う。……いや、レイドもだ。互いに忌み嫌う存在ではあるが、その『強さ』だけは認めているという事なのだろう。
ハイガーの言葉にレイドは剣を二、三斬り払うように振ると、目の前に掲げて返答する。
「これだけじゃねーぜ、この『風剣ウィム』の凄さは」
そう言ってレイドは魔力を込め、先程の突風の要領で周囲に風を発生させた。
足元に生える草がそよそよと風になびく。暫くそうしていたかと思うと、風が少しずつ強さを増し、レイドの踵、つま先と順に地面から離れ空に浮かせ始めた。
「なに、空を……」
そう。彼は今、空を飛んでいた。
ハイガーは驚愕して、上昇していくレイドを見上げる。レイドもまた、ハイガーを見下ろした。
「お得意の風魔法、使った方がいいんじゃねーの? そうしないと攻撃が届かないぜ」
レイドは闘いを楽しんでいた。それ故に今空を飛んだ事も感情が昂ったが為の行動に過ぎない。
すなわち、ただ見せびらかしたくて空を飛んだだけ。実際問題、この行動に意味などない訳だ。しかし今レイドは、そんな子供じみた事をする程、『久しぶりの戦闘』に胸を躍らせていた。
唯一レイドが想定外だったのが、これに対するハイガーの行動だった。
「フン、私に空が飛べぬとでも!? 馬鹿にするなァッ!」
負けじと風魔法を発動させ、空を飛ぶハイガー。これにはレイドもびっくりだ。
「おぉ、まじか!」
ここで誤解しないで頂きたいのが、『空を飛ぶ』という事が決して簡単ではないということである。
『飛行能力を可能にする』という魔法は、元々存在しない。それを可能にするには、風魔法を自在に操るセンスが必要なのだ。
そしてこの2人は、それが出来る人並外れたセンスを持っている為、容易に空を飛べる訳なのである。
「同じ風魔法なら私の方が上だ! 抜かったな!」
超特急で上昇していくハイガー。
「そんなの最後まで分かんねーぜ、ハイガー!」
それに対抗するように、レイドもハイガーを追いかけた。
追いつき追い越し、また追いつかれ追い越され。
そんな事を続けているうちに、下に見える魔王城はまるでミニチュアの模型のように小さくなっていた。
「ちっ! ここまでついて来られるとは、正直思っていなかったぞ……!」
ハイガーが舌打ち混じりに言う。
「そりゃこっちのセリフだぜ、コンニャロー」
お互い負けず嫌いな所は、案外似た者同士なのかもしれない。
「さて、と……そろそろ決着つけようじゃねーか。俺まだ朝メシ食ってねーんだ」
お互いに息を少し切らし始めたところで上昇をやめ、レイドは剣を構える。その勝気な態度にハイガーはピクリと反応した。
「フン、その口ぶり、まるで負けないとでも言いたげだな?」
「ああ。今回も俺が勝たせて貰うぜ」
レイドとハイガー。実はこの2人、以前人間界で闘った時の他に、幾度となく勝負をしているのだ。
そして、その全てがレイドの勝利。いつしかハイガーはレイドに勝つ事を胸に誓い、鍛錬を繰り返してきたわけだ。
加えて、今ハイガーには『成し遂げなければならない事』がある。
「残念だが、貴様に負けている暇はない。この後大魔王との一戦が控えているのでな」
ハイガーは静かに言い放つ。
「何言ってやがる。アイツは俺が倒すんだ、人の標的横取りすんな」
「はっ、嘘を吐くならもう少しマシなものを吐け。今更そんな言葉が信用できるか」
闘いの最中で頭から抜け落ちていたものを、ここでレイドは思い出す。
それは、ハイガーという人物が頭の固いコンチキショーという事だ。
「……だぁー、もう、だからー……」
レイドは髪をくしゃくしゃ掻き、その煩わしさに腹を立てた。
ハイガーは構わず剣を構える。
「私は守るべき者の為に闘っている。その志を失くした貴様になぞ、絶対に負けん!」
「じゃあ今回もぶちのめしてやる。いいぜ、かかってこいよ」
レイドの余裕な態度に、ハイガーは血管を浮き上がらせて怒りを爆発させる。そうして、かつてないほどの気迫で叫んだ。
「ほざけ! ならば此れを受けても尚、同じ言葉が吐けるかァ!?」
ハイガーが剣に魔力を込め、竜巻を発生させる。あたりの天候が乱れていく中、竜巻の中から次元を引き裂くように、『何か』が出現した_____。
「な、これは……竜!?」
レイドの言葉の通り、竜巻から出てきたのは『風の竜』。勿論本物ではなく、ハイガーが魔力で創り出したもの。
しかし巨大なそれは、禍々しい程の圧を放ちながら、確かにレイドを睨みつけていた。
「受けてみよ……私の最高傑作! 滅旋風竜!!」」
ハイガーが剣を振るう。それと共に、竜はレイド目掛けて勢いよく動き出した。




